2006年04月29日
文字通りブログ
今日は、ホントに、文字通り、今日あったことをウェッブ上にログする、ブログ。
昨日、午後11時過ぎにマタラムから帰ってきて、その後延々と、メールのお返事やら、これから迎え入れるゲストへのさまざまな書類をつくったりで、寝たのは午前3時。で、5時起きで、今日のAM9時チェックアウトのゲストと、スーパー朝一、2時間サーフィン。
ここに住み始めてから、こんなに早い時間にサーフィン行ったのは、初めて。日の出前に入水。久々の海の上での日の出だった。
いゃ〜スーパーウルトラ、気持ち良かった。
入ってから30分は、この北海道からのゲストKさんと、うちのキャプテンマットの3人きり。ひきいっぱいで、ちょっとクローズぎみではあったけど。
面つるの上、朝日を浴びて、きらきらと輝くフェース。
いゃ〜。生きてて良かった〜って感じ。これで、これからの魔の??GWも乗り切れそう??
このKさん、仕事の都合で、パートナーさんを北海道に置いての、初の海外一人旅。でも、一人でバイクでプラヤまで行っちゃったりして、かなり楽しんでいた様子。その日一日のお話を聞いてる私の方が、どきどきしちゃうくらい、いろんな体験??
彼の舟の船外機が壊れて、動かなくなっちゃって、別の舟に牽引してもらって、インサイドから30分かけて(約倍の時間)、帰ってきた〜なんて、舟を斡旋した側としては、申し訳ないような話も〜。
でも、「大丈夫よ〜」と笑ってくれて、文句ひとつ言わずに、ロンボク・スタイルを楽しんでくれて、ホントに嬉しかった。ありがと〜。
それにしても、日本人増えました〜。朝6時30分くらいから、ゾクゾクと舟が来出して、午前8時には海の上は、大渋滞?? インサイドで9隻くらい。
でも、まぁ、今日は、頭〜頭半くらいまで、サイズあがって、それなりにいい感じ。(予報では今日がピーク。明日からまた下がっちゃうみたい〜)
海の中で逢う日本人や、それ以外でも、「ホームページやブログ見ました〜」と、声をかけてもらえることがものすごく増えました。
多分、知らずに私をみたら、「なんだ〜この人。異常に黒いし、日本語もなんだかへんだし、かなり怪しい人〜??」って感じかもしれない・・・と思うと、ブログ効果に感謝したりしてます。「ケッシテ アヤシイモノデハ アリマセン!!」
多分、混雑のピークは4、5日と思われま〜す。もう、ただただ、サイズが上がってくれるのを祈るばかり。
で、今日も一日、部屋で事務処理とか、お客さんとの打ち合わせとか。ついでに、やっかいな「問題」も多発。テンション、高いです。
マネージャーのカリアディに2時間しか寝てないよ〜って言ったら、「女性にはよろしくないよ!!」とか、言ってくれて、そういう発言ってなんだか、嬉しかったりしました。インドネシア人的、発想のような〜。
ホント、お肌によろしくない。
で、チェックに行けなかった我が家の方は、電話回線テストもオッケーだったみたい。明日は、客待ちの間、マックとファックスを担いで行って、再度、回線の性能チェック。
電話線が来てないグルプック。引くにも遠すぎると言われた我が家。プラヤから電波飛ばして受信することになったんですよ〜。とっても、ハイテク???
さてさて、完成まであと1日。どうなっていることやら〜。
昨日、午後11時過ぎにマタラムから帰ってきて、その後延々と、メールのお返事やら、これから迎え入れるゲストへのさまざまな書類をつくったりで、寝たのは午前3時。で、5時起きで、今日のAM9時チェックアウトのゲストと、スーパー朝一、2時間サーフィン。
ここに住み始めてから、こんなに早い時間にサーフィン行ったのは、初めて。日の出前に入水。久々の海の上での日の出だった。
いゃ〜スーパーウルトラ、気持ち良かった。
入ってから30分は、この北海道からのゲストKさんと、うちのキャプテンマットの3人きり。ひきいっぱいで、ちょっとクローズぎみではあったけど。
面つるの上、朝日を浴びて、きらきらと輝くフェース。
いゃ〜。生きてて良かった〜って感じ。これで、これからの魔の??GWも乗り切れそう??
このKさん、仕事の都合で、パートナーさんを北海道に置いての、初の海外一人旅。でも、一人でバイクでプラヤまで行っちゃったりして、かなり楽しんでいた様子。その日一日のお話を聞いてる私の方が、どきどきしちゃうくらい、いろんな体験??
彼の舟の船外機が壊れて、動かなくなっちゃって、別の舟に牽引してもらって、インサイドから30分かけて(約倍の時間)、帰ってきた〜なんて、舟を斡旋した側としては、申し訳ないような話も〜。
でも、「大丈夫よ〜」と笑ってくれて、文句ひとつ言わずに、ロンボク・スタイルを楽しんでくれて、ホントに嬉しかった。ありがと〜。
それにしても、日本人増えました〜。朝6時30分くらいから、ゾクゾクと舟が来出して、午前8時には海の上は、大渋滞?? インサイドで9隻くらい。
でも、まぁ、今日は、頭〜頭半くらいまで、サイズあがって、それなりにいい感じ。(予報では今日がピーク。明日からまた下がっちゃうみたい〜)
海の中で逢う日本人や、それ以外でも、「ホームページやブログ見ました〜」と、声をかけてもらえることがものすごく増えました。
多分、知らずに私をみたら、「なんだ〜この人。異常に黒いし、日本語もなんだかへんだし、かなり怪しい人〜??」って感じかもしれない・・・と思うと、ブログ効果に感謝したりしてます。「ケッシテ アヤシイモノデハ アリマセン!!」
多分、混雑のピークは4、5日と思われま〜す。もう、ただただ、サイズが上がってくれるのを祈るばかり。
で、今日も一日、部屋で事務処理とか、お客さんとの打ち合わせとか。ついでに、やっかいな「問題」も多発。テンション、高いです。
マネージャーのカリアディに2時間しか寝てないよ〜って言ったら、「女性にはよろしくないよ!!」とか、言ってくれて、そういう発言ってなんだか、嬉しかったりしました。インドネシア人的、発想のような〜。
ホント、お肌によろしくない。
で、チェックに行けなかった我が家の方は、電話回線テストもオッケーだったみたい。明日は、客待ちの間、マックとファックスを担いで行って、再度、回線の性能チェック。
電話線が来てないグルプック。引くにも遠すぎると言われた我が家。プラヤから電波飛ばして受信することになったんですよ〜。とっても、ハイテク???
さてさて、完成まであと1日。どうなっていることやら〜。
2006年04月29日
まるたば

☆写真中央3つ並んでいるのが、まるたば。中身は、餃子みたい〜。
今日は、朝からず〜っと、マタラムで、発電機、便器、ベッド、家電、並びに照明器具のお買い物。
でも、夕方には帰れるかな〜と思っていたら、やれやれ、11時過ぎちゃいました〜。
特に便器については、何度マタラムに通ったことやら〜。
詳細は、また、今度ゆっくり〜。
帰り道お腹がすいて、餃子みたいな、「まるたば」おやつにしようかと思ったら、3つある屋台、どこも在庫なし〜。しかも、待ってる人がいたので、今宵は、「まるたば」なしでした〜。
この屋台、夕方からオープンで、マタラムから、ちょっと南に向かったあたりと、プラヤという、クタから、北に30分くらい行った町に屋台があります。
(もちろん他にもあるんだろうけど。)
これ、なかなかいけますよ〜。
ホント、餃子みたいな感じ。
で、名前がまた、なんかちょっと日本語チックですよね〜。「まるたば」
ちなみに、1個1000ルピア。12円くらい??
で、突然話飛んで、
私がチェックしてる、波予報サイトでは、残念ながら、2日まで、波は下降ぎみ。
その後、上がってくれることを祈ってます。
明日は、というか、4時間後には、お客さんと、さよなら日の出サーフィンの予定〜。
今日から、ちょっとサイズあがったみたい。
もう、4日水につかってないよ〜。
I need water!!!
2006年04月28日
GW

☆ 自慢のバスルームの「波壁」(写真中央左青)見える〜?? 屋根の白いラインは沖縄風のつもりなんだけど。なんかちょっと違うみたい?? シーサー自分で作ってのせる予定。
みなさ〜ん、いよいよGWですね〜。
沖縄でガラス工房やっていた頃。
国道から4キロ、山道を登った山の頂上??が、うちの工房だった。
何しろ、我が家の隣は、4キロ下の部落。
その道は、うちのためのようなもの。
で、この道が渋滞しちゃったんだよな〜。GWになると。
これには、スタッフ一同、びっくりだった。
主は、もっとびっくりした。
一年で一番、稼ぎどきだったな〜。そういえば・・・。
沖縄で、観光業??に従事していたので、基本的に人が遊んでる時に働いて、人が働いてる時に、遊ぶことに慣れた。どちらかというと、そのパターンが好き。どこ行っても空いてるし・・・。
で、ロンボク住んで初めてのGW。しかも、サーフガイドなんかのサービスも始めた矢先。お〜。またまた、盆と正月が一緒になった感じ。
沖縄では、「あたしゃ、吹くのにいそがしくて手離せないから、好きなガラス選んで、欲しけりゃ、そこにお金おいてって〜」って、商売やってた。
でもな〜。これからは、ホントサービス業。ちゃんとできるかな〜??
がんばろ〜。
ところで、ネットでお申し込みいただいた、お客様にいきなり、「敷居テープ」買ってきて〜とかお願いして、買ってきてもらいました〜。
で、これ、建築用の我が家の窓の敷居に貼ってみた。
この窓。木製のものすごくおも〜い引き戸方式の窓。ふんばってもなかなか開かなくって、なんとか、スムーズに動くようにして〜と大工さんを困らせていたんだけど。
(下に小さな玉をかませてすべるようにとか、がんばっていたけど、いまいちだった。)
さっそくこの日本からの「敷居テープ」貼ってみたら、びっくり〜。
超スルスル〜。
驚き。こんなに効果あるなんて!!
もう、大工さん総出で、拍手喝采。「日本の技術は素晴らしい〜」と思わず私も、日本自慢。
完成まで、あと3日。私も午後から、ず〜っと現場で働いたよ〜。
2006年04月25日
減給30%!!

