2006年10月31日
またまた、祝日

☆ こんなものをいただいてしまいました〜。が、仕事が残ってて、宴会、途中から参加したら、すでにみんななくなってました〜。とほほ〜。20年ぶりくらいの「澤乃泉」だったのにな〜。
先週、レバラン(ラマダン明けの祝日)で、スタッフは、3日間、大工さん達は、1週間のお休みだった。
商店や銀行などもずっと休み。クタのレストランなんかも開いてるところは、わずかだった。食材の調達ができないから・・・という理由もあったようだ。かろうじて開いたレストランも、「イカと野菜だけ〜」といったノリだった。
で、やっと週が開けて、昨日から全体的に仕事ムードと思いきや、またまた今日も祝日?? 2回目のレバラン??だとか。
そんな訳で、スタッフやガイドは、またまた、「Lakuen」のバンを乗っ取り??ナンパ??に出かけてしまった。(何やらここから車で1時間くらいのところにある、ダムの公園に行ってるらしい。ダムで手こぎのボートに乗ったり、芝生でくつろいだりと、ローカルの憩いの場になっているらしい。で、そこで、新しいお友達??をつくったりするという。まぁ、健全な??ローカルスタイル。)
前にもちょっと書いたけど、グルプックの女の子は、そこそこの年齢になると、みんなアラビアに家政婦さん??として、出稼ぎに行ってしまう。
とにかく「女不足」なのである。
で、ツーリストも大半が男ばっか。たま〜に女の子サーファーが来ると、みんなの目つき??がかわる。私も??変わる。女の子にはスペシャルサービスなのだ。
そんな訳で(どんな訳??)、グルプックの波は、メローで優しいし、ローカルもみんな優しいし、「Lakuen」もいっぱいサービスしちゃうので、女の子サーファーにもっともっと、遊びにきて欲しいよ〜。
おっと、話しがずれてしまった。そんな訳で、今日は、スタッフがみんなお休みなので、私も、朝一のゲストが帰ってから、久々のお昼寝で爆睡。夕べは、ゲストやローカルと大騒ぎ。ついでに最近、過労ぎみだったので、いい休養になりました〜。
いよいよの12月オープンに向けて、明日から、またまた大忙し〜。
☆ インサイド・予報は、かなり小さめだったけれど、朝は、セットで肩くらいまで割れたらしい。ああ、2日海、入ってないよ〜。次のスエルは、5日の予報。
2006年10月29日
仕事

☆ 室内は、こんな感じ〜。
ガイドの1人が、数名の友達と一緒に日没後、やってきた。
みんなで、ギターの練習をしたい〜という。
「Lakuen」バンドは、ただいま練習中。本番??の為にももっともっと、上手になって欲しいので、どうぞ〜と楽器を差し出し、数曲一緒に歌った。
ガイドが言った。「ごめんなさい。仕事がないから、友達とパーム・ワイン(やしの汁からできたローカルの安いアルコール飲料)を飲んでいた。」という。
なんだかちょっと切なくなった。
ゲストにも評判のいい、働き者のガイドである。仕事の時は、ホントに一生懸命、早朝から夜中まで、働いてくれる。私も信頼をおいているガイドの一人である。
(現在のうちのシステムとしては、フリーのガイドにゲストがある時だけ、仕事をお願いし、ギャラを払うシステム。サラリー制で、雇用しているガイドは、残念ながら、まだ、2名だけ。)
「仕事」というのは、ただ、給料を稼ぐためのものではないことは、多分、たくさんの人が知っている。「仕事」があることで、それがひとつの生き甲斐になったり、生活の張りになったりする。
私にしても、この環境で、仕事がなかったら、サーフィンの後には、飲んだくれて、ローカルとぐだくだしながら、毎日だらだらと暮らしそうなとこ。
仕事があるから、生活にめりはりつけられる。
こんな暑くて、娯楽??もないとこでの楽しみって言ったら、飲んで、みんなで、うだうだとするしかくらいしかないのだ。
以前から、グルプックのローカルの仕事ぶりには、結構、感心していた。はじめは私も、彼らにちゃんと「仕事」ができるんだろうか〜とあやぶんでいた。でも、「仕事」をお願いし、「役職」を与えると、みんなホントに一生懸命、働いてくれる。日本人的感覚からいくと??いたらない??ところは、まぁ、多々あるけれど??見るからに、ああ、彼は、ホントに真剣にがんばってるんだな〜としみじみ感じちゃうのである。
できるだけたくさんの「仕事」をつくれる「Lakuen」でありたいと、思ったりした今宵である。
☆ インサイドで腰〜胸だったけど、波数も多く、ゲストや仲良しのガイドばかりで、みんなでゴーゴーとかいいながら、なんだかとても楽しいファンサーフ。こんなアットホームな??インサイドが一番好き。
2006年10月28日
飴と鞭

☆ スタッフが撮った写真その2。超かわいい〜。
自分でも、私はかなりローカルやスタッフに対して甘い!!と思う。ガイドに至っては、へたしたら自分の息子の年齢。
みんな愛おしくて、ついつい甘くなってしまう。
自分でも、一歩間違ったら、このまま、ローカルにつけあがられて??いいように利用??される可能性もなきにしもあらず〜という紙一重の状態であることは、重々把握している。
でも、日々、スタッフやガイドと顔つきあわせて、時には、文句もいいあって、暮らしていく中で、いろいろと見えてきていることもある。
私はできるだけ、人の心の奥を感じるようにしている。というか、ちょっと相手が裏の方で悪いこと考えてると、体が直感的に反応して、拒否してしまうのである。
口ではいくらでもいいこといえる。でも、表情やしぐさを見てると、感じてしまうのだ。
スタッフが、のどがかわいたといえば、飲み物を差し出し、腹が減ったといえば、食べ物を出す。
雰囲気が盛り上がったときは、仕事中でも、みんなで遊ぶ。
でも、スタッフもちゃんとそれを理解してくれているような気がする。
ホントに働かなくてはいけない時は、本気で早朝でも夜中でも働いてくれる。
そして、時には、スタッフが私におごってくれたりもする。送迎の帰りに差し入れを買ってきてくれたりもする。
それも、とてもとても、遠慮しながら、差し出してくれるのだ。
涙がでるほど、ありがたい。
日本で、社長に差し入れなんかしないよな〜って思ったりする。
そういうここのローカルの気持ちがホントに嬉しい。
時に、あまりにもローカルに対して、横柄なゲストに私が怒ったりするときでさえ、ガイドやスタッフは、「今は、プロモーションの時期なんだから、次のゲストのために、がまんした方がいい」と自分も怒っていてさえ、私にアドバイスしてくれたりもするのだ。
そんなグルプックの雰囲気を理解してくれるゲストは、「ホントにここは、楽園ですね。Lakuenと名付けた意味がよく解ります。」と、言ってくれる。
「楽園」っていうのは、かけひきとか、嘘とか、そういう人間の汚い心を忘れて、みんなが素直に心から幸せな気持ちになれる場所だと思う。
そんな場所をここのローカルと一緒なら、つくっていけるような気がする。
なんのためらいも、迷いもなく、すんなりとここを「Lakuen」と名付けた。
多分、ここが、ホントに「楽園」であると、この土地と出会った瞬間に感じたからなんだと思う。
☆ ちょっとサイズダウン。でも、まだ、カメと子供も割れた。でも、向こう1週間は、かなり小さそう・・・。
Posted by Ruri at
21:32
│ゲストハウスの進行状況
2006年10月27日
仕事再開

☆ 先日、里帰りのスタッフにカメラを貸したら、なかなかいい写真がいっぱい。かわいいな〜。
正月休み??も終わり、ぼちぼち仕事が再開。これから約6週間で、正式にオープンしなければいけない。
私も、今まで以上に、かなり忙しくなってきた。
いろんな問い合わせも増え、マックに向かう時間も増え、なおかつ、カーテンなんかも縫わなくてはいけない。資金もぎりぎりなので、お金の計算もかなりシリアスに今後の予算組をしていかなくてはならず、これまた、マックのエクセル君??とにらめっこ。
そんな訳で、お問い合わせのメール以外のメールは、かなり遅れてしまったりして、ごめんなさい。
ホームページの更新も、できてません。
このブログだけは、楽しみにしてくれているリピーターやロンボクファンの方々のためにもできるだけ、更新していくつもりですが〜どうなることやら〜。
☆ 予報通りサイズがあがったけど、ちょっと風強し。カメがいい感じで、子供もセットで頭くらいまで割れました〜。でも、残念ながら今日がピーク。今後1週間は、かなり小さそう・・・。
Posted by Ruri at
21:20
│ゲストハウスの進行状況
2006年10月26日
ひとつの事件

☆ こんな感じの仕上がりになりました〜。
