2006年06月30日
風邪ひいたよ〜

☆3日前久しぶりにカメが割れました〜。
悪夢のようなバリの後も、いろいろ忙しくて、バリの風邪をそのまま持ち越しながらも、薬で押さえていた。
で、その後お客さんが続いて、これまた気合いで、持ちこたえていたのだけれど。
最後のお客さんが帰った瞬間、昨日、1日寝込んだ私。
今日も激しく咳込みながらも、支払いがあって、銀行へ〜。
実は、昨日バリに帰った女の子二人のサーファーのうち、1人はまだ1週間チケット残りあるので、また、ロンボク帰ってきて、一緒にスンバワ行こう〜と話していたので、なんとしてでも、風邪治したいのだけど〜。
でも、咳が出始めると結構長引く体質の私。多分この分じゃ〜無理だろうな〜。
あ〜あ。ローカルのみんなとも、みんなで行こうね〜と盛り上がっていただけに超残念。で、この後は、7月に入ってサイズも上がってくるだろうから、ちょっとスンバワはきつそう。あとは、またまたサイズが下がる10月くらいまでお預けかも〜。(スンバワは、ロンボクよりかなりサイズでかいです。)
それしにても・・・ずっと更新できずにごめんなさい。本日、フレキシー最新機種を導入。どうやら、またまた、自宅で更新できそう・・・っていっつも、期待させられて、数日で機械の故障〜が続いているのだけれど。今度は、どうなることやら。
この電話騒動で、私はどれだけの労力と金額を費やしているのだろうか〜。
今日も1日、クタ・エリアさえ、電話が不通。銀行行ったついでに、プラヤで電話借りて、5日ぶりにメールチェック。
お返事いっぱいたまってしまって、ごめんなさいでした〜。
☆ インサイド・腹〜胸。またまた風が強いです。次のスエルは、7日の予報です。
2006年06月25日
ごめんなさ〜い
我が家の電話回線は、またまた、故障。
クタまで、たまにしかつながらない状況で、ついでにお客さんも3組かたまっちゃって、全然、更新できなくて、ごめんなさい。
メールも4日間、チェックできませんでした〜。
現在、携帯でのメールチェックの可能性、探ってます。
そしたら、メールだけは、毎日チェックできるかも・・・です。
ホントに、ごめんなさ〜い。
いろいろあった、ここ数日のお話は、また、ゆっくりと〜。
アドベンチャーな毎日でした〜。
クタまで、たまにしかつながらない状況で、ついでにお客さんも3組かたまっちゃって、全然、更新できなくて、ごめんなさい。
メールも4日間、チェックできませんでした〜。
現在、携帯でのメールチェックの可能性、探ってます。
そしたら、メールだけは、毎日チェックできるかも・・・です。
ホントに、ごめんなさ〜い。
いろいろあった、ここ数日のお話は、また、ゆっくりと〜。
アドベンチャーな毎日でした〜。
2006年06月21日
いい感じ
波のサイズが、今日から、ちょっと上がってきた。
ブラジリアンの10名の団体様??が、4時間くらい粘ってて、ちょっとな〜だったけど。でも、合間をぬって、結構乗れて、ハッピー。
波さえあれば、ご機嫌なのだ!!
で、嬉しいことに、昨日ご到着のダブルYさんも、のりがいいサーファー・ガールでいい感じ〜。
実は、「女の子だけ」のグループは、「Lakuen」初。
ガイドもみ〜んなご機嫌。
やっぱね〜。女の子がいいよね〜。
(って、私は、レズではないですが〜。女の子不足のこのエリア。海の中もいっつも男ばっか〜。女の子サーファーには、とにかく優しい「Lakuen」なのです。
新しい舟の改造も着々と進み、うまくいけば、今週末には、初航海??
ん〜いい感じ。
☆インサイド・セットでたまに頭くらい。
ブラジリアンの10名の団体様??が、4時間くらい粘ってて、ちょっとな〜だったけど。でも、合間をぬって、結構乗れて、ハッピー。
波さえあれば、ご機嫌なのだ!!
で、嬉しいことに、昨日ご到着のダブルYさんも、のりがいいサーファー・ガールでいい感じ〜。
実は、「女の子だけ」のグループは、「Lakuen」初。
ガイドもみ〜んなご機嫌。
やっぱね〜。女の子がいいよね〜。
(って、私は、レズではないですが〜。女の子不足のこのエリア。海の中もいっつも男ばっか〜。女の子サーファーには、とにかく優しい「Lakuen」なのです。
新しい舟の改造も着々と進み、うまくいけば、今週末には、初航海??
ん〜いい感じ。
☆インサイド・セットでたまに頭くらい。
2006年06月19日
好きな時間

☆ さらにアップなバンガローの写真。屋根が高すぎて、エアコン効きにくいのが心配だったけど〜。やっぱり、かなりたか〜くなっちゃいました〜。まぁ、でも、屋根が高いってのは、気持ちいいしね〜。エアコンについては、後で考えよ〜っと。
好きな時間は、いろいろある。
一番大好きなのは、がらがらのインサイド・頭〜くらいを仲のいいローカルや感じのいいツーリストとシェアしてる時。
それから、サーフィン後のあったか〜いお風呂。ゆっくりゆったり、ストレッチとヨガ。ギンギンに冷えたビンタン。
愛犬ポッキーとたわいもなくじゃれている時。ぼけーっとな〜んにも考えないで、サーフィン・ビデオを眺めてる時。ビーチの散歩。
そして、ゆ〜っくりと、その時食べたいものをビール片手に料理している時間。
そういうのが、大好きな時間。
で、久しく、そ〜んな時間を過ごせないでいた。
でも、ここ数日、できるだけそういう「大好きな時間」を1日のちょっとでも取れるようにがんばってみた。
ホントは、こういう大好きな時間だけだったら、最高にハッピーだけどね。
「大好きなものに囲まれて」「大好きな時間に包まれた」生活。「究極の幸せ」
メールで仲良くなったロンボク・リピーターの女の子と、すれ違いで逢えなかった。ものすごく残念。
彼女からの帰国後のメールは、とてもとても、心地よかった。
「なんだかすべてのことに感動しやすくなってて、お日様の下、海の上でプカプカ浮いてるだけですごく気持ち〜な〜って幸せ感じたり、バイクに乗って風を感じて満点の星空を見てウルウルしちゃったり、アタシの心はロンボクの海や空や風や星に感動しまくり」
そうなんだよな〜。何があるって訳じゃない、ここ南ロンボクなんだけど。
な〜んにもないんだけど、な〜んでもあるみたいな。
そして、幸せを感じる時って、実は特別のものじゃなくって、一生懸命こねて焼いたパンの香りだったり、当たり前に元気に無事にそこに生きていられることだったり。誰かの無償の笑顔だったり・・・ね。
本日、女の子2名様、ご到着〜。1週間のご滞在予定〜。妙に盛り上がってるローカルと私。女の子には、スペシャルに優しい、私たちなので〜す。
☆インサイド・たま〜にセットで、腰。マウイ・肩〜頭。明日は、上がる予報です。いい加減、上がってもらわないことにゃ〜です。
2006年06月18日
リンジャニ山が見えな〜い!!

