2006年03月27日

ご協力、ありがと〜


☆クタ周辺の全景。なんといってもこのなんにもなさがクタの魅力。

みなさ〜ん。アンケートにご協力、ホントにありがとうこざいます。

現在、エクセルとかを使いながら、集計しています。
今まで使ったことなかった、円グラフとか、「ヘルプ」みながら作ってるけど、とっても便利。こういうのって、使いこなせると、なかなか楽しいですね〜。

マネージャーのカリアディは、ローカルガイドやホテル等に配ったアンケート等、資料の回収に、一日中クタエリアをかけずり回ってくれました。

やれ、もらった案内書をなくしたとか、なんだかよく理解できないとか。
いかにもロンボクらしい??状況にもめげずに、一人一人、説明して回収してきてくれてる彼のがんばりは、すばらしい〜。
ローカルさえあきれるくらい??ロンボクスタイルです。全てにおいて??

でも、ローカルの今回の会議に対する反応も好意的で、また、今回提案されている「サーフィン・アソシエーションの設立」についても、90パーセントくらいのローカルが賛成と参加の意志があるようです。

みんなが集まって、これからのことを話し合っていける場ができたら、きっと、いい感じで、みんなで成長していけるような気がするし、そうあって欲しいな〜。

とにかく、今は、会議が円滑に解りやすく進むよう、解りやすい資料をつくるのに、がんばってま〜す。
ホントに、みんな〜ありがとう〜。  

Posted by Ruri at 23:41その他いろいろ

2006年03月26日

盆と正月


☆ タストラのお隣、サーファーズインのオーナー、ヘンリーさんが撮ってくれた5日くらい前のアウトサイドでのショット。どうも前かがみになっちゃう癖があって、直したいんだけど〜。でも、これ、生まれて初めての乗ってる(サーフィンしてる)とこの写真なので、ちょっと恥ずかしいけど、波とかも綺麗に写ってるし、載せちゃいま〜す。ヘンリーさんは、時々こんな風に、写真撮って売ってます。すごく綺麗。次回、ロンボクツアー予定してる人で、自分のショット欲しい人!!超おすすめです。

で、ぜ〜んぜん、ブログの更新、できなくて、ごめんなさ〜い。Lakuen のサイトの波情報も、全然です。
なぜかって言うと、盆と正月がいっぺんに来たみたい。

まず、例のLakuen レストランのシェフ候補の日本人の友達がオーストラリアから来てる。で、29日は、例の日本の旅行会社のロンボク視察ツアーがあって、その下準備の資料なんかもつくってる。ついでに、Lakuen の会社設立の手続きもやってて、エージェントがバリから来てる。お家の現場監督もあって、現在、つめの段階のレストランとプールのデザインと見積りの調整もやってる。

それと平行して・・・どうも、Lakuen は、予定の7月には、どうがんばってもオープンできそうにもないし、上手くいって、年内かな〜って感じだから、それじゃ、ガラス工房の再開を先にしようかな〜なんて、思って、そっちの可能性も考え始めた。

で、そんなこんなで、なんだか、ひっちゃかめっちゃか。
もともと、整理整頓が苦手なたちだから、もう大変。
そういうめちゃくちゃな私の性格を理解してくれている、例のシェフの友達だから、この状況を理解してくれて、相談にもいろいろのってくれてるから、かなり助かってるけど。

以前、沖縄でガラス工房をやってた時。
いつも思ったのは、客って、だ〜れもいない時は、だ〜れも来なくて。でも、なんでか、来る時は、どば〜ってきて、てんてこまい。
そういうことって、結構ある。

なので、多分、今の私は、そんな時。
いっぺんにいろんなことが起こってる感じ。
そういうこと、「なんとかの法則」とか言って、昔ちょっと流行ったよね〜。  

Posted by Ruri at 00:25その他いろいろ

2006年03月23日

アンケート速報


☆クタエリアは、枝豆(大豆)の収穫時期。あっちこっちで、こんなふうに、枝豆が干してあります。遺伝子組み換えなんかしてない、安全な大豆で〜す。

みなさ〜ん、早々にアンケートご協力ありがとうございます。
いろんな問題提起があって、やっぱり、ゲストの生の声は、素晴らしいな〜と思ったりしています。

現在、集計中ですが・・・やっぱり、なんといっても一番要望が多いのは、
「今ののどかなロンボクのままであって欲しい」「バリみたいになって欲しくない」「日本人サーファーなどが集中して訪れて、ポイントパニックになっている現状をなんとかして欲しい」といった内容がダントツです。

これは、私も同じ気持ち。
これからここで、ビジネスをやっていこうと思っているにも関わらず、内心、これ以上、人が増えたらやだな〜って思ったり・・・。
でも、昨年8月末から実際、クタエリアに住んでみて、8月のオージーの冬休みや日本の連休、年末年始、日本が冬の2〜3月以外は、ホントにがら〜んと淋しいクタの町。