今日、ちょっとサイズがあがったので、2日ぶりに海に入った。いつものように、混んでる時間をずらして・・・のお昼頃。
入りしなは、結構混んでいたけれど、みんな少しずつ帰っていって、かなり空いて、いい感じだった。
が、私がインサイドに向かう中、一隻の巨大なボートが外洋からグルプック湾に入ってくるのが目に入った。漁船かな〜と思っていたら、どうやらバリからのボートトリップの船のよう。
そして、案の定、その巨大な船から、ぞくぞくとサーファーがパドルアウトしてきた。(大半がオーストラリア人だった。)
ここに1年住んで、何度かプライベートなヨットなどのボートトリップを目撃したことはあったけれど。バリからの明らかに商業用ボートトリップの団体と出くわすのは、初めてだった。
いつもボートトリップの人には、話しかけるようにしている。こちらもいろいろ情報を知りたいし。
で、何人くらいで、どこから来て、何日くらいのトリップなのかと一番感じの良さそうなオージーの男性と話していた。
そこへ、キメン(クタのサーフショップのローカル・オーナーで、彼の一歩先を見た姿勢には、共感と感嘆する点が多々有り、常々私は、敬意を表している。)が、やってきた。
「バリからのボートトリップは、ここでサーフィンするな」と軍団??に訴えていた。
ここには、ここのシステムとビジネスがある。
こんな風にボートで団体で外からやってきたら、それでなくても、ポイントパニックになりつつあるグルプックにとって、大打撃である。
「なるほどな〜」と思った。
キメンは、しきりに、他にもボートなら行けるポイントがいくらでもある。
そこに行くべきだ・・・と訴えていた。
たまたま、他のゲストがあんまりいなかったからいいものの、朝の混雑時なんかに、こんな団体に来られた日にゃ〜である。
また、残念ながら、その時、発言力のある他のローカルもいなかったので、キメン一人が戦わなくてはならず??思わず私も、加担してしまった。
(最終的に、団体も理解してくれたけど。)
サーファーならわかることだと思う。
もちろん、海も波も誰のものでもない。
でも、それぞれのポイントにはそれぞれのルールがある。そしてローカルには、ローカルとして、そのポイントを守っていかなくてはいけない責務があると思う。
たま〜に、ローカルと外人サーファーのこぜりあいなども目にする。
もちろん、ここのローカルは、ツーリストに来てもらって、舟に乗ってボート代を払ってもらうことで、なりわいとなってはいる。
(細かい話しをすると、一回舟を出すのには、最近急騰したガソリン代と混合オイル代で25,000ルピア。それに舟の維持費、もしくは、別にオーナーがいる場合は、オーナーへの支払い等を含めると、実益はほんのわずかでもある。)
多少でも収益がある分、ここのローカルは、ゲストに対して好意的であるし、できるだけツーリストが楽しめるように努力している。
しかし、あまりにも目に余る行為や他の自分たちのゲストのさまたげになるようなサーファーに対しては、断固として戦う。
それでなくても、混み合う時間帯は、かなりのポイントパニックになっている現実がある。
みんな、空いてて、のんびりサーフィンできることを期待して、はるばるロンボクまで来てくれるのである。私たちとしても、できるだけ、そういう環境を提供したい。同じサーファーとして、「ああ、楽しかったよ。」というゲストの笑顔が見たいのである。
ロンボクに来る日本人は、比較的マナーがよく、ローカルにも評判がいい。でも、マナーの悪い、一部の外人は、私から見ても目に余る。そして、ローカルは、ローカルとして、そういうマナーを知らない人たちにサーフィンのルールを教えていくべきだとも思う。
サーファーならわかること。たとえお金を払ったゲストであるにしても、ビジター(訪問者)は、あくまでビジターなのである。
ローカルに敬意を表し、その土地の文化や風習を理解する意思が必要だと思う。
それは、多分、サーフィンに限らず、旅人として、よその土地を旅する時も同じ。そして、私のように、よその土地に暮らす上でも同じこと。
あくまで、よそ者なのである。地元の人に最大限の敬意を払って、そこに住まわせてもらっている、そこでサーフィンさせてもらっている・・・という敬意は忘れてはいけないんじゃないかと思う。
軍団の顔が今も脳裏に焼き付いている。
私がキメンに加担した時、「あなたは、オリジナルはどこ??」「一体、なんの権利があって、あなたまで、抗議をする訳??」といったような軍団の発言があった。
確かに私は、見るからに??日本人である。
が、私もここに住んでいる半ローカルである。
いつもローカルが私を守ってくれている分、私もローカルを守っていかなくてはいけない責務があるし、ローカルにはできない分野で私が何かできればと常々思ったりしているのである。
☆ 午後から風が入ったけれど、予報通りサイズアップ。ピークでインサイド頭。午後には、カメも割れて、うちの最終日のゲストも大満足。明日がピーク。ロータイドの今は、「Lakuen」の前も割れてるくらい。夕方、子供達がビーチからのエントリーで板きれや折れたサーフボードではしゃいでいた。がんばれグロメッツ!!
2006年10月25日
大渋滞

☆ Welcome to Lakuen。みんなの「バジュ・バル」がなんだかとても素敵で、今度Lakuenオリジナルをオーダーして、スタッフの制服にしよう〜という話し。
昨日、里帰りしたみんなが帰ってきたのは、7時過ぎ。何やらいたるところ大渋滞だったらしい。
ビデオとカメラを貸したのだけれど、ビデオにも、信じられないくらいの大渋滞ぶりが写っていた。まるで、バリ。一体、どこから、これだけの人が湧いてきたのやら???って感じ。
ついでに、昨日は、みんな出払っていて、午後のサーフィンを終えたゲストのホテルまでの送迎ドライバーは、私。
で、うちの敷地を出たとたん、なんとものすごい「人」の大行列。
みんな晴れの衣装で、女性は、頭にのせた「かご」に食べ物と思われるものなんかをいっぱい乗せて、ぞくぞくとタンジュンアン方向から村に歩いて帰ってきている。その数、1000人くらい(ちょっと大げさ??)
道の先には、集会所なんてないし、一体どこに行っていたのかと後で聞いたら、みんなでお墓参り??に行っていたらしい。(グルプックの村に入る手前の空き地の左側のず〜っと奥の方に部落の墓地があるらしい。)
この時期、家族・親族に逢いにいくだけでなく、先祖のお墓にもお参りに行くらしい。まるで日本のお盆。
ホント、文字通り??盆と正月が一緒にやってきたみたい〜。
初の宿泊客の3名様は、ギリ・アイルでバンガローをやってるMさん、スンギギにシルバーのお店を持ってるJさん、ジャカルタ勤務のMさん。
ギリ・アイルのMさんは、なんとロンボク歴17年。電気も水道もないギリ・アイル(北部にある小さな島)に土地を買って移り住んだのは、10年前という。
すごいな〜。電気もない、外国の離島に住む勇気〜。(真っ先に考えたのは、電気なかったら、冷えたビール飲めないじゃん〜ってこと。何やら当時「冷えたビール」は、日陰においたビールだったらしい。)
これまた久しぶりにクタに出て、みんなでお食事会。ガイドも一緒だったのだけれど、普通に日本語が飛び交ってることに3人ともかなりびっくりした様子。ギリやスンギギには、それほど、日本人客がいないらしいし、日本語できる人もかなり少ないという。
ここじゃ〜ローカルガイド、みんなそこそこ日本語達者だもんな〜。(だから、私のインドネシア語は、上達しないのだ〜と、言い訳。)
今日は、スタッフもみんなお休みなのだけど。結局、我が家の1階??に、みんな集まって、「Lakuen」バンドの練習中〜。
☆ インサイド・セットで、腰〜。朝一は、予想に反して、昨日よりは、ちょっと良かったみたい。でも、午後は、オンショアが強くて、最悪。明日は、ちょっと上がって、あさって、ピークの予報。
2006年10月24日
新年??
☆ 「バジュ・バル」のみんなと記念撮影〜。(私だけ、普段着〜とほほ)
今朝、スタッフやガイドがみんな、「バジュ・バル」(新しい服)を着て、やってきた。で、おそうじをお願いしている女性が、すでに家族と里帰りしてしまっていたので、バジュ・バルで、いきなりおそうじ。(ごめんね〜)
お昼くらいにチェックイン予定のゲスト・ルームの最後のお掃除が実は、まだだった。
で、無事、チェックイン体制が整い、みんなは「Lakuen」の車で里帰り。私一人が、ここ「Lakuen」の敷地内の我が家でのんびりと「新年」??の静けさを味わっている。
さわやかな風が吹き抜ける気持ちのよい昼下がり。
お昼頃到着予定のゲストは、まだ。多分、渋滞してるのかもな〜。(もしくは、道に迷ってる??)