☆で、いろいろあった間に建築中のバンガローは、どんな感じかというと、こ〜んな感じで、ゆっくりゆっくりではありますが、一応進んでいます。この間も8月末完成!!を再約束した大工さん。でも、ホントに完成するのかな〜??
本日、曇りにつき〜フレキシーの接続ができませ〜ん。
どうも、この無線電話フレキシーの接続状況が、良い日と悪い日がある。なが〜い12mくらいの竹の先にアンテナくくりつけて、ベランダの角に立てているのだけれど、風が強いとその竹とアンテナがゆらゆらゆれる。そのせいかな〜と思っていたけど。
(って、この竹〜ってとこが、ロンボク的だよな〜。ちなみに、「鉄のパイプとかにしたらもう少し強いんじゃないですか〜??」と聞くと、「いや、バンブーが強い。3年間保証するよ!!」と、みんなで口を揃える。)
昨日もかなり風は強くて、時々、とぎれはしたけど、一応、つながりはした。
が、今日は、朝から全く不通。
我が家からは、雲がないと、リンジャニ山がくっきりと見える。
このリンジャニ山、インドネシアで2番目だか3番目だかに高い山で、なんと標高3,726mもある。かの富士山より50m低いだけ。
で、このリンジャニ山には、温泉なんかも湧いてるらしくて、いつか行きたいものだと思っているのだけれど〜。
で、今日は、分厚い雲で覆われ、このリンジャニ山が全く見えない。もしかしたら、フレキシーがつながんないのは、この雲のせいかも。
フレキシーのアンテナ、偶然だけど、このリンジャニ山に向かって立っている。
そういゃぁ、ここ数日、くっきり、リンジャニが見えてたっけな〜。
それにしても・・・もし、雲のせいとなったら、かなりやばい。リンジャニが見える日なんて、年間で半分以下。5日に1回くらいの割合かもしれない。
快適ネット生活は、ここ、グルプックじゃぁ、やっぱり夢のまた夢〜???
☆インサイド・たまぁ〜にセットで、腰〜腹。とほほ〜。まだまだ風が強い毎日。6月に入って、ず〜っと強風です。
2006年06月17日
電話も復活!!
何をやってもなんだかうまく歯車が噛み合わなかったここ数週間。でも、やっと、もとにもどって、また、前に進みだした。
そしたら、他のいろんなことも、スムーズに流れ出した。人生ってそんなだよね〜いっつも。
で、その中でもかなり嬉しかったのが、電話回線がここ、グルプックで復活したこと。
テレコムという、日本のNTT みたいなとこのスタッフが、過去1ヶ月に渡って思考錯誤を繰り返した、フレキシーという無線回線の受信。このフレキシー、うまくつながれば、普通の電話回線よりもインターネット接続がかなり早い。CDMAってやつみたい。また通話料も、普通の電話回線とほぼ同じくらい。
バリは、電話回線を引いてもらうのに、へたしたら5年くらい待たなくちゃいけないこともあって、このフレキシーがかなり普及している。
ロンボクもマタラムエリアは、かなり受信の状況がいいらしい。
でも、残念ながらグルプックは、まだまだ。
何種類ものアンテナやフレキシー受信電話機を変えたりしながら、時に20分くらいの接続が可能になったりしながらも、またまた不通を繰り返す日々だった。
で、仕方ないから、クタに電話を借りに行く日々が続いた。
自宅でネット接続のできない不便利さっていったらない。
せっかく海が見渡せる素晴らしいオフィス??があるのに、わざわざ、クタのホテルのせまくて、窓もなく、エアコンもない、くら〜く蒸し暑いファックス・ルームで、せっせとメールのお返事を書くのは、どうもいただけなかった。
(閉所恐怖症の私は、どうもそのエレベーターみたいな部屋が苦手で仕方なかった。)
今も、最長8分くらいの接続状況ではあるけれど、それでも、メールチェックや写真無しのブログの更新、ネットの波情報チェックなどはできる。
素晴らしい〜。
で、テレコムにも、もっと受信状況が良くなったら、グルプックの他の人たちも使いたがっているから、なんとか改善してくれ〜と強く要請している次第である。
今は、携帯だけがたよりのグルプック。でも、通話料が高くて仕方ない。私でさえものすご〜く高く感じるのだから、ローカルにしたらとんでもない金額である。でも、ガイドなどの仕事をしていく上で、必要なのだ。
また、ネット接続ができるようになり、ゲストとメールができるようになったりしたら、もっとコミュニケーションが取りやすくなることだろう。
ところで、マタラム・エリアでは、ブロードバンド24時間接続〜なんてのもすでに普及してるらしい。びっくり。いいな〜。
☆ インサイド・膝〜腰。かなりサイズダウン。次のスエルは、21日の予報。
そしたら、他のいろんなことも、スムーズに流れ出した。人生ってそんなだよね〜いっつも。
で、その中でもかなり嬉しかったのが、電話回線がここ、グルプックで復活したこと。
テレコムという、日本のNTT みたいなとこのスタッフが、過去1ヶ月に渡って思考錯誤を繰り返した、フレキシーという無線回線の受信。このフレキシー、うまくつながれば、普通の電話回線よりもインターネット接続がかなり早い。CDMAってやつみたい。また通話料も、普通の電話回線とほぼ同じくらい。
バリは、電話回線を引いてもらうのに、へたしたら5年くらい待たなくちゃいけないこともあって、このフレキシーがかなり普及している。
ロンボクもマタラムエリアは、かなり受信の状況がいいらしい。
でも、残念ながらグルプックは、まだまだ。
何種類ものアンテナやフレキシー受信電話機を変えたりしながら、時に20分くらいの接続が可能になったりしながらも、またまた不通を繰り返す日々だった。
で、仕方ないから、クタに電話を借りに行く日々が続いた。
自宅でネット接続のできない不便利さっていったらない。
せっかく海が見渡せる素晴らしいオフィス??があるのに、わざわざ、クタのホテルのせまくて、窓もなく、エアコンもない、くら〜く蒸し暑いファックス・ルームで、せっせとメールのお返事を書くのは、どうもいただけなかった。
(閉所恐怖症の私は、どうもそのエレベーターみたいな部屋が苦手で仕方なかった。)
今も、最長8分くらいの接続状況ではあるけれど、それでも、メールチェックや写真無しのブログの更新、ネットの波情報チェックなどはできる。
素晴らしい〜。
で、テレコムにも、もっと受信状況が良くなったら、グルプックの他の人たちも使いたがっているから、なんとか改善してくれ〜と強く要請している次第である。
今は、携帯だけがたよりのグルプック。でも、通話料が高くて仕方ない。私でさえものすご〜く高く感じるのだから、ローカルにしたらとんでもない金額である。でも、ガイドなどの仕事をしていく上で、必要なのだ。
また、ネット接続ができるようになり、ゲストとメールができるようになったりしたら、もっとコミュニケーションが取りやすくなることだろう。
ところで、マタラム・エリアでは、ブロードバンド24時間接続〜なんてのもすでに普及してるらしい。びっくり。いいな〜。
☆ インサイド・膝〜腰。かなりサイズダウン。次のスエルは、21日の予報。
2006年06月16日
元気になったよ!!