そのギャップがあまりにもすごい。

ガイドやレンタカー・バイク、宿などの値段が高めなのも、オフシーズンをカバーするため。
これが、もっと平均的に客が訪れるようになれば、ポイントパニックもなくなるし、値段ももう少し下がっていくような気もします。
また、年間を通して平均的にお客さんが来てくれるようになると、ローカルの精神的負担も軽くなるような気がします。
(やっぱり、観光業は、水ものっていうか、先が見えない。例えば、今回のようにバリでテロがあったりすると、途端に客が激減したりしてしまいます。そして、その後の不安感ばかりが募ってしまったりします。)

また、客が多い時は、ガイド同士が協力して、時間をずらすなり、スンバワに連れて行くなり・・・何か良い解決策をみんなで模索していけたらな〜とも思います。

それから、マラリアについての問題提起などもありました。

マラリアやデング熱など、蚊を媒体にした病気は、ここロンボクでも実際に発生しています。
マラリアに関しては、日本で治療できる病院が限られており、治療が間に合わず、死んでしまった方もいるようです。

一部、旅行社の案内などで、ロンボクでは、マラリアはない!!と、されているものもあるようなので、マラリアに対する認識についてなども、ローカルと旅行社で、理解を深めることができたらいいなと思っています。

思っていた以上の反響に、個人的にとても喜んでいます。
まだまだ、アンケート受付中です。ロンボクにきたことのない人の、ロンボクに対するイメージなども、とてもいい資料になります。

引き続き、アンケートにご協力、よろしくお願いしま〜す。  

Posted by Ruri at 00:18ロンボク

2006年03月20日

アンケートご協力のお願い


☆こ〜んな笑顔が皆様のお越しをお待ちしておりま〜す。

先日ちょっと触れた、日本の旅行会社による「ロンボク視察ツアー」が正式決定。3月29日から3泊で旅行関連企業7社がクタ・スンギギエリアに視察にやってきます。

その一環として、29日午後、クタにて、視察団と、ローカルガイドやツーリスト関連施設の代表者らが集まり、今後のロンボク観光について語り合う場が持たれることになりました。

このような形で、みんなが一同に集まるのは初めてのこと。
なごやかな雰囲気の中、ロンボク観光の現状と将来について話し合えたらいいな〜と思っています。

現在ローカル側のアンケートなどを作成中。
で、この会議に、ゲスト側の意見なども加えられたら、いいんじゃないかな〜ってことで、このブログや私のサイトを通して、アンケートを募集することにしました。

かつてロンボクを訪れた方、これからロンボクに来たいと思っている方。
以下のアンケートをコピーして、私宛、メールをいただけたら、ものすごく嬉しいです。ゲストの声は、何より効果があるような気がします。

また、この懇親会について詳細ご希望の方には、資料メールします。お気軽にお問い合わせ下さい。アンケートの締め切りは、3月28日午前9時までです。

アンケートの質問
1. 性別と年齢(年代)を教えて下さい。
2. ロンボクに来た事がありますか? ない・ある( 回)
3. ロンボク旅行の主な目的はなんですか?
4. ロンボクに来たことがある人に質問です。
  良かった点・良くなかった点を教えて下さい。
5. ロンボクにこれから来たいと思っている人に質問です。
  何を期待しますか? どんなイメージがありますか?
6. これからのロンボクに何を期待しますか?
7. 日本の旅行会社やローカルガイド・観光施設等に対するご意見・ご感想。
8. その他なんでも。

メールアドレスは、kanri@lakuen.net

みなさ〜ん、ご協力よろしくお願いしま〜す。  

Posted by Ruri at 23:28その他いろいろ

2006年03月19日

困ったぞ〜


☆オーストラリアから買ってきてもらったおニューの板。大きい波用6’4”恰好い〜。

なんでか全くわからないのだけれど、突然、メールボックスのメールがみ〜んな消えちゃった。

マックを再起動させても、だめ。

とほほな気分で昨日は諦めて、今日、もう一度マックを立ち上げてみた。
そしたら、メールが元通り。
やった〜って、受信している、lakuen.net のアドレスの受信箱を開けたら、また、み〜んな消えていた。
その後、他のメールアドレスのボックスも次に開けたらみ〜んな消えちゃった。

え〜ん。一体どうなってるの〜??

もう一度、再起動したら、やっぱり、他のアドレスは大丈夫。
どうやらlakuen.net のアドレスになにか異変??が起きたみたい。
このアドレスは、ホームページやこのブログからのメールが届くようになっているのだけど。最近、ジャンクメールも結構、くるようになった。
マックは、ウィルス感染しないはず〜って安心してたけど・・・なんか、かかっちゃったのかな〜??