☆インドネシアは、配管や配線をみ〜んな壁とか床に埋め込んじゃうらしい。我が家の風呂場の迷路のような??配管。井戸水(海水)と水道水(真水)と二種類あるからよけいに複雑。でも、これ、み〜んなコンクリートに埋め込んじゃったら、なんかあっても、修理不可能じゃんね〜。なので、バンガローは、埋め込み式じゃなくしてもらいました。
昨年11月中旬着工の我が家の完成予定は、2月末だった。
それが、3月中旬になり、3月末になった。
3月末の時は、何が何でも、3月末完成だぞ〜と、そうとうにはっぱをかけて、みんな「できる、できる、大丈夫」と、口を揃えていた。
が、素人の私がみても、まず、無理そう。なのに、「大丈夫」といいきる、ロンボク人の恐ろしさ〜??? 実は、裏技があるのかと、ちょっと期待してたけど、やっぱね〜。そんなのある訳ないよね〜。
当時働いてる大工さん達は、6人くらい。このペースでは、どう考えても、さらに2ヶ月くらいはかかりそうだった。
頼むぜ〜。4月末には何が何でも完成してもらわないと、ホテル・タストラの滞在費も膨大だし、資金が足りなくなっちゃうぜ〜ってことで、いよいよジャパニーズ方式??を導入。
期日までに完成しない場合、設計士は、罰金10%(総工費の)。さらに1日遅れるごとに、1日約1.2万円くらいの遅延料の支払い。また、総監督でもあるマネージャーも減給30%!!の通達を2週間前に言い渡したのだった〜。
私の家だけじゃなく、水タンクやバンガローについても、それぞれ工期をもうけ、罰金制度にした。
日本人のボスは、怖いのだ!!
これは、結構効果あるみたい。日々ものすごい勢いで、工事が進んでいる。
人員も15人くらいに増えた。
(これについても、6人じゃ〜どう考えても終わんないでしょ。ここに何人、ここに何人〜と各部署??ごとに配属人員を指定して、総計このくらい入れてよ〜と細かく指示。そこまで言って、やっと状況を理解して、行動しだす〜って有様。ははは。←かなり自嘲気味の笑い??)
そんな訳で、晴れて4月末に無事、内装だけでも完成、引っ越し可能となったら、みんなでヤギをつぶして、完成祝いパーティーの予定〜。
(って、私は、ヤギ好きじゃないんだけど〜。そういえば、沖縄も新築祝いとかにヤギつぶしてたっけな〜。)
あと、5日。さてさて、どうなることやら〜。
Posted by Ruri at
17:43
│ゲストハウスの進行状況
2006年04月24日
アイル・グリンへの道のり

☆写真だと、な〜んてことなさそうなんだけど。思いっきりどろどろで、危なくはまりそうだった。
ゲストと一緒に朝一、クタから車で45分くらいの「マウイ」というポイントに行く予定だったのだけれど。
グルプックもなかなか良さそうだというので、またまた、グルプックにした。
でも、残念ながら、腰〜たまに胸。しかも、セットの間隔が超長い。
なんだかな〜って感じで、午後は、だらりと過ごした。
で、明日の下見??で、アイル・グリンというクタから車で20分くらいのとこに夕方行ってみた。
(マウイは、やっぱり、まだ道がやばそう〜というローカルの意見。)
このアイル・グリン。無難なのは、クタから舟で行くコース。
でも、オージーとかは、バイクで、通っているというので、車で行ってみた。
ここ数日雨も降ってないし、きっと大丈夫だろう〜と思ったけど甘かった。
まず、思いっきり底すりそうな、岩とか轍とか、超でこぼこの道。
で、あげくにどろどろの沼地が目前に出現。
まずは、車を降りてチェック。なんとか、行けそうじゃない〜ってことで、運転手一人で、思いっきり加速して突っ切った。でも、一難去ってまた一難。またまた、すごいドロドロ状態の道が目前に立ちはだかった。
それは、かなりやばかった。後ろから車みてたけど、思いっきりおしりふりながら、危なく隣のたんぼに落ちそうだった。
で、村人は、ぞろぞろ集まってくるし、みんな、口真っ赤にしてるし・・・。(今、名前ど忘れしちゃってるんだけど、ポリネシアとかでもある、木の実で噛みタバコみたいな感じで、くちゃくちゃやりながら、口が真っ赤になるやつ。)
思いっきり、ササック語(ロンボク語)で、インドネシア語でもないみたいだし。
超怖かった〜。
で、結局、ビーチまではたどりつけず、これ以上行くと、やばそうだし、日没も近いし〜と言う事でUターン。
幻のアイル・グリンとなりました〜。
そこまでの道のり・・・波ない時の、アトラクション、なんか必要だよね〜とか話していたけど。アイル・グリン探索!!とか、かなりスリリングで、いいアトラクションになりそう????
2006年04月23日
祝「Lakuen」稼働!!

☆うちの大工さんの道具。なたとのこぎりとかんなが素晴らしくてカメラを構えたら、わざわざのみとかなづちまで、揃えてくれました〜。とにかく、ロンボクは手仕事です。とことん手仕事です。まるのこ使えば5秒なのにな〜。
「Lakuen」のオープン予定は、7月だったけど、どう考えても、無理。で、一応、12月オープン予定に変更。(とはいっても、それもかなり怪しいのだけど〜)
でも、うちのスタッフも意欲満々なので、いよいよビジネス開始。
「Lakuen」のサイトを通してサーフガイドや空港送迎、タストラの予約代行受付け始めました〜。どうぞ、よろしく!!
さっそく昨日から、初のお客様、3名様・・・といっても、友達とその友達なんだけど。で、今日も1名様。はるばる札幌から2日かけての到着。でそのKさんもついた矢先から、1人じゃなんだから、み〜んなで食事でも〜となって、飲まないのに、他の酒飲みにつきあわされて延々ビンタン大瓶15本の大宴会。
昼間は昼間で、エド・カフェでローカル・スタッフ??総出の「Lakuen」初ゲストの大歓迎会!!
なんだか、ものすごい盛り上がり。
波は、インサイドで膝・腰だったんだけど、彼等は一日中、入っていたし。
明日は、今年初、マウイ・ポイントに挑戦。
華やかな、ビジネス開始となりました〜。
Posted by Ruri at
23:36
│ゲストハウスの進行状況
2006年04月22日
悲願のモスク完成

☆ 未完成のグルプックのモスク。もちろん、日々の礼拝にすでに利用しています。

☆ 第4期工事についてのミーティング。モスクは、村人の集会場でもある。
私が、初めてグルプックに来た去年の7月頃は、グルプック村??の入り口にゲートがあって、1000ルピアの通行料??を払う仕組みになっていた。
黒板になんか、理由が書いてあったような気もするけど、汚い字だったし??しっかりと読みはしなかった。
それ以前に、4年ぶりにバリでサーフィンに行ったら、全てのサーフポイントに、こ〜んなゲートが発生しており、どこも有料になっていて、うんざりしていた。
ちゃんとその部落の為に使われるのならいいけど、どうもマフィアが、勝手にゲートをつくって、小遣い稼ぎをしてるきらいがあった。
で、いつの間にか、そのグルプックのゲートは、なくなった。きっと、ツーリストに不評だったんだろう。
私も、その存在をすっかり忘れていた。
さて、グルプックでは、現在、モスク(イスラム教の礼拝堂)を建設中だ。
2004年に工事開始、現在50%が完成。かかった費用は、220,000,000ルピア。さらに完成までに必要と思われる費用は、280,000,000ルピア(日本円で約350万円くらい)と見積もられている。で、これらの費用は、村民同志が出し合ったり、その他寄付などでまかなわれている。
ローカルには、気が遠くなりそうな金額である
しかし、グルプック村民にとって、モスクの完成は、「マイ・ホーム」の完成のようなもの。莫大な金額がかかろうと、何年かかろうと、その日を待ちわびているのだ。
古代イスラム社会では、政府や政治家が存在しなかったらしい。が、そこに住む資産家が、知識と資金を出し合って、公共施設を整備していったという。個人的に、素晴らしいシステムだな〜と感心している。
だからという訳でもないけど、「Lakuen」としても、出来る範囲で、グルプックの環境の向上に努力している。
また、イスラムの教えの中に、「喜捨ーきしゃ」というのもある。
資産のある者が、貧しいものに施しを与えることにより、その人自身も、徳を得るといった教えである。
まぁ、その教えのせいで?? 「あなたは、私に恵んだことによって、徳を得られるのだから、私に感謝しなさ〜い」なんて、心理もなきにしもあらずとか??
まあ、とにかく。
以上のようなことを日本語・英語で説明したビラをつくり、グルプックでサーフィンするツーリストに配る事にした。
もし、あなたが、グルプックのローカルのお陰で、とても楽しい時間が過ごせ、そのお礼にほんの少しでも、何かできたらな〜と感じたなら、ぜひ、グルプックのモスクに寄付をお願いしま〜すといった主旨。
グルプックの村民にとって、ほんのわずかな金額でも、「モスクのために、寄付してくれた」というその気持ちがとてもとても、嬉しいものだと思う。
何しろ、モスクは、彼等の「マイ・ホーム」なのである。
これから、グルプックに来る予定の方〜。募金箱は、エドのカフェにあります。ぜひ、ご協力、お願いしま〜す。
ちなみに「グルプックのモスクに寄付したい」は、インドネシア語で、「サヤ マウ ムニュンバン ウントッ マスジッド グルプック」で〜す。
PS で、前出のゲートの費用は、実は、このモスクの費用に当てていたらしい。そんならそうと、もっと解りやすく説明すれば、みんなも協力しただろうにな〜。
2006年04月21日
恋わずらい