バリ以来、とにかくいろんなことがあって、精神的にも肉体的にもかなりやられた。一部スタッフにも、かなりきつい時間だったと思う。
でも、みんなの結束と、努力の成果で、この難問をなんとか乗り切ることができた。とにかく長くてつらくて、出口が見えないような時間だった。
今回のことで、スタッフにいいきかせ、また、私自身にも言い聞かせたことがある。それは、「真実」を知ること。
なんで、それが起こったのか。なんでこんなに難航したのか。
そこには、ふか〜い訳があるのである。
その根本的な「原因」をつきとめ、それを改善しないことには、「問題」は解決しないのである。
で、それは、物理的なことだけじゃなくって、もっと、心の奥深くの「魂」とかの次元のこと。
「魂」が間違った方向にすすんでいくと、かならず、それは、いつか、「なんらかの形」で、災いとして降り掛かってくるのである。
それを切実に実感させられた数週間だった。
おとといの夜。はっきりと感じた。なぜ、それが起こったのか。なぜ、こんなに長引いてしまったのか。しかし、明日、全てが解決するだろう・・・ことをはっきりと感じた。
答えがわかると、人間、楽になるものである。
ついでに、昨日は、3時間、わずか数人で、乗り放題の肩サイズの波。
全てがふっきれた気がした。実際、ふっきれたのだった。
そして、今日から、全ての業務が平常に戻り、みんなの顔にも笑顔が戻った。
最高に美しい夕焼けとともに、みんな、最高に美しい笑顔があった。
これから私たちがやらなくてはいけないことは、まだまだ、山ほどあるのである。でも、今の私たちには、最高の勇気と、最高の信頼があるのである。
もう、なにがあっても、へっちゃらなくらい、強くたくましく、生まれかわった私たちなのである。
やっぱ、生きてくのって最終的には、楽しいね!!っていうか、そうありたいな。
☆ インサイド・腹〜腰。やっと風がちょっとおさまってきました〜。ローカルも珍しがるほど、2週間も吹き荒れた強風でした。
でも、みんなの結束と、努力の成果で、この難問をなんとか乗り切ることができた。とにかく長くてつらくて、出口が見えないような時間だった。
今回のことで、スタッフにいいきかせ、また、私自身にも言い聞かせたことがある。それは、「真実」を知ること。
なんで、それが起こったのか。なんでこんなに難航したのか。
そこには、ふか〜い訳があるのである。
その根本的な「原因」をつきとめ、それを改善しないことには、「問題」は解決しないのである。
で、それは、物理的なことだけじゃなくって、もっと、心の奥深くの「魂」とかの次元のこと。
「魂」が間違った方向にすすんでいくと、かならず、それは、いつか、「なんらかの形」で、災いとして降り掛かってくるのである。
それを切実に実感させられた数週間だった。
おとといの夜。はっきりと感じた。なぜ、それが起こったのか。なぜ、こんなに長引いてしまったのか。しかし、明日、全てが解決するだろう・・・ことをはっきりと感じた。
答えがわかると、人間、楽になるものである。
ついでに、昨日は、3時間、わずか数人で、乗り放題の肩サイズの波。
全てがふっきれた気がした。実際、ふっきれたのだった。
そして、今日から、全ての業務が平常に戻り、みんなの顔にも笑顔が戻った。
最高に美しい夕焼けとともに、みんな、最高に美しい笑顔があった。
これから私たちがやらなくてはいけないことは、まだまだ、山ほどあるのである。でも、今の私たちには、最高の勇気と、最高の信頼があるのである。
もう、なにがあっても、へっちゃらなくらい、強くたくましく、生まれかわった私たちなのである。
やっぱ、生きてくのって最終的には、楽しいね!!っていうか、そうありたいな。
☆ インサイド・腹〜腰。やっと風がちょっとおさまってきました〜。ローカルも珍しがるほど、2週間も吹き荒れた強風でした。
2006年06月14日
海の前の暮らし
「海の前に住みたい。サーフポイントの前に住みたい。」
それが、究極の夢だった。
そして、愛する沖縄を離れた。
スーツケース1つ。サーフボード1枚。ジャンベ1個。
それが、私の全ての所持品だった。
それだけあれば、他に何もいらなかった。
残りの人生、ただ、海とともに、サーフィンとともに生きたかった。
2000年11月のこと。
わずか5年で、究極の夢の土地を手に入れることができたのだから、私はこの幸運に感謝すべきだろう。
まさしく、ここは、私が想い描いていた以上の土地。
優しく、強く、したたかで、土と水と光の強さを体中で感じることのできる土地。
「海の前」というと、なんといっても、「水平線」のイメージ。
が、残念ながら、我が家は、大きなグルプック湾のかなり奥に位置するので、水平線・湾の入り口は見えない。
一歩間違うと、海というよりは、湖って感じもする。
でも、ここが確実に海だと感じるのは、潮の動き。
グルプックは、干満の差がかなり大きい。
大潮の時など、砂浜で10メートルくらい違う。
私の住んでいたオーストラリア・東海岸と同じくらい。
(余談だが、スリランカの西海岸、ヒッカドゥアは、ほとんど干満の差がなくて、びっくりした。で、スリランカの友人に言わせると、これだけ潮が引くと、また津波が来る〜と恐怖にかられるという。トラウマである。)
巨大な窓ガラスとオープンな空間が自慢の我が家からは、どこからでもこのグルプック湾が見渡せ、刻一刻と変わる潮の動きを感じることができる。
そして、それが生活の一部になっていることを心からありがたく思う。
今日ちょっと悲しいメールが届いた。
何やらどこかのサイトの掲示板に明らかに私のことと思われる中傷が書かれていたらしい。
アドレスも書いてあったけど、読んで行き場のない想いをするのは目に見えているので、読むのをやめた。それでなくても、かなりブルーなこの頃。これ以上、わざわざ、ブルーの種を増やしたくもない。
自分がやっていることが、100%正しいこととは、もちろん、思っていない。
多分、間違っていることの方が大半だろう。(もちろん、自分では、常にベストを尽くしてはいるけど。)
そして、90%くらいの人は、なんらかの意見があって、文句があったり、気にくわなかったり、かかわらないようにしようと思ったり、ひきこもごも思いがあるだろうと思う。
当然だ。
みんな生身の人間なんだから、100人いれば、100通りの考えがある。
これは、子供の時から、強く思っていたことだけど。
「一年生になったら〜友達100人できるかな〜」って歌の歌詞がどうも好きじゃなかった。
100人も友達、いらないと思った。
なんとなく、都合のいい100人の友達がいるより、たった1人でも、自分を理解してくれて、いついかなる時も、自分の見方になってくれる人がいれば、いいやと思っていた。
それは、大人になった今でも、同じ。
たった1人でいい。私が生きて、戦って、もがきながらも、うめきながらも、生き抜いたことを「理解」してくれる人がいれば、それでいいと思う。