なので、ここ数日の間にブログからメールいただいた方の分は、見れなくなっちゃいました。ごめんなさい。
今日、アドレス変えたので、心当たりの方、もう一度、メールくださ〜い。

そうそう、先日、中学の同級生の設計士の友達のことなど、考えていたら、びっくり、小学校の同級生から、メールきました〜。レーポン(超なつかし〜)、ごめんね〜。レーポンのメールも消えちゃって、アドレスなくなっちゃた〜。もう一度、送ってくださ〜い。

日本は、連休なんですね〜。
今日、久しぶりにサイズがあがって、アウトサイドでたま〜にダブルくらい。
で、日本人40人くらい入ってました〜。
友達に買ってきてもらった、おニューの板が心配で、はじっこ組の私は、3本しか乗れなかったよ〜。  

Posted by Ruri at 19:28その他いろいろ

2006年03月16日

強度疑惑??


☆西側からみた我が家

バンガローの出入り口の階段は、木で作ってもらうことになっているが、我が家は、値段の関係で、コンクリートにした。
階段横には、重いものをカートで運べるよう幅50センチのスロープもつけてもらうことにした。

で、型枠がはずされ出現した階段は、なんとも貧弱。スロープなんて厚み3センチくらいしかない。
こんなんで大丈夫なのかな〜??とその時点でかなり不安だったのだけれど、よくよく見たら、今は、竹で押さえているから気付かなかったけど、支柱が全くない。玄関の踊り場部分がかろうじて鉄筋でつながってるだけで、まるで、宙に浮いた階段!!

あわてて、棟梁を呼んで、「支柱は??」と聞くと、「ないよ〜」とあっさり。
そんな〜。
素人目に見たって、どうにもこれは、強度に問題あるぞ〜。
でも、棟梁「ダイジョウブ」「ダイジョウブ」と、微笑むばかり。うちの大工さん達、どうもこの「大丈夫」だけは、知ってるからやっかいというか、おかしいというか。

結局、この階段と踊り場の下に壁をつくって、小さな物置にしてもらうことになった。全面レンガの壁をつくったら、強度は、問題ないだろう。良かった良かった。

それにしても・・・どうも、コンクリートの強度というのが、どのくらいのもので、どのくらいの鉄筋が必要なのか・・・日々疑問があった。

あ〜あ。誰か気楽に相談できる設計士の友達いないか〜と、頭の中のお友達リストを引っ張り出して、検索??してみた。

いたいた、中学時代のとっても仲の良かったお友達。きっとS君だったら、15年ぶりに、「はい、元気〜??ちょっと教えてもらいたいことあるんだけど〜」なんて、いきなりメールなんかを送ったりしても、どれどれ〜って親切に教えてくれることだろう。が、残念ながら、彼の消息を調べあてるのは、かなり至難の業と思われる。
あ〜あ。建築家のお友達〜いないかな〜。

と、思っていたら、なんと!!

将来海外移住希望で、ロンボクの検索でひっかかった??という、横浜在住の建築家Iさんから、メールが届いた。建築で解らないことあったら、なんでも聞いてくださ〜い!!と、まるで天使のささやきのような一言。
やった〜。願いは、かなうのだ〜。

そんな訳で、Iさんは、セメントの混合比率や鉄筋の太さ・ピッチ幅、どのような理由で鉄筋が必要なのか、などなど、専門的な立場で適切なアドバイスを送ってくれるのであった〜。
Iさん、ホントにありがと〜。
時間の都合がついたら、ロンボクにも遊びに来てくれて、ついでにロンボクの建築事情の視察??兼我が家の強度チェック??もしてくれるという。

「ナンテスバラシイコトデハナイデスカ!!」

さてさて、今日から2週間。例の「Lakuen」レストランのシェフ候補が初の来ロンボク。スーパーVIP待遇で、なんとしてでもロンボクを気に入ってもらわねば〜。

それと、まだ極秘情報??なのだけど、インドネシア某大手航空会社の主宰で、日本のエージェント向けロンボク視察ツアーが今月末に予定されているらしい。この機会に、現場のローカルガイドや各オーナーと日本のエージェントが一同に顔を合わせ、今後のロンボクについて語り合える場がもてたりしたら、素晴らしい!!
なんだか、大きな「波」を感じてる今日この頃。(肝心の波の方は、いまいちなんだけど〜)  

2006年03月15日

その後の進行状況


☆いよいよ床作業。この桁、なかなか堅くて頑丈そうな木材。ボルネオ産らしい。北米産のアピトンみたい。

マネージャーの甥っ子の結婚式が先週末あったので、彼はその準備で1週間くらい、ほとんど仕事にならなかった。
会場になった彼の家は、Lakuen のお隣りで、その「一大事ぶり」がよくよくわかったので、まぁ、式の準備に専念してくださ〜い・・といった感じ。
ムスリムの彼等は、バリニーズほど、祭事がなく、しょっちゅう仕事を休むこともないので、こういう時は、仕方ないな〜って感じ。
ついでに、2人の男の子の「割礼」も行われたらしい。
私も招待されていたのだけれど、所用で行けなかった。でも、話によると、300人くらいの客??が集まったらしい。インドネシア語がまだままならない私は、300人ものローカルの中できっと、途方に暮れたことを思うと、ちょっとほっとしたり・・・??