今回の初ゲスト(以前、友達は、泊まったけど、ホントの??宿泊のお客様は、今回が初。)日本人女性3名で、みんなインドネシア在住。楽しみである。
夕べは、かなり蒸し暑くて、久しぶりにエアコンをつけて寝た。おもいっきり爆睡して、大晦日の喧噪は、全く気にならなかった。
プラヤに「ナンパ」??にでかけたスタッフやガイドは、「女の子いなかったよ〜」と嘆いていた。スタッフの1人は、彼女と1時間以上も長電話したけど、電話代、ちょっとだったよ〜とニコニコしていた。何やら、携帯会社のXLは、大晦日スペシャルサービス??とやらで、通話料がかなり安かったらしい。でもそのせいで、今日も携帯がなかなかつながらない。
とまぁ、なんとなく、私まで気分新たな??イスラム暦の「ハリ・ラヤ」(元旦??)なのである。
☆ かなりサイズダウン。インサイド・セットで、腰。
2006年10月23日
大晦日
今日は、ラマダン(イスラム教の断食月)の最終日。で、明日は、レバラン(断食開け祭り)。
この一ヶ月間、みんなは、日中断食をし、コーランを読み上げ、一年の罪??を清める。
で、新年にあたる明日は、この日に備えたおニューの服を着て、それぞれ里帰りをし、会う人会う人に「これまでに1年間、気づかないうちに間違いをおかしていたかもしれませんが、どうか許してください」と言って歩くらしい。
何やら、今宵は、みんなで「ナンパ」??に出かけたり、一晩中、モスクで太鼓を叩いたり、大騒ぎらしい。で、明日朝、7時くらいからみんなでモスクで2時間くらいお祈りをして、新年の朝ご飯??を食べて、さて、帰省といったスケジュールらしい。
そんな訳で、グルプックも、かなりにぎやか。爆竹、コーラン、太鼓その他絶叫??等々がすでに村中に響き渡り、多分、明朝未明まで続くと思われる。
私は、明日の宿泊客に備えて、ここ2日間、カーテンつくりにかかりっきり。でも、ぎりぎり完成。その他、ベッドやTV台なども、ぎりぎり完成。
疲れきって、多分、この激音??の中でも、ぐっすり眠れそう〜。
☆ またまた、サイズダウン。インサイド・セットで、腰〜胸。明日、あさっては、かなり小さそう。なので、仕事と腰のリハビリに専念。スタッフもドライバーのトミーちゃん以外は、3日間のお休み。(ゲストがいるので、トミーちゃんは、お仕事〜。)かしあ〜ん(かわいそ〜)
この一ヶ月間、みんなは、日中断食をし、コーランを読み上げ、一年の罪??を清める。
で、新年にあたる明日は、この日に備えたおニューの服を着て、それぞれ里帰りをし、会う人会う人に「これまでに1年間、気づかないうちに間違いをおかしていたかもしれませんが、どうか許してください」と言って歩くらしい。
何やら、今宵は、みんなで「ナンパ」??に出かけたり、一晩中、モスクで太鼓を叩いたり、大騒ぎらしい。で、明日朝、7時くらいからみんなでモスクで2時間くらいお祈りをして、新年の朝ご飯??を食べて、さて、帰省といったスケジュールらしい。
そんな訳で、グルプックも、かなりにぎやか。爆竹、コーラン、太鼓その他絶叫??等々がすでに村中に響き渡り、多分、明朝未明まで続くと思われる。
私は、明日の宿泊客に備えて、ここ2日間、カーテンつくりにかかりっきり。でも、ぎりぎり完成。その他、ベッドやTV台なども、ぎりぎり完成。
疲れきって、多分、この激音??の中でも、ぐっすり眠れそう〜。
☆ またまた、サイズダウン。インサイド・セットで、腰〜胸。明日、あさっては、かなり小さそう。なので、仕事と腰のリハビリに専念。スタッフもドライバーのトミーちゃん以外は、3日間のお休み。(ゲストがいるので、トミーちゃんは、お仕事〜。)かしあ〜ん(かわいそ〜)
2006年10月21日
日用食品必需品??
☆ ローカル式砂糖は、こんな感じで売っている。1袋500グラム(3000ルピア・40円くらい)。漂白してない日本のざらめ??みたいな感じ。
うちの大工さん達は、2週間に1回、土曜日が給料日。で、今日が、大工さんの給料日。
聞くところによると??大工さん達は、明日から1週間、ラマダン明けのお休みだとか。え〜。1週間も休みで、バンガローやレストラン、12月までに完成するんだろうか???
まぁ、でも、仕方ない。うちが大工さんを雇っているのではなくって、設計士が雇っている形なので、完成しなかったら、設計士のせいなのである。といっても、完成しなくて、困るのは私なのだけど。
で、長い工期の中で、なんとなく仲良くなった大工さん達もいるし、みんな、なんだかんだありながらも、仕事は、一生懸命やってくれている。
THRじゃないけど、なんかちょっとした生活必需品??(食料品)をみんなにプレゼントすることにした。
でも、私には何がいいのかよくわからないので、スタッフに何がいいか適当に見繕って、見積もり出して〜とお願いした。
で、出てきたリスト。
1. インスタントラーメン5つ
2. 濃縮オレンジジュース1瓶
3. 砂糖1キロ
4. 食用油1キロ
5. スキムミルク
って感じ。なるほどな〜。こういうものがローカルへのちょっとした贈り物??に喜ばれるんだな〜と思ったりした。
私は、お米がいいんじゃない〜と提案したのだけれど。まぁ、お米は、もちろん必要だけれど。砂糖とか、油の方がなんとなく、ちょっと贈り物っぽい??らしい。で、上記リストで、総額30,000ルピア(約400円)くらい。
今日働いていた人たちの分20セット用意したのだけれど。給料日ってことで、40人くらいやってきた。あわててスタッフが、この中身を半分ずつ40セットにして全員に渡したという。ついでにスタッフの分まで??でたらしい。
一人当たりは、ホントに少しになっちゃったけど。み〜んなに少しずつでも渡ったことでスタッフも満足げ??だった。
みんなでシェアーがイスラム式のような気もする。
さて、今年は、ラマダン明けのレバラン(断食明け祭)は、23日、月曜日らしい。
(でも、カレンダーでは24日に間違ってて、どっちがホントかちょっとまだ???だとか。)
この間違っちゃってってのもなんだかインドネシアだな〜。
ゲスト2組と24日は、宿泊のお客様もある。
果たして、ラマダン明けのレバラン、どうなることやら〜。
ちなみに、お店や銀行なんかもみ〜んな休みになるらしい。
☆ インサイド・朝は、セットで胸〜頭くらいあったらしい。腰痛の自己リハビリも好調。5日ぶりにやっとサーフィン復帰。ちょっともたついたけど、やっぱ、海がいい。生き返った気分。お昼くらいでかなりオンショア強くてサイズもいまいちだったけど、でも、すいてた。ゲストからのプレゼントの日本の湿布薬、効いてます。Wさん、Mさんありがと〜。
2006年10月20日
たまり場

☆ 高床式の我が家の1階??は、現在、木工所状態。スタッフがせっせとバンガロー用の家具をつくってくれてます。また、日陰??で、風通しもいいので、ローカルのゆんたくの場になったりもしてます。
沖縄県名護市、名護湾を見渡すビーチの前に「Malmo」というバーがあった。(今もあると思うけど。)
「マルモ」と発音する。
「マリモ」ですか〜とか、内地から来た日本人には???な名前でもあった。
「Malmo」というのは、スェーデンの南端の小さな街の名前。
なんで、そんな名前のバーが沖縄のやんばるくんだりにあるのかは、また、次の機会にゆっくり書きたいと思う。数えきれないくらいのマルモ・ストーリーがあるし。
また、その近くに、「Heaven」というビーチバーもあった。(多分、今もあると思うけど。)
更に書くと、仙台市は、名掛丁に「パパ・ヘミングウェイ」というバーがあった。これは、確実に20年くらい前になくなくってしまった。
また、仙台駅前の小さな路地に「ルイ・パート2」という喫茶店があった。(今もあるかどうかは、全く解らない。)
これまた、更に書くと東京は、高円寺南のガード下に「明神丸」という居酒屋があった。(多分、今もあると思うけど。)
で、以上は、なんであるかというと、「たまり場」であった。
おっと忘れていた。
泉高校の写真同好会の4帖くらいのプレハブもそういえば、「たまり場」だった。
それぞれの「たまり場」には、数えきれないくらいのドラマがあったので、また、いつかゆっくり書いていきたいと思っている。
で、私は、そういう「たまり場」が好きである。(って多分、私だけじゃなくって、世界中の人がそういう場所が好きなんだと思うけど。)
今の私にとって、ここ「Lakuen」が、そんな「たまり場」になっている。
そこにいけば、誰かがいる。そこにいけば、気持ちが安らぐ。とりあえず、そこに行かなくちゃいけないような気になっちゃう場所。
私の企みは、「Lakuen」ゲストは、最終的に「リピーター・オンリー」になること。
例えば1年に1回でも。例えば10年に1回でも。そこに行かなくちゃいけないような気持ちになっちゃうところ。
そんな「たまり場」でありたいと思ったりする今宵なのである。
☆ ちょっとサイズ上がったけど、オンショアがかなり強い。今日こそ、海に入るつもりだったけど。オンショアにめげて、明日に延期〜。
2006年10月19日
インドネシアン・ポップス
☆ お気に入りの「Nidji」オリジナルCDジャケット。
最近、ローカルに勧められてよく聞いているのが、インドネシアのポップソング??