☆ いよいよ窓工事〜??あと一息〜。4月末完成まで、がんばってくれ〜。
私の好きな映画のひとつに、「ブリティーウーマン」がある。
なんで、好きかっていうと、その昔、沖縄で必死に英語の勉強をしていた時に、「クローズド・キャプション」とかなんとかいう機械をビデオに接続すると、英語の字幕が出てくるのがあって、その「おまけ」についてきたのが、この「ブリティーウーマン」だった。
で、英語字幕付きなので、ただの聞き取りより解りやすい。
何度も何度も、繰り返し見たので、当時は台詞のひとつひとつを覚えちゃうくらいの勢いだった。
好きな台詞の中では、ジュリア・ロバーツの提案した値段に、リチャード・ギアが合意し「Deal!!」と、答えるとこ。
日本語で言うと、「商談成立!!」って感じかな〜。
以来、何かと値段交渉の際、この「Deal!!」と言って、握手するのが、好きになった。(ちょっと映画の真似して!!)
この映画の中で、ジュリア・ロバーツに恋しちゃったビジネスマン、リチャード・ギア氏は、思いっきり恋わずらいにかかり、ミーティグ中も、ぼ〜っとしちゃったりするのである。
なんだか、そういうのって、すごくいい。
恋って、そういうものなのだ。鉄の心を持った人も、恋しちゃうと、ぼ〜っと、そのへんの野の花を眺めちゃったりしちゃうのだ。
で、私の場合、恋しちゃうと、そうとう「やばい」のである。
普段は、鉄の女??なんだけど、恋しちゃうと、すぐにメロメロになっちゃって、他のこと、な〜んにも手につかなくなっちゃって、もう、その人のことばっかり考えて、ぼ〜っとなっちゃうのだ。
ちょっと前も、スリランカの男の子を好きになって、そりゃ〜も〜ものすご〜く大変だった。
しかも、20歳くらい歳が違った。ちょっと間違えば、犯罪だぜ〜ってことで、かなり反省もした。
で、もう、人生において、満足するくらい、いっぱい恋したから、あと10年くらいは、恋なしで暮らそ〜と誓っていた。だって、恋すると、辛いでしょ〜何かと。恋してない時の方が、平和で、平穏な毎日を過ごせるような気がするんだよな〜。
なので、ここロンボクでは、かなり自粛している。
とうとう40のオオダイ??にも乗っちゃったし(おっとあと数ヶ月で41だぜ〜信じられな〜い)、これから当分ここに住んでく訳だし、たくさんのローカルを雇っていかなくちゃいけない訳だし、自覚と責任があるのだ〜と、せっせと自分に言い聞かせているし、自分で納得もしている。
インドネシア人は、どうも、はじめに、「自分は、あなたに興味があるから、おつきあいしませんか〜」と、切り出し、付き合い出すのが、主流らしい。
日本やオーストラリアの場合、なんとな〜く飲んだ勢いで〜みたいなのが多かったので、そんな風に、正式に??しらふで??海の上で??切り出されたりすると、かなり緊張する。
しかも、いい子だよな〜、かわいいよな〜、大好きだよな〜と思っていた20代のローカルに、そ〜んな風に、言われたら、鉄の女でも、やっぱね〜、かなりドキッとするものである。
やば〜。
2006年04月20日
海の上の社交場

☆4月15日セットで頭半。インサイド・ポイント。
私の大好きなグルプックインサイドは、とてもメローな優しい波。
このポイントが好きな人は、メローな人が多い。
そんなインサイドも、アグレッシブなサーファーで、せっかくのメローな雰囲気が台無しな時もままあるけど。
でも、時々は、ほんの数人でそれぞれに合った波を選びながら、みんなでゴーゴーなんて声を掛け合いながら、世界中からのツーリストと波をシェアできる素晴らしいポイントである。
今日も前半ちょっと混んでいたけれど、だんだん減って最後には、4人だけになった。そのうちの1人、ロングボーダーのオーストラリア人「シドニー」とおしゃべりが始まった。
(外人の名前ってなかなか覚えにくいけど、こ〜んな名前だと一発で覚えられて便利だな〜。ちなみに、彼はシドニー生まれだそうです。自分でも、この名前については、複雑な心境??と語っていたっけ。)
で、彼は、スンギギというロンボクで一番、観光で栄えている町に住んで3年という。なんとその前は、ハンガリーに3年住んで、ミニ・ラジオ局??をやっていたとか??
現在の仕事はライターで、「ロンボクタイムス」という、ロンボクで、唯一の英語のツーリスト向け月刊紙や「マジックウェーブ」という、バリのサーフィン新聞、その他オーストラリアの雑誌などに寄稿してるらしい。
「いゃぁ〜仕事柄、人にいろいろ聞くのが好きでね〜。で、あなたはなんで、ロンボクに住み始めたの??」と言うので、
「もちろん、波の良さ・サーフィンのためよ〜」と答えたら、えらくウケテくれた。
で、「シドニーさんは、なんで??」と、聞き返したら、
「もちろん、自分もサーフィンのせいさ!!」
ナンテスバラシイカイワジャナイデスカ〜
そんな訳で、なかなか盛り上がって、そのおじさんと2時間近くおしゃべりしながら、サーフィンを楽しんだ。
何やら、私のストーリーを「ロンボクタイムス」に書いてくれるという。
編集長と相談して、オッケーが出たら、改めて取材に来るよ〜、また逢えるの楽しみにしてるよ〜とはりきって??帰っていった。
最後に、「ユーアーベーリーチャンテック!!」と、3回くらい繰り返していた。
「はい、ありがとう〜」
どうも昔から、おじさんウケするんだよな〜私。
「ロンボクタイムス」は、私も大好きで・・・というか、ロンボクの情報が手に入る唯一の英語の新聞なので、機会がある度、手に入れて読んでいた。が、残念ながら、ここクタエリアでは入手が困難。不定期にしか手に入らなかったけど。どうやら、シドニーさんが、毎月送ってくれるとか??
現在は、英語だけのインフォメーションだけど、日本語翻訳必要だったら、お手伝いしますよ〜と私も協力体制!!
「Lakuen」の日本食レストランも完成したら、宣伝してくれるって。何しろ、ロンボク初の日本食レストランだもんね〜。がんばらないと〜。
いゃぁ〜私にとって、海の上は、いろんな人と知り合う、社交場なのだ〜。
PS そうそう、彼は、「日本語知って〜る!!」と言って、「ニニハオ」と言ってみせた。「おいおい、それは、中国語だぜ〜」すると今度は、「トヨタ・ホンダ・・・・」と言い出した。はいはい、確かにそれは、「日本語」です??
負けずに私も「オーストラリア語知ってる!!」「ゲダイッマイッ – Good day mate!!」これ、オージーにウケますよ〜。かなり鼻にかかって言うのがコツ。
2006年04月19日
便器の注文!!

☆突然ですが、インドネシアの便器は、こ〜んな感じ。ちなみにTOTO製。
私の沖縄の友人Tは、インドネシア好き。インドネシア語もかなりのもの。
2004年9月に、移住先探しの旅に出た当時、彼はバリに住んで、サーフキャンプをはっていた。
バリは、全く移住先候補には、あがっていなかったのだけれど、まぁ、久しぶりにTとバリで逢うのも楽しいはず〜ってな感じがことのはじまり。まさかのインドネシア移住になった。人生ってこういうとこが、面白いよね〜。
で、彼、沖縄の昔ながらの一軒家に住んでいた。
そこのぽっとんトイレにはるばるバリから担いでもって帰った便器を取り付け、愛用していた。
その話を聞いた私は、感嘆した。だって、この便器、でかいし重い。
で、彼は、現在別の一軒家に引っ越し、その家を改造中。
「またまた、インドネシアの便器が欲しいよ〜」とオーダーが来たのである。
このトイレ。日本の昔のしゃがみこみ式便器とかなり似ている。
で、日本人の心理としては、どうも、水がたまってる方が前のような気がするんじゃないかな〜少なくとも私は、そう思っていた。
が、こっちを前にすると、壁に頭がぶつかりそうになることがままある。
壁とのスペースがものすごく狭いのだ。
まあ、でも、インドネシア人は、小柄だから、平気なのかな〜??
インドネシアに住んで約1年。最近やっと、この水がたまってる方がおしり側だと知った。なるほど〜。
インドネシアのトイレは、壁に背中を向けて、入り口に向かって、しゃがむのでした〜。
このトイレ、ひしゃくで、水をかけて流す手動式。
水の節約にもなるし、なかなか慣れると便利である。
でも、やっぱり、私は、座るタイプが、楽で好きだけどね〜。
Tさんへ、「ホワイトベージュ」どれかわかんないよ〜。上の写真から好きなの選んでくださ〜い。
PS そういう私は、来週来るお客さんに、「ふすまテープ」お願いしちゃいました〜。
2006年04月18日
「会話」を楽しむ