その逢ったことも話したこともないたった1人の「理解」を得るために、戦っているとしても、そして、それが、私が死んでしまってから、「理解」されたことだとしても。
それでも、きっと私の魂は、その1人のおかげで「報われる」だろう。
そしてまた、私一人がどうあがこうと、潮は、かわらず、満ちては引いていくのである。
この無力さが、なんとも言えず、美しい、海の前の暮らしなのである。
やっぱり、海が好き。何より一番、大好き。
☆ インサイド・腰〜腹。まだまだ吹き荒れる強風。
それが、究極の夢だった。
そして、愛する沖縄を離れた。
スーツケース1つ。サーフボード1枚。ジャンベ1個。
それが、私の全ての所持品だった。
それだけあれば、他に何もいらなかった。
残りの人生、ただ、海とともに、サーフィンとともに生きたかった。
2000年11月のこと。
わずか5年で、究極の夢の土地を手に入れることができたのだから、私はこの幸運に感謝すべきだろう。
まさしく、ここは、私が想い描いていた以上の土地。
優しく、強く、したたかで、土と水と光の強さを体中で感じることのできる土地。
「海の前」というと、なんといっても、「水平線」のイメージ。
が、残念ながら、我が家は、大きなグルプック湾のかなり奥に位置するので、水平線・湾の入り口は見えない。
一歩間違うと、海というよりは、湖って感じもする。
でも、ここが確実に海だと感じるのは、潮の動き。
グルプックは、干満の差がかなり大きい。
大潮の時など、砂浜で10メートルくらい違う。
私の住んでいたオーストラリア・東海岸と同じくらい。
(余談だが、スリランカの西海岸、ヒッカドゥアは、ほとんど干満の差がなくて、びっくりした。で、スリランカの友人に言わせると、これだけ潮が引くと、また津波が来る〜と恐怖にかられるという。トラウマである。)
巨大な窓ガラスとオープンな空間が自慢の我が家からは、どこからでもこのグルプック湾が見渡せ、刻一刻と変わる潮の動きを感じることができる。
そして、それが生活の一部になっていることを心からありがたく思う。
今日ちょっと悲しいメールが届いた。
何やらどこかのサイトの掲示板に明らかに私のことと思われる中傷が書かれていたらしい。
アドレスも書いてあったけど、読んで行き場のない想いをするのは目に見えているので、読むのをやめた。それでなくても、かなりブルーなこの頃。これ以上、わざわざ、ブルーの種を増やしたくもない。
自分がやっていることが、100%正しいこととは、もちろん、思っていない。
多分、間違っていることの方が大半だろう。(もちろん、自分では、常にベストを尽くしてはいるけど。)
そして、90%くらいの人は、なんらかの意見があって、文句があったり、気にくわなかったり、かかわらないようにしようと思ったり、ひきこもごも思いがあるだろうと思う。
当然だ。
みんな生身の人間なんだから、100人いれば、100通りの考えがある。
これは、子供の時から、強く思っていたことだけど。
「一年生になったら〜友達100人できるかな〜」って歌の歌詞がどうも好きじゃなかった。
100人も友達、いらないと思った。
なんとなく、都合のいい100人の友達がいるより、たった1人でも、自分を理解してくれて、いついかなる時も、自分の見方になってくれる人がいれば、いいやと思っていた。
それは、大人になった今でも、同じ。
たった1人でいい。私が生きて、戦って、もがきながらも、うめきながらも、生き抜いたことを「理解」してくれる人がいれば、それでいいと思う。
その逢ったことも話したこともないたった1人の「理解」を得るために、戦っているとしても、そして、それが、私が死んでしまってから、「理解」されたことだとしても。
それでも、きっと私の魂は、その1人のおかげで「報われる」だろう。
そしてまた、私一人がどうあがこうと、潮は、かわらず、満ちては引いていくのである。
この無力さが、なんとも言えず、美しい、海の前の暮らしなのである。
やっぱり、海が好き。何より一番、大好き。
☆ インサイド・腰〜腹。まだまだ吹き荒れる強風。
2006年06月14日
過労

☆突然ですが、クタ・ロンボク一番のリゾートホテル「ノボテル」の外観。全てがなんとな〜くかわいい。
自分で言うのもなんだけど、私は、かなり働き者である。
沖縄でガラス吹いてた時も、ものすご〜く働いたし、その前の雇われ身分の時も、朝から晩まで、よく働いた。
仕事は、40回以上かわったけれど、ものすご〜く働き者だったから、いつも、いつも「おしまれて??」いた。(多分)
で、ロンボクで悠々自適にサーフィン三昧の生活〜のはずだったのだけれど、ふたを開けてみたら、かなりいそがしくて、肉体的にも精神的にも、格闘の日々。
ん〜。こんなはずじゃなかったんだけどな〜。
で、ガイドとかホテルの手配を始めて、ローカルと仕事をしていけるようになったのはいいけど、手間ひまの割に儲けが少ない・・・というか、通信費とか考えたら、利益はほとんどない。
は〜。こりゃ、ホントに、慈善事業だな〜と苦笑する。
ロンボクくんだりまできて、な〜んで、こんなに働らいてんのかな〜と苦笑する。
でも、ぼんやりと目覚めた瞬間、目の前に広がる朝焼けや、ゆっくりと沈んでいく夕日、いつもいかなる時も、目の前に広がるこのグルプックの最高に優しい風景を見るたびに、「ここに安全に楽しく暮らすために、これだけの労力は必要なものなんだよな〜」と自分に言い聞かせるのであった。
そして、この3方海に囲まれた、グルプックの我が家に暮らせることを何より幸せと思い、がんばって、戦っていくことを誓ったりするのである。
いずこにいても、それなりの代償というものはあり、そして、働かざる者食うべからずなのである。
明日もがんばろ〜。
PS 住めば住むほどに、過去の「さまざまなお話」が、耳に入ってくる。いったい何人〜何百人の外人がだまされ、全てを失い、ここを去っていったことか。そして、ここに生き延びていくことが、どれだけタフなことかを日々、思い知らされる。それでも、今のとこ、ここでしか「生きて」いくことのできない私は、ここで「生き延びていく術」を学んでいくしかないのである。
☆インサイド・肩〜頭。
2006年06月13日
サイズアップ
☆突然ですが、ロンボク空港の写真です。このまぁるい屋根は、ロンボク・スタイル。うちのバンガローもこの形です。
昨日から、突然サイズがあがって、今日もインサイドで、頭半〜。
うぉっしゃ〜って感じで、気分は、もりあがってみたけど、なかなか混んでる。
梅雨時の日本脱出組と、今が冬のオージー組がかなり。
今日は、スーパー朝いち狙ったけど、6時半くらいから、続々とあらわれ、8時前には、インサイドで、10隻。かなりの混雑である。
で、ずっとトラブル続きでろくにサーフィンできなかった私は、またまたスランプだし。あんなに楽しみにしてた頭オーバーの波にもすっかりびびりまくり。
ついでに混雑で全然行けてない・・・。とほほ〜。
あ〜あ。がらがらの海で、乗り放題・・・なんてのは、いまや世界中探しても不可能な夢なんだろうか〜???