気に入ってるのは、ラジャ(Radja)、ニジ(Nidji)、ピーターパン(Peterpan)あたり。
「Lakuen」の送迎車でもしょっちゅうかかっていて、ゲストもすっかりインドネシア・ポップスのファンになっちゃったりしている。
メロディーラインがシンプルで、日本人にも普通に受け入れられるような曲調。また、インドネシア語も、普通に耳に心地よい響き。
で、今までは、そこら中で売ってるコピー物CDもしくは、VCDを買っていた。だいたい6000ルピア(85円)くらい。
安いだけあって、当たり外れが激しい。ついでに50回くらいの使用??が限界。(何回も聞いていると、針飛び??がひどくなって、聞けなくなる。)
まぁ、でも、インドネシアだし。そんなもんかな〜と、3ヶ月くらいで、買い替えたり??していた。
で、今日も、ニジのCDを空港送迎に行ったガイドにお願いしたら、「オリジナルCD」を買ってきた。
お〜オリジナル〜。一体いくら〜と思ったら、35,000ルピア(約500 円)だった。
知らなかった〜。(ガイドは、高くてごめんね〜。でも、コピー売ってなかった〜と言っていた。)
でも、オリジナルがそのくらいなら、断然、断然、オリジナルがいい。
だいたいコピーものは、VCDがほとんどで、これは、私のマックには、読み込めない。なので、ビデオ編集などのBGMにも使えない。でも、オリジナルだったら、多分、100回くらい聞いても大丈夫だろうし、ゲストのビデオ編集なんかにも使えちゃう。もちろん、音も完璧。
1年以上、インドネシアに暮らしていると、「オリジナル」を買うというような発想さえ、失せてしまっていたようだ。
というか、「オリジナル」があるなんて、思いつきもしなかった。自分でも驚きである。
だいたいこの国は、全てがコピーみたいな国である。でも、そのコピー具合がなかなか精巧で、世の中何がコピーで何が本物かもわかんなくなっちゃうような国である。
そういうインドネシアの摩訶不思議さに、日々感動しちゃったりもしてるのである。
で、そういう私も、バリで売ってたカーテンとか、思いっきり、コピーして??日々、せっせとソーイングにいそしんでいるのであった〜。
PS 今日は、ついでに、インドネシア・ポップスの楽譜とか、スピーカー、マイクなんかも買ってきてもらった。「Lakuen」バンドは、ますますパワーアップ〜。
☆ ゲストは、あまりの波のなさに、やむなく、アウトサイド。腰、たま〜に胸サイズではあったけど、貸し切りだったらしい。明日から、月曜まで、心持ち上がる予報。腰痛のリハビリもかなり好調。明日は、サーフィンするぞ〜。
2006年10月18日
やっと届いた「無洗米」
☆ プールの仕上がり具合は、こんな感じ〜。完成まであと1ヶ月らしい。奥は、レストラン。
以前、ゲストからお土産にいただいた、秋田こまちの「無洗米」がものすご〜く美味しかったので、面倒をお願いして、5キロずつ2袋、送ってもらった。7月のことだった。
2ヶ月以上たっても、届かないので、きっと、誰かに食べられちゃったんだろうな〜とあきらめていたら、先日、3ヶ月以上かかって、やっと届いた。
かなりびっくりした。
残念ながら、ねずみかごきぶりにかじられちゃったのか、袋に穴が開いていて、味はかなり落ちていた。え〜ん。
その他にも、6月くらいに友人やゲストが送ってくれた、手紙や小荷物なんかも、まとめて最近、どばっと届いた。
何やら、郵便局で止まっていたらしい。
やれやれ。
そんな訳で、お礼のメール、近日中におくりま〜す。
みなさんありがと〜。
☆ アウトサイド・セットで腰〜。かなりサイズ落ちてます。でも、腰痛でサーフィンできないから、ちょっと気休め??になってます。これで、サイズあったら、泣いちゃうよ〜。
2006年10月16日
テーラー& 木工所「Lakuen」

☆ なかなか決まらなかった、バンガローの壁の色。初めに選んだブルー系の色は、近くでみるとそれなりに綺麗なんだけど。海の上から、バンガローを見ると、なんだか、青ざめた・病弱な??バンガローって感じで、どうもいただけない。とにかく、色のチョイスが少なくて、なかなか気に入る色が見つからなかった。で、なぜか、突然、設計士が新しいカタログを持ってきて、そこにこれこそは〜って色を発見。試しに一部塗ってみたらかなりいい。で、やっと決定〜。なんで、初めっから、このカタログ、持ってきてくんないんだよ〜ってのが、いかにもロンボク的落ちなのである。
全てが予算オーバーになってる「Lakuen」は、経費節減??のため、自分達でつくれるものは、自分達でつくる努力??をしている。
で、この間遊びに来てくれたAちゃんに、日本からミシンを担いできてもらった。前回は、ホームベーカリーをお願いしたので、それよりは、軽くて楽勝〜なはずだったのだが、税関でひっかかり、箱の中に納品書があって、予想外の約5000円の関税を取られてしまった。とほほ〜。
ミシンなんて使うの、何十年ぶりだけど。でも、これがなかなか楽しい。無心にだ〜っと縫っていくのは、それなりになんだかストレス解消になる。
ものすごく簡単なミシンで、とりあえず、シーツなんかを縫ってみた。ん〜悪くない。いい気になって、枕カバー、クッションケースなんかも、縫ってみた。まあまあ、そこそこな仕上がり。
ここ、ロンボクでは、実は、シーツとか、枕カバーとか、洒落たものがないって、現実もある。
で、みんながあんまり使わないシーツなんかは、何げに日本並み??くらいの価格なのである。
シーツなんて、四隅を縫えばいいだけだし、好きな布買ってきて、つくれば、かなり安上がり〜。
また、現在、我が家の一階は、木工所状態。
バンガローのベッドやカウンターチェアー、TV台なんかをスタッフがせっせとつくってくれている。
そんな訳で、テーラー& 木工所「Lakuen」は、今日もせっせと、生産にいそしむのであった〜。
PS が、もともと腰が弱い私。ちょっと魂つめて、数日、長時間縫い物してたら、思いっきり腰をやられた。カイロとか、整体とかなさそうなロンボク。やれやれ。自力で治すしかない。え〜ん、当分、サーフィンできなそ〜。
マックに向かうのも辛いので、メールとか、一部、またまたお返事遅れてます。ごめんなさ〜い。
☆ インサイド・セットで腰〜胸くらいと思われます。
Posted by Ruri at
20:36
│ゲストハウスの進行状況
2006年10月14日
THR
☆ 突然ですが、よくバリとかで売ってるこんなお面。ほとんどロンボク産です。
ラマダンについて書こうと思いつつ、なかなか、時間がとれない。
で、今回も、ラマダンそのものではなく、THRのこと。