☆ 我が家のベランダは、子供達の遊び場〜??
某社長が、「The Last Samurai」みて、泣いたよ。日本人は、「侍」の魂を忘れちゃぁ〜いけないよ・・・と、切に語っていたのを思い出し、10,000ルピア(約120円)で買い占めた??数あるDVD(コピー)の中から、「それ」を真っ先にみてみた。
その中で、渡辺謙(漢字当たってるか不明)が、トム・クルーズとの英語での会話をとてもとても楽しんでいることが、何度か表現されていた。
そして、彼が死んでいく際の最後の台詞も、「I miss a conversation with you.」(多分、そんな感じの台詞)だった。
なんだか、その言葉がやけに印象に残っている。
「会話を楽しむ」ってのは、ものすごく楽しい。
でも、なかなか、「会話」を楽しめる相手っていないような気がする。
もちろん、恋してる相手とかだと、どんなくだんない話ししても楽しいけど。
この際の「楽しむ」ってのは、お互いの知識や会話術のレベルを憶測しながら、双方の意識をより高度なレベルに持ち込んでいくといったような楽しみ。
私は、久しくこの楽しみを味わっていなかったと思う。
特にオーストラリアでは、ほとんど皆無だったと言える。
まぁ、私にそういう高度な会話を楽しむだけの英語力がなかったからとも言える。また、私が知り合ったオージーは、ほとんどがサーファーだったし、彼等は、往々にして、波のことと、ミートパイのことしか考えていなかった・・・んじゃないかな〜って気がする。(いい意味で・・・ね。)
で、私は、最近、この「会話」を結構、楽しんでるな〜と気付いた。
なかなか、頭の切れるローカルがいるのだ。
でも、「会話」といっても、お互い母国語ではない、英語がメインである。
プラス、私のほんのわずかなインドネシア語と、彼等のちょっとした日本語が全て。
それでも、かなり楽しめるのである。
かなり、奥深くまで、語り合えるのである。
多分、双方にとって、母国語ではないから、よけいに語りやすいのかもしれない。そして、アジア人は、基本的に、語り合うのが好きなんじゃないかな〜と思ったりした。
もちろん、オージーも、語り合うのは、かなり好きそうだけど、語り合う分野や方向性が、アジア人とちょっと違うような気がする。
もしくは、私にとって、アジア人の視点の方が、興味深いんだろうな〜。
まぁ、何にしても、こ〜んな田舎の小さな島で、同じレベルで白熱して、何かを語りあえる同志と出逢えて、私はかなり楽しめている。
こういうことは、めったにあることじゃない。世界中、旅していても・・・ね。
それが、ここに住んでる理由のひとつかもな〜。
2006年04月16日
EMパワー

☆やっとシーズン到来?? カメポイントセットで頭半。
「Lakuen」の懸案事項をリストアップしてみたら、30くらいあがってきた。
で、その中に、「浄化槽問題」「グルプック湾の海水の汚れ」「レストランの生ゴミの処理」などの懸案がある。それが、一気に解決しそう。
浄化槽は、ロンボク式??に3層の巨大なものを作製中。
でも、結局その浄化槽からは、そのまま地中に垂れ流し状態。
ある程度、濾過は、できたとしても、シャンプーなどの洗剤の成分は、そのまま地中に流されていくことを思うと何か対策を見つけなければ〜って感じだった。
で、その現在未完成の浄化槽をみながら、いつもいつも、ああ、ここに「何か」を入れれば、それが、この水を綺麗にしてくれるはずなんだけど。
何を入れればいいんだっけ〜と考えていた。
先日、ちょっと前から気になっていたEM(有用微生物群の英語名、Effective Microorganismsの頭文字から付けられた造語)について、インターネットで調べてみた。
うぉ〜って叫んじゃいそうだった。(実際叫んでいたかも〜)
これなのだ〜。これこそ、私が探し求めていたグルプックを救う魔法の液体なのだ〜って感じ。私は、ここ数日間、このEMで興奮しまくっている。
まず、このEM。素晴らしい点は、山ほどあるけど、なんといっても、沖縄生まれということ。さすが〜「うちな〜んちゅ」である。(開発者は沖縄の琉球大学農学部 比嘉照夫教授。)
EMが素晴らしい〜という潜在的な知識があったのは、沖縄に住んでいる頃に、多分口コミで、聞いていたんだと思う。
そして、さらに素晴らしいのは、この「EM」の理念。
・EMは単なる道具や商品ではなく、この資材を活用する事によって「よりよい未来社会を作る」開発者の意図に沿って普及が広がっています。そのため製品のEMを、ユーザーの手で100倍から2000倍に増やす培養方法も公開しております。
というのだ。
実際、このEM研究機構のサイトを開くと、EMの培養方法などの資料が、簡単にダウンロードできるようになっている。
そして、1リットルのEMから、最大100リットルのEMが培養できちゃうのである。
で、このEM。簡単に説明すると、普通、悪臭や水質汚染などの環境悪化の原因の多くは、腐敗(酸化)型の「悪玉微生物」が関係しているため。
で、このEMは、腐敗する前に有用な「善玉微生物」を定着させて、腐敗を起こさせない好環境をつくり、なおかつ有用な資源をつくっていく、素晴らしい微生物群なのである。
このEM製品は、現在世界55カ所で製造され、15カ国で国家プロジェクトとして取り組まれているという。
スバラシイ〜〜
で、私が愛用し、友人などにも宣伝しまくっている、バリ産「ボカシオイル」も、このEM技術と、インドネシアの伝統的な薬草とでつくられた素晴らしいオイル。ということは、インドネシアでもEMは、楽に手に入りそうだな〜と上記研究機関にメールを送ってみた。
そしたら、やっぱり、このボカシオイルをつくっている会社は、このEM機関のパートナーのひとつであるという。
さっそく教えてもらった連絡先に問い合わせ、なんと、EM商品が、うちから30分のプラヤという町で、買える事が判明。
なおかつ、このEM技術は、インドネシアでも、農業用などで結構活用され、普及しているということも解った。
ナンテスバラシイコトデハナイデスカ!!
そんな訳で、念願のEMを手に入れた。
試しに、生ゴミを入れているバケツに振りかけてみた。
うぉ〜。悪臭が全くなくなって、発酵行程のような甘〜いいい香り。
すご〜い。すごすぎる〜。
このEM。そうじ、洗濯、食器洗い。植物の液肥、生ゴミの肥料化。家畜のえさ等々、な〜んにでも応用できるらしい。
ついでにお風呂の入浴剤にもなって、その残り湯は、お掃除にもよく、また、そのお湯を排水溝に流すだけで、ぬめりや汚れ防止にもなっちゃうという。
で、この水がさらには、河川などの環境も好環境に変えていくというのである〜。
こりゃ、グルプック村民全員がこのEM洗剤を使っていったら、グルプック湾の水質もきっと回復するんじゃないかと思ったりしたら、もう、大興奮なのである。
みなさんも、今日からEM生活、いかがですか〜??
また、すでにEM生活されている方、更なる活用法など、教えてくださ〜い。
2006年04月14日
サーファーの野性

☆サーファーズインのオーナーヘンリー氏 @ Inside Point
人それぞれ、価値観とか世界観って違うと思うし、10人いれば、10通りの価値観があると思う。
で、大人になって思うのだけれど、この価値観とか世界観が全く違う人とは、どうも、話が上手く噛み合ないような気がする。
ちょっとしたなんてことない、「世間話」だけにしても。
で、価値観とか世界観が近い人とは、なんだか、お互い「におい」だけで、わかるのである。一言、「初めまして、よろしく〜」と言っただけで、わかりあえるような気がするのである。
で、私がサーファーであり、ガラス屋なので、あえて言わせてもらうと、ガラス屋やサーファーの世界は、かなり特別である。ガラス屋にしか解らない深い深〜い世界があるし、サーファーにしか解らない、ものすご〜い世界がある。
なので、やっぱり、ガラス屋と逢うと、価値観が違っていても、世界観は、近かったりするし、サーファーと逢うと、世界観はちょっと違っていても、価値観がとても近かったりする。
お互い、それなりに気持ちがわかるのだ。
まぁ、もちろん、登山家には登山家の、ミュージシャンにはミュージシャンの世界があって、そこには、他の人達が踏み込めない、ふか〜い秘密があったりするのだろうし。それがまたまた、世の中を面白くしているのだと思う。
で、本題は、何かっていうと、サーファーにとって、サーフィンは、生活の一部であるべきと思う。それがより自然な姿と思う。オーストラリアなんかは、かなりそれが普通である。仕事前や仕事後に、ホームブレイクでさらりとサーフィンを楽しむのである。
そして、コンディションが悪い、ぐじゃぐじゃのオンショアの日や、膝くらいのものすごく小さな波の時でも、やっぱり、なんとな〜く日課のように、海に入るものなのである。それが、サーファーの本来の姿なんじゃないかと思う。
日曜サーファーで満足できる人は、それでいい。ものすごく羨ましい。
でも、それでは、満足できないサーファーは、悩み苦しむのである。
いかに、自分の理想のライフスタイルに近づくか。
いかに、サーフィンを日常生活に組み込んでいくか。
そして、いかに仕事も上手く成り立てていくか。
ものすご〜く難しい問題。私もかつて、さんざん悩んだこと。
でも、その答えを見つけられるのも、サーファーなんだと思う。
なぜなら、サーファーは、ものすごい野性的な嗅覚を持っているのである。
ついでにものすごい野性的な六感も持ち合わせているのである。
なので、ちゃんと、真実を見つけられるのである。
サーファーであれて、良かったと、久々の頭半オーバーの「インサイド」に笑いが止まらなかったりするのであ〜る。キャッホ〜!!
って、なんだかんだいって、実はサーファーは、波さえよければ、ご機嫌な、ものすご〜く単純な生物なんだよな〜。
2006年04月13日
知恵熱