先日、スンバワにガイドで行った友達の話では、グルプックが膝波の時、頭オーバーでがらがらだったらしい。
ん〜。こりゃ、やっぱ、はやくボートでスンバワ行きたいものだ。
アウトリガーをお願いしている、ラジャーおじさん。初日は、はりきって仕事してくれたんだけど、ここ2日、姿が見えない。
おいおい、どこに行っちゃったんだよ〜。
PS そうそう、ワールドカップ、日本、オーストラリアに負けちゃったらしいですね。ゆうべ、スディー君の家では、グルプック・ローカルが40人も集まって、みんなでサッカー観戦。みんな日本を応援してくれたんだって〜。親日家ぞろいのグルプックです。
PS2 昨日、車使ってて、クタに出れず、今日、時間をぬって、クタに出たのに、強風で、電話が不通。ネット接続できませんでした。とほほ〜。
カメポイント・セットで頭。インサイド・頭半〜。グロメッツ・リザルがインサイドでスーパー長いバレル入ってました。あんなバレル (チューブ) インサイドで初めて見た〜。
2006年06月11日
魔のレンバー港

☆ 先日バリに行った時、真夜中にレンバー港の入り口で撮った写真。ここから、車でフェリーに乗り入れる。ちなみにこのバリ〜ロンボク間のフェリーは、24時間運行。だいたい1時間半毎くらいに運行。どうも夜中の便が空いてて楽みたいでおすすめ〜です。って私は夜中の便しか乗ったことないけど。昼間は結構、混んでるみたい。
昨日、うちのスタッフがロングボーダーのお客様をレンバー港にピックアップに行った。
私も2回、フェリーを使って、バリ往復したことあるけれど。いずれも車でだったので、まぁ、これといって問題もなかった。
が、聞くところによると、バリのプラマ社などを利用して、バスで体だけ?? ロンボクにフェリーで渡ると、接岸したとたん、かなりたいへんなことになるらしい。
たくさんの人が寄ってたかって、勝手に荷物を持ち出し、ポーター料を請求したり、トランスポートを勝手に手配したりしだすらしい。
以前海の上で仲良くなった日本人は、この「荷物争奪戦」で、とてもとても悲しい思いをしたらしい。
ちなみに、こういったバスでのバリ・クタからロンボク・レンバーまでの料金は、2000円弱らしい。飛行機代の半分以下ではある。で、所要時間は、4〜6時間。なんとこれは、フェリーの機種?? によるらしく、私のお客さんが乗ったフェリーは、最高に遅くて、6時間かかったらしい。でバリを朝9時に出たのに、10時出発のフェリーに抜かされて、そのフェリーの1時間半後に到着。かわいそ〜。(待機していたガイドもかわいそ〜)。
そういえば、以前、ギリ島に渡ろうとした時も、「手荷物争奪戦」はものすごかった。ついでに私の友人は、長ズボン?? をはいていたので、勝手にだっこされて、舟に乗せられ、膨大な金額を請求されていた。
(私は、ボードショーツだったので、ひざまで水につかって、自分で舟に乗った)
で、こういった修羅場は、ゲストだけじゃなくって、ローカルに対してもかなりひどいことを今日知った。
うちのガイドが、「レンバーピックアップは、空港ピックアップの10回分くらいのエネルギーがいるよ〜」と嘆いていた意味がよくわかった。
以前は、空港でも、勝手に荷物持ったり、勝手にタクシーを手配して、手数料を取る人たちがわんさかいた。
でも、先日、バリから到着した際には、誰もかけよってこなかったし、到着ゲートにある、タクシー手配所は、ちゃんと正規の料金だった。
すばらしい〜とひとり、感動していた。(って、これが普通じゃなくっちゃ〜でもあるんだけどね。)
が、レンバー港は、まだまだらしい。
うちのローカル・ガイドも、港にたむろしているトランスポートにつかまって、なんだかんだと、賄賂を請求されたらしい。
「ここは、うちらのなわばりなんだよ〜。クタ・グルプックから送迎にくるにゃ〜ちょっとばかり払ってもらわないことにはね〜。」なんて感じらしい。
やれやれ。いずこの世界も「やくざ」な人たちは、存在するんですよね〜。
みなさ〜ん。フェリーをご利用の際には、くれぐれもお気をつけて〜。
って、これって、ロンボクの観光イメージ台無しだよな〜。
改善するよう、私たちも努力していくつもりで〜す。
PS で、後でお客さんに聞いたら、うちのガイドが持ってた札で、勝手にゲストの名前を覚えたらしい怪しい人物??が、「Sさ〜んですね〜」とかいって、ゲストのサーフボードを運びだしたらしい。ゲストは、すかさず、「エージェントどこ??」「名前は??」とつきつめたら、そそくさと逃げていったらしい〜。
恐るべきレンバー港である。
☆インサイド・肩〜
2006年06月11日
すでに昨日のことだけど〜

☆ ロンボク北部にあるギリ島の人気のバンガロー「Villa Ombak」の宣伝用??のミニチュアバンガロー。超かわいい。こんな感じで、「Lakuen」内に、マッサージ & Daytime Stay 用のバンガローを建てようかな〜と思ってます。
(これは、昨日書いたブログです。)
ロンボクにしては、めずらしくスムーズに予定通りに「送迎用」バンを手に入れることができた。すばらしい。
が、かわいそうな私は、またまた、クタに出てきて、タストラの電話回線を借りながら、せっせと、マックに向かっている次第。
バリでハードディスクの交換をした、私のマックは、プリンターのデータも消えちゃっていた。
で、いろいろ探したけど、インストール用のディスクが見つからない。
仕方ないから、さっき、日本のキャノンのサイトで、50分もかけて、インストールした。
で、自宅に戻って、プリントしようとしたけど、どうも、つながらない。
今回もいろいろお世話になった、バリ在住の日本人のマック専門家、S氏に泣く泣く電話をすると、どうも、同じ型番でも、日本製とインドネシア製では、システムが違うらしく、シンガポールのキャノンのサイトからダウンロードしないとだめなんじゃないかな〜とのこと。
明日のお客さん用の資料とか、いろいろプリントしないといけないものが山ほどある。こりゃ、どうしてもプリンターが必要なのである。
仕方ないから、またまた、クタに出て、ダウンロード開始。
50分たって、やっと終わった〜って思って結果をみたら、「マウントに失敗しました」とか書かれている。なんじゃこりゃ〜??