これ、インドネシア式発音だと、多分「テーハーエル」。まだまだインドネシア語初心者の私には、よくわかんないんだけど、Rは、エルと発音される。日本人は、RとLの区別ができないとよく言われている。私も英語で、さんざん苦労したけど、ここ、インドネシアでも、同じ苦労をしている。
だって、何度も発音の違いを指摘されても、私の耳には、同じにしか聞こえないんだよな〜。
発音の問題っていうより、聞き分ける耳の問題のような気もする。
さて、このTHR。祝日手当と、訳されている。
ラマダン期間中、人々は、日中断食をし、食べ物のありがたみを身を持って感じ、アラーに祈り全ての「欲」から離れた生活を1ヶ月続ける。
(まぁ、それぞれに程度の差は、あるけど。)
で、ラマダン明けの祭りは、レバランと呼ばれ、みんなで、苦行を乗り越えたお祝いをするのだ。(今年は、10月24日)
で、実家に帰ったり、新しい服を買って、盛大にお祝いをする。
この際、THRという祝日手当(帰省や新しい服の資金になる)が、会社勤務??なんかだと、あるらしい。
去年は、ちょっとたってから、このTHRの存在を知った。で、来年は、きっと、ホテルもオープンしてることだろうし、みんなにTHR渡したいな〜なんて漠然と思っていた。でも、残念ながら、オープンできず、まだまだ支出ばかりが続く日々。
それでも、年に一回のことだし、みんなと相談して、スタッフと、ガイドに少しずつだけど、渡すことにした。
来年は、もっと儲けて??いっぱい渡せるようになりたいな〜。
で、明日渡すこのTHRの準備をしていたら、ローカル数名がやってきた。一人は、最近、紹介された、ドライバーのダット。英語も日本語もそこそこできるし、なかなかしっかりした、笑顔がかわいい25歳。「Lakuen」がオープンしたら、ドライバーをお願いしたいと思っていた。
明日からボルネオに出稼ぎ??に行くことになったから、さよならを言いにきた・・・という。
家族が、エージェントに約9万円を払って(知人からの借金)、すでに手続きを済ませていたという。
1ヶ月の給与は、約3万円強。ここの平均給与の何倍もの金額。食費こそ、自前だけれど、それでも、2年の期間を働けば、ここでは、何十年もかかるくらいの金額を貯めることができる。
なんだかとっても切なかったけれど、それでも、彼にとって、貴重な体験と実益になる。がんばって・・・と、送り出した。
インドネシアの一般的なシステム??として、例えば今回のように、お金を誰かに借りた場合、返済時期にかかわらず、倍返しが通常らしい。そのことに関してみんなは、「イスラムの教えでは、それは、よくないこと」と言ってはいたけれど。でも、銀行からは、借りられない人たちにとって、通例らしい。
ここでの暮らしは、食べていくのが精一杯なのが現実。どんなにこつこつ働いてわずかなお金を貯めても、家を建てたり、車を買ったり、何か小さな商売を始めたり・・・は、とてもとても難しい。出稼ぎにでも出るしかない。
そんなみんなの話しを聞きながら、企業として、「Lakuen」ができることは、なんだろう・・・と模索は続くのであった〜。
☆ インサイド・セットで胸〜肩。すこ〜し上がってはきたけど。オンショアでいまいち。明日に期待。
2006年10月13日
ジャンベ

☆ 我が家のベランダのちょうど正面から月がのぼってきた。
本当に久しぶりにジャンベを叩いた。オーストラリア以来だから、2年ぶりくらい。
まだ、バンガローがオープンしてなくて、良かった。
とりあえず、お隣さんまでは、かなり距離がある。
ついでに、モスクのスピーカーからは、コーランのおたけびが響いている。
試しにちょっと〜のつもりが、止まんなくなって、1時間くらい叩きまくっていた。我が家のベランダは、どうも反響がなかなかいいみたい。
体中に振動が伝わる。
自分でも、リズム感がある方だとは思わない。5歳から習っていたピアノも全然音感がなくて、13歳で挫折した。
それでも、太鼓を叩くのは、気持ちがいい。
6年くらい前に、沖縄からオーストラリアに移住した時の私の荷物は、6’6” のサーフボード1枚、アフリカからの直輸入品だったジャンベがひとつ、そしてスーツケースが1個だった。
私が住んでいたキングスクリフは、かなり田舎ではあったけれど、それでも、お隣さんがあったから、大雨の日とかに、思いっきり叩いていた。
乾燥したオーストラリアで叩く太鼓は、格別だった。
また、バーレイヘッズという有名なサーフポイントの近くの公園で、週に1回、太鼓好きが集まる集会があって、そこで、50人くらいのローカルと一緒に叩いたりしていた。
ジャンベという楽器を知ったのは、沖縄の田井等タガラという土地に2番目のガラス工房を建てた頃。
鎌倉からやってきたスタッフのヨーナスは、ガラスのセンスも抜群だったが、太鼓のセンスも素晴らしかった。
彼が太鼓を叩くと、その手の動きと太鼓の鼓動がまるで魔法のように、その辺りの空気を、揺るがした。
彼のアドバイスで、東京の楽器店から、アフリカからの直輸入のジャンベを買った。5万円くらいするかなり上等な(かなり重い)太鼓。そして、それは私の宝物になった。
タガラの山の上の工房兼自宅は、お隣さんが4キロ下の部落だったから、思いっきり、太鼓を叩くことができた。
時には、友達が集まって、みんなで月夜のライブを楽しんだりした。ディンカドゥンクとの出逢いもタガラの山の上。
キャンプファイヤーを囲みながら、ゲストもそれぞれの楽器をならして楽しんだ。
サーフボードと同じくらい大事だったジャンベは、オーストラリアを出る時に、ガレージセールで売った。ものすごく悩んだけれど、とても持っていける状態ではなかったし、何より愛犬ポッキーという、大きな??手荷物があった。
9本あったサーフボードも、悩みに悩んで2本にしぼった。
たくさんの大切なものを売っぱらってのバリ移住。
今でも、あのジャンベを手放してしまったことをちょっと後悔してるけど、でも、バリには、いっぱい安いジャンベ売ってるし〜。いつかまた、新しいの買えばいいやって。
で、2年ぶりくらいに、やっと、念願のジャンベを手にした。350,000RP。約4000円。もう少し、絞めた方がいい感じだけど、でも、素人目には問題ない響き。
今日は、スタッフにいろんなお買い物をお願いして、前回在庫がなかった大型のジャンベも発見。今さっき、待望のジャンベが我が家にやってきたのである。
なんだか、旧友との再会みたいな気分だった。やっぱ、楽器っていいな〜。
今回1個しか在庫なかったけど、ジャンベってみんなで叩くともっと気持ちいい。次回は、もっと数を揃えて、ローカルやゲストと一緒に太鼓の夕べを持てたらいいな〜と、密かに練習に励む??今宵であった〜。
☆ 波無し3日目〜。でも、ちょっとあがってきてます。明日は、サーフィンするぞ〜。
2006年10月12日
料金決定!!