で、昨日、やっと業務は平常に戻りました〜って感じで、久しぶりの設計士を交えてのミーティング。

当初125ミリオンルピアと見積りされた高さ12メートルの水タンクタワーと地下「水タンク」。あまりの高さ(値段)に、仰天!! ロンボク在住のママハナさんの協力を得て、いくつか他の業者からも見積りを取った。が、まぁ、なんだか似たり寄ったり。
そんなに高いんだ〜って感じで、かなりショックだったが、結局90ミリオンルピアまで、落ちた。日本円で110万円くらい。バンガロー一棟の値段が105ミリオンルピアなので、いかに高いか想像つくだろう。

まぁ、地上12メートルだし。地下「水タンク」も3万リットル分だし。
仕方ないのかな〜。

その他、建築中の私のおうちの、内装部分の最終打ち合わせが永遠と続いた。いやいや、家建てるのって、結構大仕事なんだな〜。電源やスイッチの位置だの、キッチンの高さやシンクの配置。バスルームのタイルの色とか、壁の高さとか・・・。(ちなみに露天風呂が大好きな私は、屋根は、半分、壁も目隠し程度の自慢??のオープン・バスルームなのだ!!)

だんだんとホントに家らしくなっていく、我が家。なんだかまだ実感ないのだけれど、どうも現実らしい。

なんといっても、設計士と私の自慢は、雨樋(あまどい)。ベランダやバスルームなど、半分だけ屋根付きなので、雨樋がないと、床が痛むし、よろしくない。でも、雨樋って、外から見えるとあんまりかっこよくないですよね〜。しかも、インドネシアには洒落た雨樋なんてなさそう。
で、設計士。がんばってかっこよくつくってくれた。屋根に接続した形で、木枠で雨樋ケース??をつくり、その中に普通の塩ビの樋を入れる。ベランダ部分の屋根の支柱は、木材を使う予定だったのだが、この樋を隠すために、コンクリートにし、中に樋を埋め込んだ。で、後でこの支柱に木材のカバーをつける。
なので、外から雨樋は、全く見えない予定!!

図面ではいまいち、イメージわかなかったのだけれど、現物を見たら、かなりかっこいい。設計士も、「ニュースタイル!!」と威張っていた。

基本的に、シンプル・ライフが好きな私は、お家もかなりシンプルなつくりと思える。なので、デザインとかもそんなに凝ってはいないし、洒落た飾り付けもない。でも、なんだか想像していた以上に、重量感というか質感のある家になっていってるような気がする。
少なくとも、オーストラリアの家々では感じる事がなかった質感。
なんでかな〜?? ふんだんに使っている太くて丈夫そうな木材のお陰だろうか??

230万円くらいで、こ〜んな100%自分の思い通りの家が建つなんて、やっぱりロンボクは、夢の島かもしれないな〜。

PS でも、我が家の階段でちょっとしたことがありました。そのお話は、また明日〜。  

2006年03月13日

昨日の続き


☆ロンボクでちょっと流行ってる??お花柄の瓦。一番最後にこの瓦を敷くと、屋根のふちにお花が並んでかわいい。あとで、お花の部分は色付けされます。もちろん、我が家にも採用!!

この「エバーブルー」を手にした時は、どんな内容の雑誌なのか、よくわかんなかった。でも、手触りとか、表紙のデザインとかが、心地よくって、こりゃ、いい感じの雑誌だな〜とページをめくる。

で、表紙見開きの広告でまずやられた。
右に荒波の中のカイトサーフィン。左に道路にふりしきる雨の波紋。それぞれの写真の真ん中には、「約496兆t」の文字。さて、この膨大な数字は何かというと、1年間に地表から蒸発する水の量と、1年間に地球上に降り注ぐ雨や雪の量。つまりプラスマイナスゼロで、地球上の水の総量は、常に一定に保たれているという。全く無駄のない自然の力による地球の水循環システム。
汚い水は、やがて自分自身に降り掛かってくる。だから、水を綺麗にするよう心がけましょう!! というおち。ふむふむ。こういう説得力のある広告って素晴らしいな〜。

で、「エバーブルー」なライフスタイルを送っている人達の記事が続く。これがみんな、揃いも揃って、サーファー。なんか、サーフィン雑誌を読んでいるのかと思ったくらい。
この「エバーブルー」なライフスタイル・・・というのは、「エコ」ほど肩肘はらずに自分のペースで自然を感じながら生きるライフスタイルのことらしい。
なるほど、サーファーは、そういうのは、ものすごく得意だ。
多分、世界中の90%くらいのサーファーは、「エバーブルー」な生活を送っているような気がするし、そうであって欲しいな〜。