☆うちのとなりのビーチ、北側から見た我が家。
最近、私の小さな脳は、かなり飽和状態になっているような気がする。
もともと、一度にたくさんのことを考えるのが苦手。
一つのことで頭がいっぱいになっちゃうたちである。
にもかかわらず、最近、考えなくちゃいけないことがものすご〜くいっぱいある。
で、なんだか、頭の中がものすごいことになっちゃっているのである。
昔、ガラスの修行時代に、先輩の職人さんから、
「ルリコ〜お前の脳みそ、一度取り出して、見てみたいよ〜」と、言われたことがあった。
どうも、彼には私の行動や言動がかなり奇妙に見えたらしい。
私自身としては、全く思い当たる節はないのだけれど??
まぁ、あえて言えば、私の方が、その先輩の脳みそを見てみたいくらいだった。彼の発想や発言は、なかなか、シュールで私の想像力をかなり刺激した。
吹きガラスの作業工程の中で、吹いているガラスを吹き用パイプから、仕上げようのパイプに移す、ポンテという作業がある。
見習いの仕事の一つに、このポンテ取りというのがある。
で、このポンテのガラスが冷め過ぎていると、吹き竿からガラスを切り離す瞬間、ガラスがポトッと、下に落ちて割れてしまう。
(どうも、言葉で説明するのは、難しいな〜)
これは、まぁ、往々にして見習いのせいになってしまうので、見習いとしては、「超」気を使い、いつもはらはらしながら、職人さんがガラスを切り離す瞬間、全身全霊を込めて「お願い〜落ちないでね〜」と祈っているのであった。
ある日、この先輩が「ポンテでガラスが落ちるのは、そのガラスが、自分がなりたくない形になるのががまんできなくって、自殺しちゃってるのさ。だから、そんなに気にしなくていいんだよ〜」と、言った。
私にとって、一生忘れられないくらいのかなりの名言だった。
あ〜あ。どうでもいいけど、一度、脳みそ取り出して、じゃぶじゃぶ洗いたい気分だよ〜。
2006年04月11日
ココナツ工法??

値段の見積りとかで、すったもんだあった、地上12メートルの水タンクタワー。
値段もさることながら、工法についても、かなり吟味に吟味を重ねた。
なんといっても、水タンクタワーを建てる部分は、思いっきり海水が入っていた湿地帯。今でこそ壁をつくって水が表向きには入ってこなくなったが、それでも地下は、満々と海水をたたえた土地である。
そ〜んな地盤に、地上12メートルに5000リットルもの水を貯めるタワーを建てなければいけないのだ。
ダイジョウブナノカナ〜??
うちの設計士アマン氏は、最近「Mr.ダイジョウブ」と呼ばれている。
なんでもかんでも、「ダイジョウブ」なので、彼の大丈夫は、今やだ〜れも信用しなくなってしまった。
アマンさ〜ん、「大丈夫。3月末には完成する。」と言い切ったじゃないですか〜。
で、「サーファーズイン」のヘンリーさんちの水タンクについて聞いてみたら、小さなバンガロー1軒分くらいのコンクリートが地下に埋まっているよ〜と言っていた。
アマンさ〜ん、うちのは、地下部分がちと、小さすぎではないですか〜??
5mx5mと、まぁでかいけど、深さは、わずか1mのコンクリートがうちの基礎。
それで、高さ12メートル、最上部2mx2mのタワーをちゃんと支えられるんだろうか?? ピサの斜塔みたいに傾いてこないだろうか??
「ダイジョウブ」アマン氏は、はっきりと言い切るのである。
でも、私があまりにしつこく難色を示したので、彼は、それならこれでどうだ!!ってな感じで、「奥の手」を出してきた。
その奥の手とは〜。インドネシア人が考案したという「根っこ工法」??
ビーチなどの砂場に高さ15メートルくらいの巨大なココナツの木が倒れずに立っているのを見たインドネシアの設計士が発明した??工法らしい。
ココナツの根っこは、わずか1メートルくらいで、どちらかというと地下に向かって伸び、横にはそれ程伸びていないらしい。
それでも、砂地でさえ、ちゃんと倒れずに立っている。
「そうか。根っこさえあれば、倒れずに建物はちゃんと立っていられるのだ!!」
てな訳で、インドネシアの公共工事などで、橋やビルなどを地盤の柔らかいところに建てる時には、地下に1メートル程の根っこをたくさんつけるようになったらしい。
ほんとかよ〜。それってちゃんと効果あんのかな〜??
私「でもさ〜。うちの場合は、水タンクで、12メートルの高さに重たい水タンク乗っける訳で、私が気にしてるのは、そのバランスなんだよな〜」
アマン「大丈夫。ココナツだって、重たい水タンクをいっぱい抱えているじゃない」
なるほど〜。これには一本取られた。やるじゃん、アマン君。
てな訳??で、今回は、アマン氏の意見を信じる事にした。
まぁ、一応私の素人意見として、タワーの周囲にかなりの範囲で鉄筋入りコンクリートの土間もつくってもらうことにした。
少しでも傾きが生じたら、この土間が割れてくるなり、なんらかの予測ができるかな〜ってのと、バンガローのリネン等の洗濯場にもよさそうなので。
で、写真は、4つの根っこ部分をつくっているところ。当然のように、穴を掘れば海水が湧いてくる、かなり過酷な作業状況。
ただ、幸運なことに、地下3メートル付近のやわらかい砂の下は、かなり堅い地盤で、それ以上掘り進められない程らしい。
これはかなり嬉しい現実。
ってな訳で、この水タンクが完成しないことには、私も引っ越しできないので、みんな〜4月末完成予定でがんばってくれ〜〜〜。
Posted by Ruri at
20:47
│ゲストハウスの進行状況
2006年04月09日
ベーコン発見!!

☆クタエリア最大??の商店「ワルン・キタ」生活に必要な最低限のものは、手に入る。もしくは、最低限のものしか、売ってない。私の貴重なライフライン??的存在です。
何度か書いたけど、イスラム教徒は、豚肉を食さず、犬には触らない。
なので、ここロンボクでは豚肉の入手はかなり困難である。
先日、マタラムに行ったついでに、ママハナさんが教えてくれたバリニーズ街??の市場に豚肉を探しに行った。が、すでに時間は午後。朝だけという市場は、残念ながら閉まっていた。
でも、「ボスになんとしても、豚肉を与えねば〜」という、マネージャーカリアディの涙ぐましい??努力で、彼は、豚肉業者??の自宅を突き止めた。
が、その豚肉屋の自宅の門の前には、これまたムスリム(イスラム教徒)が苦手な怖そうな犬が数匹、まるで番犬のようにたむろしていたのである。
「Should I come in??」
泣きそうな顔をして、私を見つめるカリアディ。
犬好きの私でさえ、それらの犬は、なんだかものすごくこわ〜い雰囲気。
「いいよいいよ〜。また、次の機会にしよう〜」
で、その後、これまた用事で、ロンボク一番の観光街??スンギギエリアに行った。そこで、小さな「デリー」を発見。焼きたてパンやヨーグルト、ちょっとしゃれたチーズやジャムなどが売っていて、大興奮!! (あ〜あ、こんなのクタにできないかな〜)
そして、冷蔵・冷凍ケースの中でにこにこと微笑んでいたのは、まぎれもない幻の「ベーコン」じゃないですか〜。
うぉ〜。袋入りベーコンを見るのはバリ以来、7ヶ月ぶりである。うぉ〜うぉ〜うぉ〜なのである。
別にものすご〜く好物って訳でもないのだけれど〜。オーストラリアは、ベーコンがなかなか美味しかったので、冷凍庫の常備食だった。以来、なんとな〜くベーコンがそばにある生活!!に慣れてしまっていたのだ。
ツナとかベーコンって・・・あると便利ですよね〜。何かと。
自分で言うのもなんだけど?? かなり見かけによらず、「料理好き」。
ほぼ、100%くらい自炊。だしの素とかが大嫌いで、外国生活においても??ちゃんとだしは、かつお節からとったりしている。
が、問題は、「人につくってあげるのが大嫌い」なのである。
なので、私の素晴らしい料理の腕前??を知る人は、「いない!!」のである。
2週間程、友人が滞在していたので、ず〜っと外食だった。
どうも、外食続きは、よろしくない。すっかり体調も精神状態も乱れてしまった。
好きな音楽をかけながら、ビール片手に、じっくりと食材に向かう時間は、かなりスピリチュアルなセラピー効果があるような気がする。
ストレスがたまったときなんか、特に!!
そうそう、缶詰のポークは、ロンボク最大のスーパー、「HERO」にあるのではないか??との、ママハナさんの推測通り、ずらり〜と並んだポーク缶を発見。
でもな〜。沖縄好きの私だけれど、どうもこのポーク缶は苦手なんだよな〜。
2006年04月08日
4月の海