☆ クタから車でグルプックに入ると、こ〜んな感じで「Lakuen」が見えます。
いろいろ、問い合わせが多いので、宿泊料金、決定しました〜。
1泊2名様朝食付き1棟ご利用料金、400,000RP(税・サービス料込み)。
詳細は、ホームページのこちらをご覧下さい。
また、サンライズワールドでも、予約受付いたしております。航空券等と合わせてツアーでご希望の方は、サンライズワールドのサイトよりお問い合わせ下さい。
先行棟1棟も、宿泊受付開始。でも、まわりが工事中で、ちょっとうるさいのと、レストランがまだオープンしていないので、朝食等は、多分、自前。クタへのお食事送迎等は、実費ガソリン代を予定しています。
また、グルプックのエドカフェからのデリバリーは、可能です。
価格は120,000RPくらいを考えていますが、お申し込み人数やご宿泊日数などご相談の上、最終価格を決定したいと思っています。
どうぞよろしく〜。
☆ 見事に波無し2日目。インサイド・たま〜にセットで腰くらい。土曜からちょっと上がる予報。
Posted by Ruri at
13:41
│ゲストハウスの進行状況
2006年10月10日
ゲストハウスの進行状況
☆ 初公開。バンガローの室内は、こんな感じ〜。
で、久々の「Lakuen」の進行状況報告。
ロンボク3度目の私の友達Aちゃん、Hちゃんは、10月2日から7日まで無事「Lakuen」の先行棟に宿泊。
記念すべき「Lakuen」初ゲストとなった。ありがと〜。
まだところどころ、タイルが張ってなかったり、水が止まっちゃったりと、多少??難はあったけど、「Lakuen」滞在を満喫してもらえたようで何より。
私も彼女達と、はじめて、ゆっくりバンガローでくつろいで??みたけど、なかなかいい感じ。
まだ、ベットも家具もそろってないので、これからいろいろつめていこうと思っている。
で、彼女達にも特に好評だったのが、キッチン。
今回、うちのレストランは、まだ完成してないので、朝食は、自前。到着時にマタラムのスーパーで買ってきたフルーツやパンで、自分たちで、フレンチトーストなんかをつくって食べていた。それがなかなか見ててもいい感じ〜。
まぁ、正式オープンしたら、一泊朝食付きだけど。それでも、キッチンで、フルーツ切って食べたり、コーヒー湧かしてベランダで飲めたりしたら、なかなか心地よいんじゃないかな〜と思う。
私は結構、旅先でも自炊派で、小型の電気鍋とかを持ち歩いて旅してた。また、コスタリカやモーリシャスでは、海の前のキッチン付きのバンガローに長期滞在して、なかなか楽しかったので、自分で宿をやるとしたら、やっぱり、キッチン付きにしたかった。
市場なんかで買ってきた地元の食材をつかって、簡単なパスタなんかをつくって食べるのは、それはそれでかなり楽しい。
モーリシャスでは、ローカルと一緒にオリジナル料理??をつくって、小さなパーティーなんかを開いて楽しんだ記憶がある。
今回、夕食は、エド・カフェを利用。「Lakuen」までデリバリーしてもらって、毎晩我が家でミニパーティー。結局彼女達の滞在中、一度もグルプックから出なかった。
で、おかしかったのが、最終日は、Hちゃんがまだ、ノボテルに泊まったことなかったので、ノボテルを予約していた。
でも、結局、チェックインしたのが、午後5時。ちょっとくつろいで、我が家で「ラストナイトのLakuenバンド・パーティー」のため、またまたグルプック。結局ノボテルに帰るのが面倒になって、「Lakuen」泊まり。朝一5時半にサーフィン行って、ノボテルに戻ったのは、朝食のために午前9時頃。
せっかくのノボテルが、朝食だけ〜になってしまった。とほほ〜。
でも、幸運にも??、彼女達の2時のフライトが4時半に変更になり、朝食後、ゆっくりお部屋でくつろぐことができたけど。
私も彼女達と、久々ノボテルの室内チェック。ん〜。やっぱり、ノボテルかわいいな〜。思わず、隅々写真撮っちゃった。
さて、12月中旬オープンを目指して、工事は、着々と進んでいる。すでに12月の宿泊希望者のメールも多数、届いている。びっくり〜。
で、現段階では、なんとも言えないのだけれど、一応、仮予約だけ、入れてもらって、11月中旬頃、進行状況等をみて、本予約という形で進めていこうと思っている。
価格もまだ未定で、一泊朝食付きUS$40〜50くらいを検討している。また、空港送迎やサーフガイドなどの価格の含め方なども検討中。正式発表は、やっぱり11 月頃の予定で〜す。もうしばらく、お待ちくださ〜い。
☆ インサイド・セットで腰〜胸。やっぱりサイズ落ちてます。次のスエルは土曜日から〜。
Posted by Ruri at
15:09
│ゲストハウスの進行状況
2006年10月09日
人生の転機
人それぞれに、いろんな「人生の転機」があると思う。
かなりプライベートな話しでなんですが、私にとって、最初の人生の転機は、「沖縄」だった。
10代の頃から大好きだった男性と東京で暮らしていた20代前半、1980年代後半。
彼はカメラマンの卵で私は、スタイリストの卵。
二人の給料は、合わせて10万円弱。でも、お互い食事とかがついていたから、なんとか高円寺の小さな部屋で暮らせていたし、朝から晩まで、お互い仕事が忙しくて、一緒に過ごせる時間もほんのわずかだったけれど、幸せな時間だった。
いつかお互い独立して、一緒に仕事をすることが夢だった。
何が始まりだったのか、今では思い出せないけれど、突然、「コザ」の写真が撮りたくなった。(もともと、カメラマンになりたかった私は、スタイリストの仕事は、師事したいカメラマンと出会う手段だった。)
20年近くすぎた今でも出発の朝の彼の顔が忘れられない。
本当に大事なものを失ってでも、当時の私は、もっともっと、やりたいことがあったんだと思う。
どうしても、一人で、沖縄に行って、写真を撮りたかった。
そして、それが私の人生の旅の全ての始まりだったような気がする。
いつも人の顔色ばっかり伺って、自信のない女の子だった私は、沖縄で初めて「ルリコはルリコのままでいいんだよ。」と言ってもらえたような気がする。
私を包んでいた大きな殻がパラリとはがれた気がした。
ものすごく気持ちが楽になった。
ああ、私は私の好きなように生きていいんだ。誰の人生でもなくって、私のための私の人生。自分で納得のいく方法で自分にも他人にも嘘つくことなく、まっとうに生きていこう・・・と思った。
でも、まだまだ若かったから、たくさんの人を傷つけてしまったかもしれない。でも、嘘はついていなかったと自信を持って言える。
そして、嘘ついたり、騙したりじゃなければ、いつかはきっと、みんな理解してくれると信じていたし、今も信じている。
約半年の石垣での生活の後、東京に戻り、その後実家の仙台に戻って、27歳までを過ごした。
心の中にいつも、沖縄があった。
でも、お金もなかったし、自分で何がしたいのかもわからなかった。
興味あること、やりたいこと、みんなやってみたけど、どれも続かなかった。かわった仕事は、40くらい。
ああ、私は一生、こんな風にからっぽの人生を送るのかもしれないな〜という、絶望感に包まれていた27歳。カードでできた借金は100万円。
当時はやっていた、カード破産寸前だった。
もう、このまま死んじゃってもいいや〜くらいの気持ち。でも、その前にもう一度、沖縄に行きたかった。当時250ccのアメリカンタイプのバイクに乗っていた私は、バイクに積めるだけの荷物と電話の権利を売った5万円弱の資金を持って、1992年7月、沖縄に向かった。途中で事故って死んじゃってもいいと思ってもいた。でも、もし、私にまだ、生き延びるチャンスがあるとしたら、それは沖縄しかないと、感じていた。
そして、稲嶺盛吉氏と出会った。琉球ガラスの第一人者である。
今でも初めて、師匠と出会った瞬間を覚えている。
後光がさしていた。ああ、この人についていこう。これが私の探し求めていたもの。ここで生きていこう。
私にとって、師匠との出逢いは、人生の転機だった。
そして、沖縄でガラスを吹いて、一生を終わるはずだった。
が、またまた転機がきてしまった。
鎌倉からやってきた新しいスタッフの影響で、サーフィンに、はまってしまったのだ。34歳。かなりいい歳である。
しかも、私はろくに泳げもしなかったし、海で足の届かないとこまで行ったことすらなかった。
さらに、英語も全くできなかったし、海外旅行も32歳にバリに一人で行ったのが、ほとんど初めてなくらい。
が、サーフィンに、はまっちゃった私は、もっともっと、サーフィンしたかったし、もっともっと、海外を旅したくなった。そして、ガラス屋としての全てと沖縄での安定した生活を捨てて、海外移住計画を実行。初めの渡航先のオーストラリアに一目惚れし、そのまま住み着いてしまった。2000年11月のこと。
で、これまた、いろいろ悩んだあげく、オーストラリアの永住権を取ろうと決断した矢先、オーストラリアの法律が変わって、どうがんばっても取れなくなってしまった。
仕方ないから、次の移住先探しの旅に出た。2004年9月。
で、スリランカで例の津波に出逢い、これまた、なんだか人生観が変わってしまった。
大きな衝撃とかつてないほどの濃厚な時間を過ごしたスリランカに移住しようと思っていた矢先、今度はロンボクと出会ってしまった。これまた、一目惚れだった。で、この今の「Lakuen」の土地と出逢い、これまた、この土地に一目惚れして、5分で購入を決断。今がある。
やれやれ。なんて慌ただしい人生だったんだろう。
人生の転機なんて、1度きりだと思っていたら、数えきれないくらいの転機が訪れ、自分でも想像がつかなかったようなとんでもない??人生になってしまった。
先日、友達と一緒に何年かぶりに、沖縄でガラスを吹いていた頃、テレビで放映された自分のビデオを観た。わずか6年くらい前の映像にもかかわらず、私は今より老けて??いるし、服装や表情、全てが別人のようだった。
サーフィンが全てを変えたのである。
さすがに私の放浪の旅は、これが最後と思う。(でも、まだわかんないけど。)
「Lakuen」が完成して、ある程度いろんなことが落ち着いたら、ローカルに任せて、私は、本業であるガラスを吹いていこうと思っている。
そしてゆっくりとここで年老いていこうと思った。
地に足をつけるのがいやで、生涯ふわふわと生きていきたいと思っていたけど。
ここなら、足つけてもいいかな〜とちょっと思ったりした。
23年に及ぶ「自分の場所」探しもいよいよ終結・・・かな??