そこに載っていた5人のコメントはどれも、そうそう、私もそう思ってた〜って感じのこと。み〜んな同じようなこと考えて生きてるんだなぁ。そういう、一人一人の気持ちが大事なんだろうな〜。そういうのが、少しずつ、少しずつ集結していったら、いつかこの巨大な開発の渦から抜け出せるのかもしれないなぁ〜。そうなったらいいな〜。

風力発電100%、なおかつ素材もオーガニック商品を使用しているという「池内タオル(株)」の社長のコメント、「我慢するエコロジーは、続かないんです。」がまたいい。

そうだよな〜。無理したり、がまんしちゃったりすると、何事もリバウンドが大きい。こういうのって、少しずつでも、ささいなことでも、気持ちよく続けていくのが大事だよな〜。

このマガジンをフリーにしているのも、肩肘はらずに、一人でも多くの人に読んで欲しいから・・という編集者・サポーターの人達の思いがこめられている。

そうそう、な〜んとなく綺麗なデザインで、手にして読んでみたら、面白かった〜なるほど〜ってのがいい。
で、もっと続けて読みたくなったら、年間購読もできるらしいよ。
配布店などの詳細は、http://www.everblue-mag.com からどうぞ〜。

ここロンボクでもぜひ、配布したいものだと、編集部に問い合わせてみたら、さっそくお返事が届いた。
ちょうど、取材で、ロンボクを訪れた方からだった。送料などの問題もあるけれど、これから、検討・調整していきましょう〜との快いお返事。

私もそうだったけど。こういう雑誌を日本以外の別の土地で、ふと偶然に手にしたりすると、なんとなく感じ方とか、受け止め方が違ってくるような気がする。日本からのツーリストがここで、こ〜んな雑誌と出逢えたら、なんだか、ステキだな〜とにやにや。

それにしても、ビデオデッキの主電源をオフにするだけで、半年で、1100円の節約。18キロのCO2削減になるんだって。お〜っとつけっぱなしだったよ。ごめんなさ〜い。  

Posted by Ruri at 18:02その他いろいろ

2006年03月12日

一本の樹プロジェクト


☆「everblue」Vol.12 http://www.everblue-mag.com

埼玉に住む山岳カメラマンMさんから、小包が届いた。
ひと月くらい前に、「エバーブルーという雑誌にロンボクの記事を見かけたので送ります」とメールがあった。
エコノミー航空便で6〜13日と郵便局で言われたそうなので、3倍くらいかかっちゃった訳だけど・・・まぁ、無事に届いて何より。

嬉しなつかしの、かりんとうとか、昆布茶とか。いつも友人から小包が届くたびに思うのだけれど、そのセレクションって、その人の生活ぶりがかいま見れて、なんだか楽しい。

で、なんといっても、素晴らしかったのが、この「everblue」。テーマは、海と自然環境を考えるフリーマガジン。

私は、全くその存在を知らなかった。

これから宿泊施設やレストランを運営していく上で、ゴミや資源、エネルギー問題について、シリアスに考えはじめ、やりたいこと、やれることなどをリストアップし、ゆっくり情報を集めていた矢先のこと。
なんだか、この絶妙なタイミングがホントに、嬉しくてありがたくて、久しぶりにどきどきと胸の高まりを感じた。
こういう時、ああ、自分は、正しい道の上にいるんだな〜と感じたりする。

それにしても、Mさんとの出逢いは、かれこれ15年くらい前。沖縄に移り住んで、稲嶺さんの弟子になって、すぐの頃。「一本の樹プロジェクト」という企画が、師匠のもとに伝えられた。

概要は、東京渋谷の住宅地にあった樹齢160年くらいのケヤキの樹が、マンション建設のために、切り落とされることになった。そのケヤキを愛していた何人かの有志によって、そのケヤキの全てを生かして、何かを作り上げ、ワークショップを開き、そして、一冊の本を作ろう。この一本のケヤキを通して、なんらかのメッセージを発信してみよう・・・とはじまったプロジェクト。

そして、このプロジェクトは、賛同者の輪を広げ、沖縄の工芸家にも広がった。もちろん、師匠も参加した。師匠に手渡されたケヤキの幹は、美しい泡ガラスを伴って、素晴らしいランプへと生まれ変わった。

Mさんは、その時、このプロジェクトの実行委員をやっていた。
山や自然をこよなく愛している優しいまなざしが印象的だった。

沖縄で、この「一本の樹」の展示会が開かれた際、たくさんの分野の違う工芸家が集まり、美しい三線の音色の中で、熱い何かを感じた。まだ、沖縄や工芸の世界に足を踏み入れたばかりの、うぶ??な私には、そのエネルギーは膨大で、しっかりと足をふんばってそこに立って、そのエネルギーを体で受け止めるだけで精一杯だった。そうそう、人生の師とあおぐ?? 木工の鈴木紀庸氏ともこの展示会で知り合ったっけ。