☆雨期のポイントアイル・グリン
2〜3月の南ロンボクの海は、想像以上に、波が小さい・もししくはなかった。そして、想像以上に、日本人が多かった。
雨期は、ポイントが多いから、人が多くても大丈夫だよ〜という噂もあったが、でも、やっぱり、アクセスの良いグルプックに集まってしまう。
グルプックの雨期のポイント、アウトサイドは、かなり浅いので、満潮がメイン。当然、人が集中してしまうのであった。
ガラガラの海を想像して、はるばる日本からやってきた人達には、結構驚きだったかもしれない。だって、7ヶ月住んでる私にも、それは、驚きの現象だったのだ!!
4月に入って、日本人の姿を見ることはほとんどなくなった。長期滞在の一人旅の女の子やバリ在住で、しょっちゅう来てる人とか、顔なじみばかりになった。
日本人とかわって、オージーと思われる白人がどどっと増えた一瞬があったが、
今はまたいつものクタ・グルプックの雰囲気に戻りつつあるような気がする。
これから、日本のGW までは、しばしの休息〜。
昨日、オンショアがちょっときつかったけど、私の舟のキャプテン・マットと、二人だけのインサイドだった。
待ってれば肩サイズくらいの波が入ってきた。
マットと二人きりなのは、正月明けのカメ・ポイント以来3ヶ月ぶり。
コンディションは、いまいちだったけれど、やっぱり、空いてる海がいい。
これこそ、ロンボク・サーフィンだよな〜と、なんだかしみじみ。
今後10年のうちには、ここロンボクも変わっていってしまうんだろう。
ずっ〜っと前から、ここに通ってきている人達から見れば、すでに変わってしまっているという。
それでも・・・今、ここに住んでいられることを嬉しく思う。
そして、少しでも長く、このな〜んにもない南ロンボクを満喫したいな〜と思ったりするのである。
それにしても〜2月末完成予定だった我が家・・・一体いつ、完成するのやら〜。
2006年04月07日
Jap-in-glish!!

☆かわいいうちのワーカー軍です。
どうも最近、自分の言葉の乱れが自分でも目に余る。
かなりやばい。
日本語は、日本語で、ローカルの日本語がうつっちゃって、なんだか、かなりへんな日本語になっちゃってるし。
英語は、英語で、マネージャーとしか通じないような、とんでもない言葉になっている。はじめは、ふざけてマネージャーと使っていたのだけれど、そのうち、他の外人としゃべってるときにも出て来ちゃうからやばい。
もともとは、
「SUPER BLOODY (英語・超) BAGUS(インドネシア語・最高) NE!!(日本語・語尾につける感嘆詞??)」
あたりからはじまった。で、それがどんどんエスカレートして、全ての会話が、英語とインドネシア語と、日本語がミックスになっていく。
これに慣れると、雪だるま方式で、言葉が乱れ、最高に会話が盛り上がってしまうのである。やばい〜。
もともと、英語の語尾に、「ね」とか、「じゃない??」とか、つけちゃう癖がある。多分、これは、スリランカでかなり悪化したような気がする。
スリランカのシンハラ語も、日本語みたいに語尾に「ね」をつける。初めは知らなかったので、みんなが、「ね」をつけるのは、日本語の勉強をしてるか、私のまねをしてるのかと思っていた。
でも、シンハラ語もそうなんだと知ったら、みんなで、喜んで「ね」をつけまくった。
その癖が、バリにもどってきてからも直らず、でも、バリニーズも、かなり日本語が通じるので、「ね」が私のまわりでは結構普及??しちゃったみたい。
で、私の口癖の「ね」や「だいじょうぶ」が、日本語を全く知らない、うちの大工さんとかにも、すっかり普及してしまったのである。
そういえば、この「ね〜」は、沖縄でよくよく使われている。
自分が先にその場を去るときに、うちな〜んちゅは、「行きましょうね〜」と言う。
この言葉を聞き慣れない、内地の人は、「あれれ??この人は、一緒に行きましょうと自分を誘っているのかな〜???でも、自分は、まだ、ここにいるし〜」とその返答にちょっと戸惑ったりしてしまうらしい。
で、これは、別に誘っている訳じゃなくって、日本語で言うと、「じゃ、私は、いきますよ〜」ってな感じ。
私は、なんとな〜く、この沖縄の「ね〜」が好きであった。
それが高じて今でも、せっせと、英語やインドネシア語に「ね」をくっつけて歩いているのかもしれない。
先日、マネージャーが嘆いていた。
「この間、オージーの友達と英語でしゃべりながら、自分は、語尾に「ね」や「です」をつけまくって、笑われてしまったよ〜」
IT’S BLOODY BAGUS NANODE ARU!!
2006年04月05日
人生のリセット

☆突然ですが、「Anda」の春巻き。シェフの友達と、「春巻き」食べ比べをやってみた。一番美味しかったのは、「Sekar Kuning – Yellow Flower」おすすめです。
「人生のリセット」という言葉を最近よく、目や耳にする。
私は、過去になんどもリセットして、その度により人生が楽しくなっているので、かなりの「リセット推進派」である。
先日、サイトを通して知り合ったAさん一家が、「Lakuen」に遊びにきてくれた。ロンボクは、初めてという。
雨期といえども、長雨が続く事はなく、どしゃぶりもせいぜい2日くらい・・・って感じだったのに、あいにくAさん一家の滞在中は、今期初・最大くらいの連日の大雨だった。
しかも、「Lakuen」に来てくれた日は、これまた、ものすごいどしゃぶり。例の仮設橋は、水没して使用できず、グルプックまでは、大回りの上に、ぼこぼこ・つるつるの悪路。
あげくにグルプック中が、大潮の満潮で、水深50センチ状態。我が「Lakuen」も巨大な海水池ができていたところだった。
あ〜あ。こんなとこ、見せたくないよ〜。
にもかかわらず、なんだか、とってもロンボクを満喫されてる感じが、話していて私も心地よかった。
30代後半で、2人のお子さんがいる男性が、人生をリセットするため仕事を辞め、家族4人で、ロンボクに旅してこられた。
すごい勇気だな〜って、メールもらった時に思った。
と、同時に、そんな彼の決断を理解した奥さんや子供達も、すごいな〜って思った。
現状に満足している人は、それでいい。でも、自分の人生は、これでいいのか〜って考えちゃってる人は、結構いっぱいいると思う。
でも、家族のことなんかを考えると、そう簡単に「リセット」なんてできないのが、現実だろう。
で、それはそれで、大事なことだと思うし、素晴らしいことだと思う。
一番嫌いなのは、何かを言い訳にして、なんにもしない人。
そして、もちろん、大好きなのは、ちゃんと自分と向き合って、そして、次に進んで行ける人。
そういう人は、何があっても、ちゃんと次に行けるのだ。
ちょっと時間がかかったりしちゃうこともあるかもしれないけど、それでも、ちゃんと、次にいけるのである。
Aさん一家と、どしゃぶりの中、屋根と壁だけしかない我が家で、うちのマネージャーや大工さん達と、にが〜いロンボクコーヒーを飲みながら、な〜んてことないおしゃべりをしていた時間は、なんだか、無限な空間だった。
その場にいたみんなが、きっと、なんとな〜く幸せな平和な気持ちだったような気がする。
そして、「Lakuen」がこれからも、こんな風な時間をここでみんなで共有していける場所でありたいな〜ってしみじみ思った。
それにしても、奥さんも子供達も、なんだかみ〜んなお友達みたいなAさん一家。そういう強い信頼とつながりがあるから、お父さんの退職についても、納得できたんだろうし、なんだか、これからが、私まで楽しみな感じ。
なんていうか、それぞれが、それぞれのシュチエーションを楽しむ術を知っているって感じのご家族。ホントおしゃべりしてて楽しかった〜。
はるばる来てくれてありがと〜。また逢いましょう〜。
2006年04月04日
人を許すということ

☆私的にここ南ロンボクエリアで日本語が一番上手なんじゃないかな〜と思う、ライス君。彼との会話は、普通に日本人同士のよう。セガールビーチにて。
私は多分、人を許すということにおいて、かなり許容範囲の小さい人間だ(もしくはだった)と思う。
40歳過ぎても独身である背景には、この要素がとても大きな要因になっていると自分でも自覚している。
なんというか、自分のボーイフレンドだと思うと、許せない面が見えてきてしまうのだ。でも、かといって、それが、友達だと思うと、まぁ、許せはするのである。果ては、それが愛おしくさえ感じちゃったりするのである。かくして、別れたあとは、良いお友達〜というのが、通常のパターン。
で、もともと、ものすごく深くつきあうたちだから、その後は、気心の知れた良い友達として、信頼のおける、いい関係を続けられたりしている。
で、ロンボクに暮らして思うのだけれど、ロンボクの人達は、とてもとても「許し上手」な気がする。
と、同時に、とてもとても「褒め上手」でもある。
オーストラリアなんかも、褒め上手な国で、特に家族間の褒め合いは、目を見張るというか、目に余る・・・というか。
とにかく、しょうもない息子なんかも客に褒めまくるのである。
人を褒めるのって、結構(というか、かなり)、難しい。
なんか、日本人的感覚からいうと、下手に褒めると、おべっか使ってるみたいな感じさえして、歯がゆいというか、こそばゆい感じさえしてしまうもの。
なので、私も、日本人に対して、素直に「褒められるか」というと、ちょっと自信ない。
でも、ロンボクのローカル(や、かつてのオーストラリアのローカル)に対しては、結構、素直に「褒める」ことができる(できた)ような気がする。
なぜかっていうと、ローカルも私をとてもとても素直に「褒めて」くれるから。
ついでに言うと、片方にとっては、もしくは、双方にとって、母国語ではない言葉で、意思表示をしているから。
極端な例でいうと、日本語で、「愛してる」なんて、とてもじゃないけど、言えない。でも、「I love you.」なら、なんだか、すんなり言える。あなたを「信用している」なんてのも、日本語ではなかなか言えないけど、「I trust you.」なんて、結構簡単に言える。「なんだか今日は、かわいいね〜」なんてのも、「チャンティク、スカリ〜」は、すらすら出てくる。
で、私の過ちも、「ティダ・アパアパ〜」(大丈夫よ〜)と、寛大に許してくれるし、私も「ティダ・アパアパ〜ね〜」(まぁ、仕方ないやね〜)と思うしかないことも多々あるのである。
今まで、具体的にそのことについて、考えたり、意識したりする機会は、なかったのだけれど、まぁ、最近、いろいろあって、そういうことをかなりしみじみと感じたりしたのだった。
で、改めて、どうして、私がここでこんなに、心地良いのかが、しみじみ解ったりしたのである。
ここ、ロンボクは、「癒し」の島ならず、「許し」の島なのだ!!
文句を言うのは、ものすごく簡単。でも、文句ばっかり言われて楽しい人は、世界中探しても、いないよね〜。で、褒められて嫌な思いをする人もいないと思う。
そんなら、みんなで、お互いを褒め合うのが、世界平和への、一番の近道なんじゃないかな〜とかなり真剣に思ったりした今宵です。
2006年04月04日
ロンボク人の謎の行動??