☆ インサイド・セットで肩〜頭。もっと下がるかと思ったけど、たま〜に頭くらいのセットもあって、形も綺麗な、いかにもインサイドな割れ方。満喫〜。
かなりプライベートな話しでなんですが、私にとって、最初の人生の転機は、「沖縄」だった。
10代の頃から大好きだった男性と東京で暮らしていた20代前半、1980年代後半。
彼はカメラマンの卵で私は、スタイリストの卵。
二人の給料は、合わせて10万円弱。でも、お互い食事とかがついていたから、なんとか高円寺の小さな部屋で暮らせていたし、朝から晩まで、お互い仕事が忙しくて、一緒に過ごせる時間もほんのわずかだったけれど、幸せな時間だった。
いつかお互い独立して、一緒に仕事をすることが夢だった。
何が始まりだったのか、今では思い出せないけれど、突然、「コザ」の写真が撮りたくなった。(もともと、カメラマンになりたかった私は、スタイリストの仕事は、師事したいカメラマンと出会う手段だった。)
20年近くすぎた今でも出発の朝の彼の顔が忘れられない。
本当に大事なものを失ってでも、当時の私は、もっともっと、やりたいことがあったんだと思う。
どうしても、一人で、沖縄に行って、写真を撮りたかった。
そして、それが私の人生の旅の全ての始まりだったような気がする。
いつも人の顔色ばっかり伺って、自信のない女の子だった私は、沖縄で初めて「ルリコはルリコのままでいいんだよ。」と言ってもらえたような気がする。
私を包んでいた大きな殻がパラリとはがれた気がした。
ものすごく気持ちが楽になった。
ああ、私は私の好きなように生きていいんだ。誰の人生でもなくって、私のための私の人生。自分で納得のいく方法で自分にも他人にも嘘つくことなく、まっとうに生きていこう・・・と思った。
でも、まだまだ若かったから、たくさんの人を傷つけてしまったかもしれない。でも、嘘はついていなかったと自信を持って言える。
そして、嘘ついたり、騙したりじゃなければ、いつかはきっと、みんな理解してくれると信じていたし、今も信じている。
約半年の石垣での生活の後、東京に戻り、その後実家の仙台に戻って、27歳までを過ごした。
心の中にいつも、沖縄があった。
でも、お金もなかったし、自分で何がしたいのかもわからなかった。
興味あること、やりたいこと、みんなやってみたけど、どれも続かなかった。かわった仕事は、40くらい。
ああ、私は一生、こんな風にからっぽの人生を送るのかもしれないな〜という、絶望感に包まれていた27歳。カードでできた借金は100万円。
当時はやっていた、カード破産寸前だった。
もう、このまま死んじゃってもいいや〜くらいの気持ち。でも、その前にもう一度、沖縄に行きたかった。当時250ccのアメリカンタイプのバイクに乗っていた私は、バイクに積めるだけの荷物と電話の権利を売った5万円弱の資金を持って、1992年7月、沖縄に向かった。途中で事故って死んじゃってもいいと思ってもいた。でも、もし、私にまだ、生き延びるチャンスがあるとしたら、それは沖縄しかないと、感じていた。
そして、稲嶺盛吉氏と出会った。琉球ガラスの第一人者である。
今でも初めて、師匠と出会った瞬間を覚えている。
後光がさしていた。ああ、この人についていこう。これが私の探し求めていたもの。ここで生きていこう。
私にとって、師匠との出逢いは、人生の転機だった。
そして、沖縄でガラスを吹いて、一生を終わるはずだった。
が、またまた転機がきてしまった。
鎌倉からやってきた新しいスタッフの影響で、サーフィンに、はまってしまったのだ。34歳。かなりいい歳である。
しかも、私はろくに泳げもしなかったし、海で足の届かないとこまで行ったことすらなかった。
さらに、英語も全くできなかったし、海外旅行も32歳にバリに一人で行ったのが、ほとんど初めてなくらい。
が、サーフィンに、はまっちゃった私は、もっともっと、サーフィンしたかったし、もっともっと、海外を旅したくなった。そして、ガラス屋としての全てと沖縄での安定した生活を捨てて、海外移住計画を実行。初めの渡航先のオーストラリアに一目惚れし、そのまま住み着いてしまった。2000年11月のこと。
で、これまた、いろいろ悩んだあげく、オーストラリアの永住権を取ろうと決断した矢先、オーストラリアの法律が変わって、どうがんばっても取れなくなってしまった。
仕方ないから、次の移住先探しの旅に出た。2004年9月。
で、スリランカで例の津波に出逢い、これまた、なんだか人生観が変わってしまった。
大きな衝撃とかつてないほどの濃厚な時間を過ごしたスリランカに移住しようと思っていた矢先、今度はロンボクと出会ってしまった。これまた、一目惚れだった。で、この今の「Lakuen」の土地と出逢い、これまた、この土地に一目惚れして、5分で購入を決断。今がある。
やれやれ。なんて慌ただしい人生だったんだろう。
人生の転機なんて、1度きりだと思っていたら、数えきれないくらいの転機が訪れ、自分でも想像がつかなかったようなとんでもない??人生になってしまった。
先日、友達と一緒に何年かぶりに、沖縄でガラスを吹いていた頃、テレビで放映された自分のビデオを観た。わずか6年くらい前の映像にもかかわらず、私は今より老けて??いるし、服装や表情、全てが別人のようだった。
サーフィンが全てを変えたのである。
さすがに私の放浪の旅は、これが最後と思う。(でも、まだわかんないけど。)
「Lakuen」が完成して、ある程度いろんなことが落ち着いたら、ローカルに任せて、私は、本業であるガラスを吹いていこうと思っている。
そしてゆっくりとここで年老いていこうと思った。
地に足をつけるのがいやで、生涯ふわふわと生きていきたいと思っていたけど。
ここなら、足つけてもいいかな〜とちょっと思ったりした。
23年に及ぶ「自分の場所」探しもいよいよ終結・・・かな??
☆ インサイド・セットで肩〜頭。もっと下がるかと思ったけど、たま〜に頭くらいのセットもあって、形も綺麗な、いかにもインサイドな割れ方。満喫〜。
2006年10月08日
基本方針

☆ ゲストの要望で、バンド衣装はサロン。かわいい〜。ダンサー??プチマンとノルのサロン姿。
前にもちょっと書いたけど、私はここロンボクの楽しみの一つはローカルとのコミュニケーションだと思っている。
ゲストからのコメントも「波も良かったけど、なんといってもローカルが最高〜」と言う。
そして、ローカルと楽しく遊んだ時間が、帰国後もしっとりと心に残り、またここに帰ってきたくなっちゃうのである。
今回、初めて、私は「Lakuen」ゲストに対して、不快感を感じた。
それは私だけではなく、ローカルも感じていた。
でも、仕事だから〜とそのままサービスを続けたが、途中で耐えきれなくなって、後半は、全てガイドに任せた。
おとなげない私は、好きじゃない人とは、上手に話しができないのである。
自分でも、サービス業は、向いてないな〜と常々思う。これは、ガラス屋の時からそうだった。
ガラス屋の時も、自分は吹くのに忙しいから、ほとんど接客はしてなかった。
うちのセルフサービスは、かなり有名だった。
私はガラス吹いてて手が離せないから、もしガラスを買いたければ、自分で選んで、包んで、支払いをする。おつりがある場合は、おつり箱から自分でおつりをとって下さい〜って感じ。
それでも、たくさんの人がはるばる山の上までやってきてくれて、慣れないお客さんにうちのシステムを説明してくれたり、あげくにかわりに接客してくれたりもしてくれていた。
そして、最後にありがとうございました〜といってくれるのである。
もちろん、私はそんな風に私のガラスを愛してくれたお客さんにとても感謝していたし、そのためにも、吹くことに集中して、いいガラスを吹きたいと思っていた。そういうスタイルを理解してくれるお客さんに私のガラスを使ってもらいたいとも願っていた。
その姿勢は、多分今も変わっていない。
今は、物を売る仕事ではなく、サービスを売る仕事である。
それでも、ゲストにこびを売るような仕事はしたくない。
「Lakuen」のゲストには、我が家を解放して、荷物やサーフボードを置いたり、サーフィン後にうちのシャワーを使ってもらい、ワンドリンクもつけ、ガイドも含めて、ビデオでその日のサーフィン鑑賞なんかをサービスの一環としてやっている。
自分もサーファーとして、サーフィン後には、あったかいシャワーを浴びたいし、のども乾いて、なんか飲みたいのである。
そして、みんなとあの波がどうだった〜とおしゃべりしたいのである。
そういう雰囲気を味わって欲しいから、やっているサービスである。そして、それはかなり好評で、ゲストとガイドと私の距離がとても近くなっていい信頼関係が生まれている。