泣きそうになりながらも、仕方ないから、また、ダウンロード開始。
2度目もだめだったら、とりあえずはタストラのプリンターで急ぎ分だけ、プリントアウトするつもりだけれど。それにしても、自宅でのプリントは、必須。
はぁ〜。一難去って、また一難な今日この頃。
海の前の、サーフィン三昧の生活は、一体どこに行ってしまったのだろう〜???
それにしても、このマックのお助けマン?? S氏の知識というか技術は、すばらしい〜。電話でも、すらすらすら〜っと指示してくれる。
通常は、1時間いくら〜のお助け料なのだけれど、電話だと、無料奉仕である。いつもいつも、電話でお世話になって申し訳ないと恐縮している。
サイトも一部、アクセスデーターが消えてしまったので、サイトの更新もちょっとおあずけ。やれやれ〜。
PS 結局、2度目も50分のインストール直後、マウントに失敗しました〜だって。ど〜なってるの?? タストラのプリンター借りてとりあえずプリント。泣く泣く午後9時、おうちに帰ったのでした〜。「かしあ〜ん(かわいそ〜)」
インサイド・胸〜。まだまだ続く強風。一体いつまで〜???
2006年06月10日
車も買ったよ〜
バリでは、いろいろあって、散財続き。
散財ついでに、車まで、買っちゃった。
何事も、思い立ったら吉日が「Lakuen」式。
実は、バリに行って、自分の車が壊れちゃったので、友人の旅行会社のバンを借りた。で、前から、こ〜んな大きな車があったら、空港送迎とかにいいよな〜と思っていたのだけれど。
なんと、一番普及しているKijang という車より、こういうバンの方がず〜っと安いということをはじめて知った。
車の修理に、まだ10日くらいかかりそうだし。
今月、ゲストいっぱい入ってるし。
え〜い、バン、買っちゃえ〜なのである。
さっそく、うちのスタッフが、ツアー会社にいろいろ問い合わせ、売り出し中の車を数台、見つけ出した。
で、昨日、みんなで、現金持って、車を買いにマタラムへ〜。
で、まあまあ、程度の良さそうな92年式三菱のバン9人乗りを約60万円くらいで購入。まだ、ローンが残っていて、車検証のようなものが、そのローン会社にある・・・ってことで、手付金だけ払って商談設立。
車はそのまま、一緒に行ってくれたエンジニアが運転して整備工場に直行。ちょっとした不具合なんかを直して、今日、納車予定。
ついでに、車検証のようなものも、今日配達、引き換えに全額支払い予定。
で、今、みんなでタストラ・ホテルで、車の納車と、車検証を待っているのである。
さっそく、明日、4名様、ロングボーダーのお客様をデンバー港にピックアップ。良かった、ぎりぎり間に合った。
ひろびろ、ゆったり、バンで、サーフボードも車の中〜。
快適な「Lakuen」の送迎サービス〜なのである。
インサイド・膝〜。ここ5日くらい、朝から晩まで強風です・・・。サイズアップは、月曜の予定。
散財ついでに、車まで、買っちゃった。
何事も、思い立ったら吉日が「Lakuen」式。
実は、バリに行って、自分の車が壊れちゃったので、友人の旅行会社のバンを借りた。で、前から、こ〜んな大きな車があったら、空港送迎とかにいいよな〜と思っていたのだけれど。
なんと、一番普及しているKijang という車より、こういうバンの方がず〜っと安いということをはじめて知った。
車の修理に、まだ10日くらいかかりそうだし。
今月、ゲストいっぱい入ってるし。
え〜い、バン、買っちゃえ〜なのである。
さっそく、うちのスタッフが、ツアー会社にいろいろ問い合わせ、売り出し中の車を数台、見つけ出した。
で、昨日、みんなで、現金持って、車を買いにマタラムへ〜。
で、まあまあ、程度の良さそうな92年式三菱のバン9人乗りを約60万円くらいで購入。まだ、ローンが残っていて、車検証のようなものが、そのローン会社にある・・・ってことで、手付金だけ払って商談設立。
車はそのまま、一緒に行ってくれたエンジニアが運転して整備工場に直行。ちょっとした不具合なんかを直して、今日、納車予定。
ついでに、車検証のようなものも、今日配達、引き換えに全額支払い予定。
で、今、みんなでタストラ・ホテルで、車の納車と、車検証を待っているのである。
さっそく、明日、4名様、ロングボーダーのお客様をデンバー港にピックアップ。良かった、ぎりぎり間に合った。
ひろびろ、ゆったり、バンで、サーフボードも車の中〜。
快適な「Lakuen」の送迎サービス〜なのである。
インサイド・膝〜。ここ5日くらい、朝から晩まで強風です・・・。サイズアップは、月曜の予定。
Posted by Ruri at
13:00
│ゲストハウスの進行状況
2006年06月07日
飛行機乗り遅れ!!
今頃は、愛するロンボクの地を我が家に向かって、走っているはずだった。
が、私は、バリの国内線空港内のカフェに座って、これを書いている。
自分のおおばかさかげんに、自分でも、あきれかえって、しばらくの間、呆然としてしまった。
朝7時のフライトに、7時に空港についた私。
チェックイン・カウンターにいくと、「Close」と札が立っている。
「なんで、Close なの。何時に開くの??」とその時点で、まだ、な〜んにも気づいていない私。
奥から出てきた係りの人が、「もう、チェックインは、終わって、飛んじゃったよ。外の事務所で問い合わせて。」
「???」
その時点で、ことの重大さに気づいた。
あわてて、外に出たけど、オフィスが見つからない。
フライト状況のモニターを見ると、私のフライトは、ボーディング中。まだ、飛んではいない。
間に合うかもしれない!!!