その後、この「一本の樹」プロジェクトの展示会が、東京青山「こどもの城」で、開催された。師匠は忙しくて行けなかったので、代わりに私が行かせてもらえることになった。
「一本の樹」から生まれたたくさんの作品。そして、人と人とのつながり。

そして、そのつながりが、今もなお、健在であることを心から嬉しく思う。

「ナンテスバラシイコトデハナイデスカ!!」

と・・・長くなっちゃった。
「エバーブルー」については、また、明日〜。  

Posted by Ruri at 16:15その他いろいろ

2006年03月11日

メール日和


☆結婚式のお祝いパーティー用に、ずらりとバナナが並んだ、マネージャー宅。それにしても、すごい量。

あと、20分。
何がって、待望のフランスパンが焼けるまで。

前に友達に日本から運んできてもらった、ホームベーカリー。早焼きコース(2時間30分)の食パンばっかり焼いていた。
でも、ホントに食べたかったのは、フランスパンみたいなパン。
でもな〜。フランスパンコースは、なんと4時間30分もかかる。

このパン焼き機。10分までの停電は、作業を持続してくれるけど、それ以上だと、それっきり。途中からの再生機能はないので、停電ばっかのロンボクでは命がけ??

夜は、停電してもホテルが自家発電してくれるから、夜に焼く事が多かった。でもね〜。パンって言ったら、やっぱ、朝ですよね〜。
食べたい気分になって、初めて焼いてみようかな〜って気になるのが人の常。

で、今朝、目覚めた瞬間、今日こそ、「フランスパン」な気分だった。なおかつ、今日は、これから5時間以内に、絶対停電は、ない!! という、妙な確信もあった。

で、焼き上がりまで、あと、20分。やった〜。今日こそ、フランスパン。

その間、もしもの停電のために、つきっきり。なので、たまったメールのお返事を書く事にした。

なんかね〜。メールのお返事。ついついためちゃうんですよ〜。ごめんなさ〜い。
きっと、今朝、私にメールを送ってくれた人は、「なんて素早いお返事」と思ってくれるだろうけど。10日前に送った人は、「なんて奴」って思ったことだろう。ホントに、ごめんなさ〜い。

そんな訳で、ぷ〜んと、パンが焼き上がる香ばしい香りの中、さわさわとヤシの木がそよぎ、「波も無い」今日は、絶好のメール日和!!  

Posted by Ruri at 16:26その他いろいろ

2006年03月10日

沖縄気分


☆今日は、いつも以上に渋滞!!

夕方、ストレッチしながら、NHK BS をつけたら、「ウィークエンド・ジャパノロジー」とかいう番組をやっていた。
これは、英語で日本の文化を紹介する、多分、外人向けの番組。なかなか面白いし、英語の勉強にもなるので、見かけた時は、結構みてる。

で、今日のテーマは、「日本語」らしい。

他国の言葉でも、敬語とかはあるけれど、日本の敬語の場合、「丁寧語」「尊敬語」「謙譲語」と3つもあるのが、珍しいらしい。
で、日本語を学んでいる外国人にとって、どうもこの「謙譲語」の「へりくだった」表現に抵抗があるらしい。
司会者達は、しきりに、「デモクラシー」と言っていた。デモクラシーって、民主主義だよな〜。なんで、民主主義が関係あんのかな〜とか思っていたら、デモクラシーには、「人を自分と同等の者として扱う事」という意味もあることを知った。なるほど、だから、「謙譲語」に抵抗があるのか。ふむふむ。日本語も難しいけど、英語も難しい。
この番組では、いつもロケがあって、日本語の上手なみるからに外国人の女性が日本中のいろんなとこにいろんな日本文化を訪ねていく。

で、じゃじゃ〜ん。なんと、今回は、沖縄「コザ」。沖縄民謡ががんがん流れて、懐かしいコザの街が画面いっぱいに広がり、思わず、正座して見入ってしまった。
思えば、20代前半。突然、コザの写真が撮りたくなって、東京有明から、沖縄に向かったのが、沖縄とのなれそめ。同居人からの餞別は、10本のリバーサルフィルム。「気の済むまで、撮ってきたらいい」。

画面の中のレコードショップに並ぶ、膨大な沖縄音楽のCDジャケット。民謡酒場でカチャーシーを踊っている人々の陽気な姿。三線屋のおじさんが、テレビカメラに向かって唄う生三線。ものすごく元気な沖縄が次から次へと映し出された。
「沖縄は、日本で唯一地上戦があった土地だったけれど、沖縄の人は、歌を忘れなかった。地獄の中でも、歌を唄い続け、幸せな心を忘れなかった。歌が沖縄を救ったんだよ」と、標準語では言ってなかったけれど、三線屋のおじさんがそんなようなことを語っていた。
ずんってきた。