でも、ローカルを信頼せず、自分たちの要望だけを押しつけ、お昼にホテルに戻らなかったから、一回送迎分まけろとか言われたら、優しい私もさすがに切れる。
一度はがまんした。「はい、わかりました」と割引した。
値切りたい人は、値切ればいい。
そのかわり、サービスはなくなる。私たちも事務的にたんたんと時間をこなしていくのである。
でも、それだとお互い楽しくない。
そして、最後は、かなり最悪の結果となった。
これは大きな反省だった。
そして、心に深く誓った。
これからは「Lakuen」の雰囲気にそぐわないゲストは、それが判明した段階で、他のガイディングサービスに変わってもらうことにした。
「Lakuen」の基本方針は、ゲストもガイドもそして私も、みんなで楽しく時間を過ごすことにある。
ゲストには、ローカルをリスペクとして欲しいし、また私たちも、ゲストをリスペクトし、お互いがゆったりと信頼関係を築いていくことにある。
そういったうちの雰囲気やスタイルが合わない人は、他のサービスを使ってもらった方が、お互いに不快になるより断然いい。
うちの価格は、他のローカル・エージェントの価格とほぼ同じか少し低めに設定している。でも、細かくメールで事前にいろんな相談に答えたり、休憩所に我が家を提供したり、オーナーが「日本人」であることで、ゲストも安心してくれている。ホントは、これだけのフル「日本語」ケアは、海外では倍料金??になるところ。
まぁ、当然、「日本人」を雇っていたらその給料のために、料金アップをせざるを得ない。
いろいろ海外を旅したことがある人なら、そういうこともよくわかると思う。
そして、それは、「会社」を運営していく上で、仕方のないことだし、ゲストも多少割高でも、日本語でのケアがつく安心感から、「日本人相手の会社」を利用するのである。
なので、まあ、うちは「利益」というのは、今のところ出ていないし、私の給料??も出ていない。(私の計画??では、「Lakuen」レストランとホテルを収入として見込んでいる。)
でも、ガイディングサービスをすることで、ローカルにギャラを払え、私もいろんな人と出会え、ゲストも楽しくロンボクの旅を満足することができ、みんながハッピーになれれば、それは何よりのみんなの「利益」なのである。
ビジネスといえば、ビジネスなのだから、いやな客にも愛想良くすべきだ〜という意見もあるだろう。(でも、それなら、しっかりと倍料金をつけて、ちゃんと儲けて、ビジネスライクで運営していかなくちゃ、割が合わない。)
でも、私はそういう「ビジネス」をここでは考えていない。
だから、敷地内でも一番いい場所に自分の家を建てた。
「Lakuen」の最大の目的は、ローカルと私がここで安全に楽しく暮らせ、また、ここを訪れた人が、最高に楽しいホリデーを満喫できることに尽きるのである。
ってことで、「Lakuen」は、価格リストに出ている価格は、基本的に一切、割引はしません。(長期滞在割引等状況に応じてありますが、お申し込みの段階で、明確に料金をご呈示し、双方納得の上での受付といたします。)
そのかわり、ゲストが私たちに心を開いてくれたら、私たちも精一杯、サービスするし、もっともっと楽しんでもらえるよう、努力します。
そういう「Lakuen」の方針をご理解いただけるゲストのみ、引き続き受け付けていきたいと思っていますので、どうぞ、よろしく〜。
☆ 予報通りのサイズダウン。インサイド・多分セットで胸〜。向こう一週間は、多分ず〜っと膝〜腰予報。
Posted by Ruri at
14:23
│ゲストハウスの進行状況
2006年10月07日
ごめんなさ〜い
またまた、更新できなくてごめんなさい。
ネットの接続状況が良くなかったのと、ゲストが2組と友達が来てた。
いろんなドラマがあった1週間。
これからゆっくり書いていきたい。
一番のニュースは、波がずっと良かったことと、待望の「Lakuen」バンドがいよいよ活動開始。
これがかなりいい。
楽器もいろいろ買いそろえて、さっそく昨日は、ゲストも交えて盛大なパーティー。
今夜は、全てのゲストが帰り、ローカルだけで、おつかれさまパーティー。
しっとりとローカルだけで、この嵐のような1週間の疲れをねぎらった。
こんな時間が一番好き。
満月の下、みんなでインドネシアの歌を歌いながら、ゆったりとした時間を過ごした。
そんな中に自分がいれることが嬉しかった。
みんなみんな、ありがとう。
この雰囲気、ゲストの人たちにもぜひ、味わってほしいと思った今宵。
詳細は、明日から書きま〜す。
☆ インサイド・朝はセットで面つる頭半〜。でも、予報では、これから1週間、波なさそう〜。
ネットの接続状況が良くなかったのと、ゲストが2組と友達が来てた。
いろんなドラマがあった1週間。
これからゆっくり書いていきたい。
一番のニュースは、波がずっと良かったことと、待望の「Lakuen」バンドがいよいよ活動開始。
これがかなりいい。
楽器もいろいろ買いそろえて、さっそく昨日は、ゲストも交えて盛大なパーティー。
今夜は、全てのゲストが帰り、ローカルだけで、おつかれさまパーティー。
しっとりとローカルだけで、この嵐のような1週間の疲れをねぎらった。
こんな時間が一番好き。
満月の下、みんなでインドネシアの歌を歌いながら、ゆったりとした時間を過ごした。
そんな中に自分がいれることが嬉しかった。
みんなみんな、ありがとう。
この雰囲気、ゲストの人たちにもぜひ、味わってほしいと思った今宵。
詳細は、明日から書きま〜す。
☆ インサイド・朝はセットで面つる頭半〜。でも、予報では、これから1週間、波なさそう〜。
2006年10月01日
グルプックでいい波に乗る方法

☆ 美しきカメの特大セット。本日午前11時頃。
一番初めにロンボクに来て、グルプックでサーフィンしたのは、去年の7月。某旅行会社が手配したガイドがついたけど、あんまり相性が良くなくって、結局、グルプックのエドやその友達とサーフィンを楽しんだ。
で、当時、いっつもいっぱいローカルが付いてきて??どんどんいい波に乗っていくのが結構、不満だった。
みんなついてくんな〜。ローカルばっかり乗ってずるい〜。私が乗れないじゃない〜って感じ。
で、波待ちしてる時も、ローカルと離れて待っていたりした。
ゲストの中にも多分、私と同じ気持ちの人が結構いると思う。
で、最近思ったんだけど、いい波に乗りたいと思ったら、自分のガイドの隣で波待ちするのが一番いい。
ガイドは、どこが一番波待ちにいいかちゃんと知っているのである。だから、いつもいい波に乗っていくのである。
で、隣にゲストがいれば、ちゃんとゲストに波を譲るのである。遠くにいるから、乗っちゃうのである。
最近、やっとそれが解った私は、仲のいいローカルが一緒に入っている時は、いつも近くに位置するようになった。(まぁ、世間話なんかをするにも近くが楽しいし。)
で、いい波がくると、ちゃんと「ゴーゴー」と乗せてくれるのである。
ガイドも同じようなことを言っていた。ゲストが自分から離れたとこで波待ちしてると、どうにもできない・・・という。ああ、この人は、勝手に楽しみたいんだな〜と思って、自分もそれなりにサーフィンしちゃうのである。
せっかくガイド代を払っているのだから、もっともっと、ガイドを活用したらいいと思う。ガイドばっかり乗ってるみたいだったら、自分ももっと乗りたい〜とちゃんと意思表示をしたらいいと思う。そしたら、ガイドもがんばって、ゲストがいっぱい乗れるようにもっともっと、努力したりするのだ。
また、私的には、ロンボクの一番の魅力は、ローカルとのコミュニケーションだと思っている。ガイドともっともっと、仲良くなって、いろんな「ローカル内緒話??」なんかを聞かせてもらったら、ロンボク滞在は、もっと深くて楽しいものになるんじゃないかと思う。
そして、ガイドもはりきって??いろいろ教えてくれるのである。
で、ゲストもガイドもハッピーハッピーな時間を過ごせて、いっぱい良い波に乗れて、ああ、ロンボク最高〜ってなってくれれば、私はこれまた、なんだかとってもハッピーなのである。
☆ カメ・セットで頭。インサイド・セットで頭半〜。連日カメがなかなか可憐なシェープを見せている。それにしても〜ブラジリアンの多いこと。ヘンリー情報では、今日、ブラジリアンの一人がインサイドで骨を折ったらしい。彼らは、平気でがんがん突っ込んでくるので、一緒に入ってても超怖い。みなさ〜ん、ブラジル人には要注意!!
☆ またまた、ネット接続の状況が悪化。





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