☆クタエリアのプロモーションのために、撮影されていたロンボクの楽団の演奏と踊り。40人くらいの男性のみの楽団がロンボクスタイル。バリと比べると、ちょっと地味??だけど、迫力あります。
過去に何度も起こったことである。
その度に、なんだかどうも、理解しがたい気持ちでいっぱいになるのだ。
で、今日も、その「謎の行動??」が起こった。
またまた例の泥棒事件の話で恐縮だが、まあ、これまたいろいろあって、最終的に今日の午前10時くらいに、警察が事情聴取にホテルにやってくることになっていた。
通訳兼任でうちのマネージャーにいてもらった方が良さそうだし、ついでに設計士との打ち合わせもあったので、ホテルの私の部屋のテラスで、朝の9時から、3人でミーティングをしていた。
警察が来るのを待ちつつ、私たちのミーティングは、11時過ぎまで続いた。
が、結局警察は来なくて、私たちのミーティングもお開きにした。
で、マネージャーのカリアディが帰りしなホテルの受付に行くと、警察は、9時から10時半くらいまで、ず〜っとロビーで待っていたという。
おいおい、そんなら、私の部屋に電話するなり、呼びに来るなりしろよ〜って感じ。
もろちん、ポリスが私に話しがあって来ていることは、ホテルの庭師さえ、知ってる事実。しかも、元ホテルのスタッフだった、カリアディまでが、一緒にテラスにいることは、部屋の前を通りかかった、全てのスタッフが知ってた事実。
なんで〜。これこそ、私にとっては、なんだかマジックなのである。
で、こういうことが、しょっちゅうある。かなりの頻度で起こる。
待ってることを誰も何も言わないのだ。
で、あとになって、ず〜っと待ってたんだけど・・・ってことになる。
携帯もSMS(携帯のショートメッセージ)も、ものすごく普及している。伝達の手段がない訳じゃない。しかも、普通にしょっちゅうコミュニケーションしてる間柄にも関わらず、何故か、待ってることを言わないで、半日くらい待つのである。
ん〜。なぞだ〜。
もちろん、こういったことに関して、何度もローカルにたずねた。なんで、一言、連絡しないの〜?? でも、答えは、「なんでかな〜?」「よく解らないな〜」なのである。
「ロンボク人は、待ってるのが好きなのかな?? じゃぁ、あなたは何分、人を待てる??」
と、聞くと、答えは、30分〜1時間。
それじゃ、なんで、30分たっても、相手が来なかったら、連絡しないの〜??
って聞くと、ん〜とうなってしまうのである。
やれやれ。謎が多いロンボクでの暮らしは、実は全てがマジックのよう???
で、ここに暮らしていると、だんだんと自分の感覚もそれが普通になってきちゃいつつありそう〜。
こりゃ、私はもう絶対、日本でなんか、暮らせないだろうな〜。
2006年04月03日
ブラックマジック

☆ こ〜んな屋台がマタラムやプラヤにはいっぱい。なかなかそそられるのだけれど〜。でもまだ、ローカルが買ったのを一口食べてみただけ。味は、なかなか美味しかったのだけれど、やっぱり、胃腸が心配で、一口だけにしといた。乾期になって、体調が万全の時に、トライしてみようかな〜??(食中毒とか赤痢とか、全くないとは言えないロンボクなのです。)
バリにもよくある話だけれど、ここロンボクもなかなかブラックマジック系のお話が山ほどある。もしかしたら、バリよりもすごいかも。日本語でなんていうのかな〜?? 黒魔術とか、呪い??とか、そんな感じ??
例えば、ローカルの昔ながらの家や生活が残っている部落が、一部観光用に、見学できるようになっているところがある。
そこにバリから取材で訪れた、日本人の私の友人が、部落の人達の写真を撮ろうとしたら、カメラが全く動かなくなってしまったらしい。
会社のカメラだったので、あれれ〜困ったな〜どうしよう〜とバリの社長に連絡したら、「バリに帰る頃には直っているよ」という返事だったという。
バリに長年住んでるその日本人の社長に言わせると、まぁ、そういうことは、よくあったらしい。
なんというか、磁場が強いのである。
で、彼の予言??どおり、そのカメラは、彼女がバリ行きのフェリーに乗ったとたん、何事もなかったように、普通に動きだしたらしい。
また、私のローカルの友達は、ビジネスにおいて、そこそこ成功した時に、突然原因不明の腹痛に襲われたという。もう、今にも死んじゃうんじゃないかってくらい、痛かったという。でも、医者の診断は原因不明。
彼は、自分がビジネスで成功して、誰かが自分にちょっとした恨みを持ってることをうすうす感じはしていたので、これはきっと、その誰かがかけたブラックマジックだろう〜と察し、ホワイトマジック(良い方のマジック)をかけられる親戚を呼んで、ブラックマジックを解く特別な水??を調合してもらい、それを飲んでお祓いをし、無事その腹痛は消えたという。
まぁ、まゆつばものと、言ってしまえば、それまでだけれど。
私的には、ここロンボクなら、そういうことは十分ありそうだな〜って気がしている。とにかく、磁場が強いのである。
沖縄でも感じたけれど、磁場が強い土地は、思いがより強く、簡単に通じるのである。
で、昨日書いた、泥棒の話。
ずっと不在だったホテルのマネージャーと、今日、じかにその泥棒事件について話す時間が取れた。
私の部屋に泥棒が侵入したのは、午前3時だった。で、同じ日の午前2時にそのマネージャーは、何かしら胸騒ぎがして、マタラムの自宅からホテルのスタッフに「なんかいやな予感がするから、気をつけて」と、電話したという。
また、私の犬が目覚めなかったことも、「ブラックマジックでそんなことは、簡単にできることだし、よくあること」と、な〜んてことなく言い切った。
その泥棒事件後、どうも私は腑に落ちないというか、すっきりしない気分が続いている。それは、ひとつの「恐怖」の現れなのかとも思っていたけれど、どうもそれとも違う気がする。
ホテルのマネージャーに言われるまでもなく、私自身も何かしら、ブラックマジックが関わっていたんじゃないかと感じていたのである。
が、それは、ブラックマジックにかかったから、泥棒が入ってきたことに気付かなかったのか、それとも、半分はかからなかったから、泥棒に気付いたのか。はたまた、ブラックマジックのせいで突然、なんの前触れもなく、目覚め、その泥棒を目撃したのか??
その泥棒もブラックマジックのせいで、私の部屋に侵入してきたのか??等々。
全ての出来事に理由があると、信じている私にとって、今回の泥棒事件の理由・真相が知りたいのである。(まぁ、そういうのって、すぐに解るものではなくって、ずいぶんたってから、ふっと、ああ、あれは、そういう意味で起こるべきして起こったんだな〜って実感したりするものだけどね。)
普通の状態だと、多分、私は、その泥棒の侵入に気付かずに、朝を迎え、ビデオカメラが紛失したことも、数日後、あれれ??そういゃぁ、カメラがないな〜と気付くような感じだったと思う。
が、目撃してしまったのだ。しかも大雨だったにもかかわらず、その人物は、濡れてはおらず、私の部屋も全く濡れてはいなかったのだ。
子供の頃、「江戸川乱歩」が大好きだった私は、突然、推理小説の探偵気分になっちゃったのである。
さてさて、真相は、いかに〜。
2006年04月02日
恐怖