沖縄のおじ〜やおば〜がなんかいうと、なんだかいつも、ずんってくる。たいしたことじゃなくてもだ。

司会者達は、「沖縄の言葉は、方言ではなくって、全く別の言葉ですよね〜。沖縄は、日本とは全く別の文化ですよね〜。」とか、しきりに語っていた。
「そうだ!! そうだ!! だって沖縄は、日本でもアメリカでもなく、独立した立派な1つの王国だったのだ〜」と、思わずこぶしをつきあげ、大声で英語で叫んだ私。(あまりの興奮ぶりに、自分で”はっ”となって、ちょっと恥ずかしかった。)

そんな訳で、今夜は、友達が送ってくれた「ふくらむ圧縮麩」なんてすぐれもので、「ふーちゃんぷるー」。ついでに秘蔵の泡盛も、ちびっと・・・ね。  

Posted by Ruri at 23:03その他いろいろ

2006年03月09日

天国と地獄


☆今週末、甥っ子さんの結婚式があるというマネージャーの自宅は、その準備でたいへんなことになってます。何やら私も正装で参加するとかしないとか・・・??

ちょっといい過ぎかもしれないけれど、でも、今日と昨日では、天国と地獄くらいの雲泥の差。
何がっていうと、私の「気分」。

噂には聞いていたけど、2月3月は、とにかくサーファーが多い。特に日本人が多い。で、肝心の波はどうかというと、とにかく無い。あっても小さい。ない時の方が多い。全くできない日さえある。

数日前、久々の大スエル予報にはりきっていたら、嵐でサーフィンどころではなかった。ロンボクの隣、スンバワ島の西の果て、レイキーピークに行った友達は、「最高っすよ。チューブ入りまくりっすよ。」と、興奮気味に叫ぶ。そりゃ、良かったね〜といいつつ、あぶなく、携帯をぶん投げそうになった。

で、嵐がおさまり、海に出てみると、いるわいるわ、「ニャレ」みたいに??湧いてきたサーファー様ご一行。え〜ん。全然、乗れやしない。

サーフィンというのは、サーファーならみんな同じ気持ちと思うけど。
いい波乗れたら、他の何ものにもかえられないくらいハッピーで、「ああ、自分はなんて、幸せなんだろう。サーフィンと出逢えてありがとう。海よありがとう。大地よありがとう。おてんとさまもありがとう。」ってな極楽気分になっちゃう。

が、波がない。あっても、混んでて乗れない。なんて状況が続くと、うってかわって、最悪な気分になる。でも、上手い人は、どんなに小さかろうと、しょうもない波だろうと、スパッスパッと乗っていくし、どんなに混んでようと、ちゃんといい波に乗っていく。ようは自分の実力のなさ。余計に落ち込み、ブルーになって、泣いても怒ってもどうにもおさまらない気分でいっぱいになっちゃうのだった。

で、まさしく昨日がそうだった。つもりつもった怒りと悲しみが大爆発したような気分だった。

そりゃ、ツーリストのみんなはきっと、高いお金を払って、同僚に頭下げ下げ、やっとつかんだロンボク旅行なのだろう。できるだけ、たくさんいい波に乗って、幸せな気分で、「ああ、ロンボク、最高。」って気分で帰って欲しい。

2月はそのくらいの余裕が私にもあった。が、1ヶ月以上、耐え忍ぶ期間が続くと、さすがにそんな気分じゃなくなる。
一体何のために、「とんかつ」もない、歯医者さんは「噛み合わせチェックもしてくれない」ロンボクに住んでると思ってんだよ〜。一重に、サーフィンのため、サーフィンの為だけに生きてるようなもんなんだよ〜。乗れなきゃ、意味がないんだよ〜。
そうとうに、いかれて、悔しくて、悲しくて、午後8時には、布団にもぐってふて寝した。

今日の予報は、かなり小さめ。きっと、また、昨日と同じで混んでて乗れないよ・・・とブルーなまま、アウトサイドへ向かった。が、しかし。
「おや???」 キャプテンマットと思わず顔を見合わせ、にんやり。舟は2隻。海の中には、4、5人。
「やったぜ〜これぞ、ロンボク〜」
で、入りしな10分で3本。うひょひょ。昨日なんて、2時間粘ってしょうもない波3本。サイズこそ、腰・胸と小さめではあったけど、超ご機嫌。その後ぞくぞくと入ってきたけれど、結構調子よく、2時間で目標の10本!!!