またまた、空港内に入り、税関のとこまで一気に走り、「なんとか、この飛行機に乗りたい」と、ごねてみたけど、だめだった。
愕然とした。
はぁ〜。
今回のバリは、災難続き。
1泊の予定で、みんなで来たのは良かったのだけど、バリ到着直後、友人が事故にまきこまれて、その手続きとかで、今日まで足止め。
みんな無事だったのは、何よりだけれど。私の車がダメージを受け、その修理代とか、その他手続きで、膨大な出費になってしまった。
で、やっと片付いて、昨日の夕方の便で帰ろうと思ったけど、すでに満席。今日の朝一で帰るはずが、思いっきり時間間違えて、乗り過ごし。
同じGT エアーの3時半の便だったら、そのまま、同じチケットで、乗せてあげるよ〜と言われたけど。このバリでの1週間の出来事で、心身ともに疲労していた私には、午後まで待つ気力は残っていない。
泣く泣く、そのチケットは、捨てて、メルパティーの10時半のチケットを取った。
飛行機のチェックインの時間を間違えたのは、実はこれで2回目。
1度目は、オーストラリアを引き払って、バリに引っ越しした時。
2時間前までにチェックイン〜を何を勘違いしたか、2時間前からチェックイン〜と思っていた。
で、さらにその2時間くらい前に空港についていたのだけれど、メールを書いたりして、時間をつぶし、2時間前にカウンターに行ったら、がらがら〜。
お〜。珍しいこともあるもんだ〜なんて、へらへらしてたら、チェックイン終了間際だった。ついでに、膨大な荷物があり、積むスペースがあったからいいものの、オーバーチャージ8万円とか言われた。
聞いたら1キロ500円とかなんとかいうから、全部荷物広げて、日本食とか、書類とか、捨てた。あとで、かなり重要書類も捨ててしまったことに気づいたけど。おかげで、5万円くらいまで落ちはした。
全く。自分であきれる。旅慣れてるはずなんだけど、どうもこの飛行機の時間の計算が苦手。って、これじゃ、旅慣れてる〜なんて言えないよな〜。
やれやれ〜。みなさん、フライト時刻は、お間違えなく・・・ってこんなの私だけ?? だろうな〜。
が、私は、バリの国内線空港内のカフェに座って、これを書いている。
自分のおおばかさかげんに、自分でも、あきれかえって、しばらくの間、呆然としてしまった。
朝7時のフライトに、7時に空港についた私。
チェックイン・カウンターにいくと、「Close」と札が立っている。
「なんで、Close なの。何時に開くの??」とその時点で、まだ、な〜んにも気づいていない私。
奥から出てきた係りの人が、「もう、チェックインは、終わって、飛んじゃったよ。外の事務所で問い合わせて。」
「???」
その時点で、ことの重大さに気づいた。
あわてて、外に出たけど、オフィスが見つからない。
フライト状況のモニターを見ると、私のフライトは、ボーディング中。まだ、飛んではいない。
間に合うかもしれない!!!
またまた、空港内に入り、税関のとこまで一気に走り、「なんとか、この飛行機に乗りたい」と、ごねてみたけど、だめだった。
愕然とした。
はぁ〜。
今回のバリは、災難続き。
1泊の予定で、みんなで来たのは良かったのだけど、バリ到着直後、友人が事故にまきこまれて、その手続きとかで、今日まで足止め。
みんな無事だったのは、何よりだけれど。私の車がダメージを受け、その修理代とか、その他手続きで、膨大な出費になってしまった。
で、やっと片付いて、昨日の夕方の便で帰ろうと思ったけど、すでに満席。今日の朝一で帰るはずが、思いっきり時間間違えて、乗り過ごし。
同じGT エアーの3時半の便だったら、そのまま、同じチケットで、乗せてあげるよ〜と言われたけど。このバリでの1週間の出来事で、心身ともに疲労していた私には、午後まで待つ気力は残っていない。
泣く泣く、そのチケットは、捨てて、メルパティーの10時半のチケットを取った。
飛行機のチェックインの時間を間違えたのは、実はこれで2回目。
1度目は、オーストラリアを引き払って、バリに引っ越しした時。
2時間前までにチェックイン〜を何を勘違いしたか、2時間前からチェックイン〜と思っていた。
で、さらにその2時間くらい前に空港についていたのだけれど、メールを書いたりして、時間をつぶし、2時間前にカウンターに行ったら、がらがら〜。
お〜。珍しいこともあるもんだ〜なんて、へらへらしてたら、チェックイン終了間際だった。ついでに、膨大な荷物があり、積むスペースがあったからいいものの、オーバーチャージ8万円とか言われた。
聞いたら1キロ500円とかなんとかいうから、全部荷物広げて、日本食とか、書類とか、捨てた。あとで、かなり重要書類も捨ててしまったことに気づいたけど。おかげで、5万円くらいまで落ちはした。
全く。自分であきれる。旅慣れてるはずなんだけど、どうもこの飛行機の時間の計算が苦手。って、これじゃ、旅慣れてる〜なんて言えないよな〜。
やれやれ〜。みなさん、フライト時刻は、お間違えなく・・・ってこんなの私だけ?? だろうな〜。
2006年06月06日
泡盛発見!!
不測のバリ滞在1週間。
3日目くらいから、どうものどの調子が悪い。
いがらっぽくて、咳が出る。
風邪かな〜と思って、日本食専門店の「パパイヤ」で、「ルル」を買って飲む。
ついでに、日本の「胃腸薬」なんかも買った。
いゃ〜、この「パパイヤ」。私がロンボクに引っ越しした直後にオープンしたのだけれど。すごい。中は、ほとんど日本のスーパー。しかもかなりでかい。
さんまとか、納豆とか、あげくに「沖縄産味付けもずく」まで売ってる。
グルプックの田舎から出てきた私には、そうとうに目の毒??だった。
で、な、なんと!!!!! 驚くことに、「くら」まで、あるじゃないですか???
愛すべき沖縄・名護の泡盛である。
これには、ホントにびっくりした。
びっくりついでに、買ってしまった。値段は、日本円で3200円強。もとの値段がいくらか忘れてしまったけれど。こりゃ〜買わないわけにはいかないでしょ〜。やっぱ。
以前、オーストラリアに沖縄の友達が来たときに、買ってきてくれた久米仙の古酒を後生大事にロンボクまで持ってきた。
ちびりちびりと飲みながら、まだ、ちょっとだけ残ってはいるけど、残りわずか。
いゃ〜まさか、泡盛をインドネシアで買えるとは。
ついでに、更なるおどろきは、私がオーストラリアで愛飲?? していた「カールトン・コールド」というビールを、「バリデリ」で発見。
この瓶は透明で、私がオーストラリアでガラスを吹いていた頃、このボトルをメインに使っていたので、ロンボクでもこのビールを輸入できないものかと、ビール会社に問い合わせていたとこだった。
2ヶ月後くらいに届いたお返事には、残念ながらこの銘柄は、まだ、輸出していないけど、インドネシアの代理店があるから、そこに問い合わせてみて〜とあった。
おいおい。既にバリデリにあるじゃ〜ないですか〜。
これについては、後日、バリデリに問い合わせてみることにした。
それにしても〜。10ヶ月ぶりのバリは、驚くべき勢いで変貌を続けていた。
そして、空気は、ますます悪化し、私ののども悪化し続けた。
やっぱり、ロンボクがいいよ〜。
3日目くらいから、どうものどの調子が悪い。
いがらっぽくて、咳が出る。
風邪かな〜と思って、日本食専門店の「パパイヤ」で、「ルル」を買って飲む。
ついでに、日本の「胃腸薬」なんかも買った。
いゃ〜、この「パパイヤ」。私がロンボクに引っ越しした直後にオープンしたのだけれど。すごい。中は、ほとんど日本のスーパー。しかもかなりでかい。
さんまとか、納豆とか、あげくに「沖縄産味付けもずく」まで売ってる。
グルプックの田舎から出てきた私には、そうとうに目の毒??だった。
で、な、なんと!!!!! 驚くことに、「くら」まで、あるじゃないですか???