☆ここ数日の大雨で、クターグルプック間の仮設橋もこのありさま。
私は、自分で、かなり強い人間だと思っている。
多少のことでは、動じないような、鉄の心臓を持っている、あんまりかわいくない女だな〜と思ったりもする。
「何も怖いものはない」と、言い切りもするし、その言葉は、嘘ではないと思う。
でも、そんな鉄の女??でも、怪我して、サーフィンができなくなったりするのは、やだな〜、サーフィン中に人とぶつかったりするのは、怖いな〜と思ったりはする。
そういった、一時的な「怖い」と、人生において「怖いものはない」と、言い切ることは、ちょっと違うニュアンスがあると、私は思っている。
なんだか、言い訳みたいだけど。
正直言うと、スリランカで津波に遭遇した直後の私は、もちろん、足も心臓も震えていたし、3日間くらいは、冷静な判断はできなかった。
でも、自分では、冷静でいようと努力したし、客観的にみたら、かなり冷静であったとは思う。
でも、個人的にみたら、心や体は、震えっぱなしだった。ただ、言えるのは、冷静であろうと努力できた自分は、強かったな〜ってこと。
で、本題。
数日前に、どろぼうに入られた。
今回、ロンボクを訪れたことのある人のアンケートの中にも、泥棒についてのコメントがとても多かったのは、事実。
その中には、目の前で現金を盗まれた実例などもあった。
敬虔なイスラム教徒の島なのに、どうして、そういった犯罪が頻繁に起こるのか、疑問視する意見もあった。
ロンボクに泥棒が多いことは、実は、かなり有名な話。
山賊なども、実際多発しているし、ホテルなどで、物を盗まれることも、結構、日常茶飯事。
そのため、各ホテルのセキュリティーの確保は、一番の重要課題となっている。
でも、20年くらい前のバリもそうだったらしい。
個人的な意見だけれど、多分、これは、宗教の違いとか、人種の違いとかじゃなくって、貧富の差とかから生まれる、発展の過程における、仕方ない出来事のような気がする。
(で、もっと個人的な意見を言わせてもらえば、理由もなく人を殺しちゃう今の日本人よりも、お金のため〜とか、はっきりした目的のある??仕方のない??犯罪のような気さえする。)
バリに住んでた頃、窓を開けっ放しにして寝ていた、外人のバンガローに泥棒が入って、現金やら何やら、根こそぎ取られた事件が、新聞に載っていたことがある。
それを読んだ時の私の素直な感想は、ホントかな〜??いくら寝てたって言っても、人の気配とか感じなかったのかな〜??その外人の狂言なんじゃないかな〜??って感じだった。何しろ損害金額が、1000万円くらいだったから。
で、うちの泥棒の話に戻る。
まず、その晩は、ものすごい大雨だった。なので、全ての音が雨音でかき消された、泥棒にとって、最高のコンディションであることを後で知った。
午前3時。なんの理由もなく、ふっと目が開いた。
私の視界には、黒っぽい帽子と黒っぽいジャケットを着た、小柄な男性が、私の部屋から出て行こうとしているのが目に入った。
その時の私は、その現状をただ、見つめているだけで、精一杯だった。
そして、その男性が部屋を出て行ってから、起き上がり、その出入り口になった、唯一のこの部屋のドア(窓)を開けた。が、既に彼の姿は、なかった。
多分、そのまま、正面には逃げずに、部屋の横に行き、塀を超えてホテルの敷地内から脱走したのだと思う。
その後、部屋の明かりをつけ、所持品のチェックをした。
財布や携帯などの貴重品の入ったバッグは、いつも枕元に置いているので、それらは、無事だった。
その他、パスポートや現金なども、わかりにくいところに隠してあったので、無事。唯一盗まれたのは、ソファーに無造作に置いていたデジタルビデオカメラだった。
その一連の事件に関して、私はまだ、上手く整理整頓できないでいる。
なんというか、ショックがでかかったのである。
今でも、ふっと、夜中に自分の部屋を歩いていた男性の姿を思うと、ぞっとするし、一体それが誰だったのかと考えると、ビーチで声をかけてくる全てのローカルに対して、疑心案気な気持ちになってしまう。
ビデオカメラを盗まれた・・・ということよりも、人が眠っている部屋に平気で侵入してきた人物がいるということ。
そのことに気付かなかった自分。
ものすごく敏感な愛犬ポッキーさえもそのことに気付かなかったこと。
その状態を目撃してしまった、自分。そして、その瞬間に何もできなかった自分。
そういう、いろんな要素が、数日たった私の中で、一つの恐怖として、リアルに残っているのである。そして、自分は、自分で思っている程、強い人間ではないんだな〜って思い知らされもするのである。
まぁ、でも、今回のことは、これから宿泊施設をつくっていく上で、とても重要な経験とも言えるし、現金やパスポート、その他重要なものが無事だったのは、ホントにラッキーだったし。
それはそれで、ひとつの教訓で、起こるべきして起こったことだと思いもするし。
何事も経験してみないと、人の気持ちって、解んないものだしね〜。
それが解っただけでも、よい経験だったと思うし、次回は、全く動じない鉄の女でいられると思うけど。
まぁ、初めての経験ってのは、いろんな意味で重要ではあるよね。
ホント、泥棒の少ない安全な島になるよう、ますます、努力していきたいって、真摯に思った出来事でした〜。
2006年04月02日
会議の報告その1

☆ 質問の口火を切った新庄。みんな、積極的にエージェント側に質問していました。
このブログや「Lakuen」のサイトを通して、50人以上の方が、アンケートに答えて下さいました。
ホントにありがとうございました。
そして、それらのゲストの声は、ローカルやエージェントにとって、一番大事な資料になったことと思います。
アンケートにお答え下さった方には、後日、改めて結果報告のメールを送らせていただきます。
また、具体的な数字等の詳細は、後日、まとめて私の「Lakuen」のサイトで、報告しようと思っています。
今回の会議は、ローカル側も、エージェント側も、こんなふうに一同に揃う機会はなかったらしく、全てが初めてのこと。
なので、具体的に何が決まった!!ということは、なかったけれど。
ただ、こうしてみんなが一同に顔を揃えたことで、ローカルにとっては、ビジネスに関わっているという自覚や認識が深まったと思うし、エージェント側も、自社の利益だけに走らずに、他社と協力するところは、協力しあい、ローカルを理解し、支援していくことが大事だということが、認識されたような気がします。
そして、なぜ、これが、ここ「ロンボク」で初めて行われたのかというと、この会議の提案者である、サンライズ・ワールドの「ローカルとの共存・共栄」という姿勢と、それを支援したガルーダ並びに他社の理解があったから。
と同時に、ローカル同士の協力姿勢と、ゲストのロンボクに対する熱い思いがあったから。
で、これから変わっていこうとしているロンボクと、現在のロンボクの規模が、そういったここを愛する人々の努力で、何かしらいい方向に変わっていけるんじゃないかっていう、微妙なサイズであること等・・・の理由が考えられるような気がします。
そこには、たくさんの人の「バリのようになる前に、なんとかしたい〜」という、熱い思いがあるような気がしました。
今回のゲストへのアンケートの中で、特筆すべき点をいくつかあげてみます。ロンボクの良い点として、32%が波の良さ、33%がローカルの良さと答えていました。
また、良くなかった点としては、35%がポイントの混雑。21%が盗難やぼったくりをあげていました。
これからのロンボクに期待することとしては、24%が現在ののんびりした雰囲気を維持して欲しい。19%が、バリみたいにならないで・・・と断トツでした。
また、フライトの不安定さや、日本からの当日乗り継ぎを求める声もとても多かったです。でも、もし、アクセスが楽になれば、それだけ、人が増え、ポイントの混雑や自然破壊もさけられなくなる、矛盾もあります。
ポイントの混雑については、年末年始・GWなどの日本の連休、2、3月の卒業旅行のシーズン、オージーの冬休みの7月などは、確かに混雑しています。これは、ロンボクに限らず、バリでもオーストラリアでも、同じ。それだけ、日本人が海外に出ているということ。
どうしてもその時期しか休みがとれない人は、仕方ないけれど、そういった連休などをずらせる人は、極力ずらして、ロンボクに来られることをおすすめします。そしたら、ホントに、ガイドと自分たちだけの乗り放題の波がここにはあります。
また、私たち受け入れ側も、できるだけ時間やポイントをずらして、ゲストを案内する努力や協力体制などを深めていく予定です。
今回の会議で、ローカル側は、サーフィンアソシエーションのような、団体をつくることで合意しました。
そして、その中で、みんなで協力しあって、よりよい環境をつくっていくことにとても意欲的です。
そして、その声をエージェント側に伝えていくことになりました。
なので、エージェント同士も協力しあって、「ローカルとの共存・共栄」に理解を深めていくことを約束してくれました。
なんて素晴らしいこと〜と個人的には、とてもとても喜んでいます。
みんな、ロンボクが大好きな気持ちは、同じなんだな〜って・・・ね。
みなさん、ホントにありがとうございました〜。
2006年04月01日
嵐のあと

☆まるで田植え時のような「Lakuen」の敷地内。これ、み〜んな海水です。
いやぁ〜嵐のような2週間でした〜。
何しろ、今まで、あまりにもの〜んびり生活していたので、そのギャップもあって、ひっちゃかめっちゃか。
あげくに、3日前から、少なくとも過去30年はなかったくらいの、大潮の満潮がグルプックを襲い、グルプック中が海水につかってしまいました。
「Lakuen」も、またまた水浸し〜。20本植えて、一本だけ生き残ったマンゴーの木も、今度はもたないかも。
ローカルの友達の家も、何軒か、床上浸水。
大きいのは、昼間の満潮だったからまだ、いいけど。夜中にこんなのがきたら、たまんないよな〜。
今月の満月の満潮は、もっと大きいみたい。みんなで対策をたてていかなくちゃ。
で、例の会議についての報告は、また後日、改めて書くつもりですが、とてもいい感じでした。なんといっても、ローカル同士の団結感が感じられて、私的に、なんだか、とても頼もしいというか、誇らしげな気持ちでいっぱいになりました。
やっぱり、狭い地域だし、ローカルみんなが、協力しあって、一致団結して、よりよい環境をつくっていくことが一番大事と思うので。
そして、大半のローカルが、そのことをちゃんと理解してるような感触がありました。
イスラムの教えに、「遠くの家族よりも近くの隣人が大事」みたいな教えがあるようです。
そして、それらの隣人と上手く折り合って、仲良く暮らしていくのが、とても大事とされているみたい。
会議が終わっての率直な感想は、きっと、南ロンボクは、平和で、優しい「楽園」で、あり続けられるような気がしました。
明日からは、このブログも平常運行??の予定ですので、どうぞよろしく〜。