愛すべき沖縄・名護の泡盛である。
これには、ホントにびっくりした。
びっくりついでに、買ってしまった。値段は、日本円で3200円強。もとの値段がいくらか忘れてしまったけれど。こりゃ〜買わないわけにはいかないでしょ〜。やっぱ。
以前、オーストラリアに沖縄の友達が来たときに、買ってきてくれた久米仙の古酒を後生大事にロンボクまで持ってきた。
ちびりちびりと飲みながら、まだ、ちょっとだけ残ってはいるけど、残りわずか。
いゃ〜まさか、泡盛をインドネシアで買えるとは。
ついでに、更なるおどろきは、私がオーストラリアで愛飲?? していた「カールトン・コールド」というビールを、「バリデリ」で発見。
この瓶は透明で、私がオーストラリアでガラスを吹いていた頃、このボトルをメインに使っていたので、ロンボクでもこのビールを輸入できないものかと、ビール会社に問い合わせていたとこだった。
2ヶ月後くらいに届いたお返事には、残念ながらこの銘柄は、まだ、輸出していないけど、インドネシアの代理店があるから、そこに問い合わせてみて〜とあった。
おいおい。既にバリデリにあるじゃ〜ないですか〜。
これについては、後日、バリデリに問い合わせてみることにした。
それにしても〜。10ヶ月ぶりのバリは、驚くべき勢いで変貌を続けていた。
そして、空気は、ますます悪化し、私ののども悪化し続けた。
やっぱり、ロンボクがいいよ〜。
2006年06月04日
いまだ、バリ

☆ 先日行った、エカス湾の宿のベランダからの景色。すばらしい〜。
いろいろあって、1泊の予定が、私は月曜まで、バリに居残り。
一緒にバリにきた、グルプックの友達は、昨日の夕方、ロンボクに帰っていった。私も、一緒に帰りたかったし、グルプックが恋しくて仕方ない。
ポッキーのこともある。え〜ん。はやく、帰りたいよ〜。
ロンボクに越してから、10ヶ月ぶりのバリ。滞在してるのは、以前住んでいた同じバンガロー。このあたりの地理は慣れているし、何かと便利なダブル・シックス通りにあるこじんまりとした宿。
忙しい日程の中、バリに住んでいた頃の友人をみんなで訪ねた。
サーフ・スクールを一緒に起こしたビジネスパートナーでもあるマデ・カシム氏とも10ヶ月ぶりの再会。
バリ・ヒンズーのプリストになった彼は、今は、寺院通いでかなり忙しいようだ。また、彼が長年とりしきっている、「アロハ・ガルーダ・カップ」の開催も2週間後にせまっている。そんな中、私たちグルプックからのサーファー一行を手厚く歓迎してくれた。
去年のアロハ・カップでは、カシム氏の全面的な協力で、私のスリランカの友人2名がコンテストに参加。
かのウルワツで、「インドネシア・スリランカ・日本」の夢の競演??が実現。
スリランカのナンバーワン、ナンバーツーの Sana, Madhura とも、初戦落ちだったが、それでも、海外のコンテストに参加できたことは、きっと彼らにとって、貴重な体験になったことだろう。
また、津波のチャリティー用にこのアロハ・カップに合わせてつくったTシャツのデザインなどを担当してくれた DaHui のデザイナー・チームとも久々の再会。
ステッカーなどをグルプック・サーファーにたくさんプレゼントしてくれた。
以前、スリランカの友人達とも仲良くなったバリのローカル・サーファー達である。
いつか、スリランカやバリのサーファーの友人が、グルプックに遊びにきてくれて、みんなで、スンバワなんかに、ボートトリップに行けたら楽しいだろうな〜とぼんやりと思ったりした。
念願の船は、すでにグルプック湾に到着しているという。
え〜ん。はやく、帰りたいよ〜。
2006年06月02日
マックが死んだ〜

☆私の大好きなバリの「Bali Deli」ここは、まるで、ヨーロッパ〜。携帯で撮った写真をBluetooth でマックに送り、エアーマックを使って、インターネット接続。すべてワイアレスでカフェラテなんかを飲みながら、こうして自分のマックでネット接続できるこの環境。へたしたら、オーストラリアなんかよりず〜っと進んでます。
5月29日夜、たまったメールのお返事を書いていたら、またまた、マックが固まっちゃったので、そのまま、電源を切った。
その日は、すでに5回くらい固まっていたので、翌朝に持ち越すことにした。
で、翌日。
電源は入るけど、ログイン手前で、画面が消えちゃう。とうとう、恐れていたことが??現実になってしまった。
マックが死んじゃったよ〜。
現在、メールのみでお客さんとコンタクトをとっている「Lakuen」としては、マック無しでは、かなりやばい。とりあえず、緊急を要するお返事等がなかったのは、救いだが、毎日新規の問い合わせが入ってきたりしている。メールが使えないのは、ものすご〜くやばい。
ついでに、膨大なデータが詰まった私のマック。特にホームページやメールアドレスのデータなんかが、消えちゃったら、泣くに泣けない。
バリでは、マックユーザーがかなりいて、デザイナーなどの私の友人もみんなマック。また、マック専門店もある。でも、ロンボクではまだ、マック使ってる人見たことない。こりゃ、バリに行くしかないとみた。
ついでに、KITAS というインドネシアの居住権とかの申請のために、期限が1年を切ってしまったパスポートの更新もしなくちゃいけない。
これも、最寄りはバリの日本領事館。
さらに、友人のオフィスに預けておいた、オーストラリアから送った、ガラス工房用の道具一式が5箱くらいまだバリにある。
次のお客さんの予定も1週間後。
おっしゃ、みんなで、バリに行くぜ〜ってことで、夜には、「Lakuen」有志4名と一緒にグルプックを車で出発したのだった〜。
この私を含む「グルプック人」のバリ道中。私の人生においても、かなり大きな衝撃的な事件が起こった。そしてそれは、同行した4人のグルプック・ローカルにとっても、一生忘れられない出来事だろう。
それについては、また、おりをみて。
結局、私のマックは、ハードディスクを交換。マック・ショップのスタッフの努力で、iMovie 以外のデータは、全て取り戻すことができた。
しかし、設定なんかが、み〜んなかわってしまったので、それを修復し、慣れるまでには、まだちょっと時間がかかりそう。
ついでに、バックアップ用のMac mini の中古もゲット。
これで、今後は、業務に支障なく、やっていけると思います。
お問い合わせ等のお返事遅くなってすみませんでした〜。





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