「とんかつ」が食べれなくたって、「ソーキそば」がなくたって、1日10本乗れれば、他にはな〜んにもいらないのだ。そして、今宵は、ビールが最高に美味いのだぁ〜。  

Posted by Ruri at 19:19サーフィン

2006年03月08日

ソーキそぱが食べたいよぉ〜



☆なんとな〜くシュールな光景。多分彼女は、ベモを待っていたんだと思う。

昨日届いたRちゃんからの「沖縄の味」詰め合わせに入っていた沖縄そば。
見てたら無性にソーキそばが食べたくなって、困った。

オーストラリアでは、この豚の骨付きあばら肉が、普通にスーパーで買えたので、たま〜にソーキ汁なんかをつくって沖縄を懐かしんでいた。
でもな〜。ここは、イスラムの島、ロンボク。

ムスリム(イスラム教徒)は、豚肉を食さない。なので、ロンボク一番の大型スーパーHero でも、豚肉は売っていない。まぁ、ロンボクには、バリニーズやチャイニーズも結構住んでいるので、どこかで買えはするらしいけど。

ヒンズー教のバリニーズは、牛肉を食べないけれど、そこらへんのスーパーで牛肉を買う事ができた。基本的にそんなに肉食ではないし、それより豊富な野菜と果物があれば幸せな私。でも、牛より豚の方が好きな私には、この豚肉無し・・・は、たま〜に悲しい。

で、マネージャーに試しに、さりげなく??問うてみた。
「日本食レストランをオープンするとなると、日本人が大好きな、とんかつとか、豚の生姜焼きとかをはずす訳にはいかないよな〜(名目は、ビジネスの為!!だが、自分が食べたいから!!という下心が見え見え??)」
「ん〜」
ひとしきりうなった後、彼はこう言い放った。

「もし、Lakuen レストランで、豚肉料理を出す事になったら、従業員は、みんな逃げて行ってしまうだろう。」
「え〜。」言葉を失ってしまった。

そんな〜そんな〜。とんかつ無しのジャパレスなんて〜。絶望的な泣きそうな私の顔を見て・・・あまりに不憫に思ったのか・・・
「ん〜。もしかしたら、包丁とか、まな板とか、鍋とかを豚肉専用に分ければ大丈夫かもしれないが・・・」でも、私の一存ではなんとも〜ってな感じ。

食べられないとなると、無性に食べたくなるのが、人情というもの。
以来、私の頭の中には、「とんかつ」の文字が消えず、夜な夜なうなされて??いた。その上に、ソーキである。

え〜ん。ソーキそばが食べたいよぉ〜。

ちなみに、うちの近所の超高級リゾートホテル「ノボテル」では、豚肉料理を扱っている。ディナーはだいたいバッフェが多いのだけれど、何かの機会に、ノボテルでお食事の時は、もちろん「ポーク」攻撃である。

あ〜あ、ノボテルに豚肉、買いに行こうかな〜。
でも、さすがにソーキは、ないだろうな〜。  

2006年03月07日

元カレの近況??



沖縄のRちゃんから、どっさり沖縄の味が届いた。数年前に「あみぐるみ作家になる!!」と、宣言した彼女の作品も一緒に届いた。

写真では見たことあったけど、現物の作品に触るのは、初めて・・・というか、あみぐるみ自体、触るのは初めてである。

彼女が追求してるのは、子供がかじっても振り回しても、ぜ〜んぜんへっちゃらな、太っ腹な??あみぐるみらしい。
なんだか、すっとぽけた表情と、握った感触が妙にはまる。
こりゃ、なんだか、理由はよくわからないが、かなり心惹かれる代物である。

で、たくさんのふるさとの味とあわせて、雑誌が一冊。いつのまに、こんなのが発行になったのか、全国版の沖縄情報誌だった。
で、Rちゃんのメッセージ。「元カレの記事を発見したので、同封しま〜す。」

どれどれ、どの元カレかな〜?? なんて、ページをめくっていくと、お〜っと、この人かいってな感じで、いきなり「その人」の写真が出てきた。

基本的に、別れた後も、よいお友達〜関係が多い中で、この人だけは、「とある理由」で、「まぁ、この先、一生逢わなくてもいいな〜」というかなり珍しい存在だった。

彼の姿を写真であれ、目にするのは、8年ぶりくらいだった。当時のやせこけた姿はなく、ふくよかな笑顔に、今の生活の充実ぶりが、感じられた。その雑誌のトップページを飾る8ページに及ぶ、カラー写真と記事は、彼の近況を知るには十分だった。

そうかそうか、当時はいろいろあって、お互い気まずいまま、いつの間にか、8年もの月日がたってしまったけれど。
今の幸せそうな彼の暮らしぶりを見たら、お互い進むべき道を進んだんだな〜という気になった。
私も今の生活に、ものすごく満足しているし、あの時別れなかったら、当然、お互いに今はなかったこと。

もともと、彼の作家としての姿や作品に惚れての付き合いだった。
別れてからも、彼の作品を沖縄のどこかで見かけたりすると、「二度と逢いたくない」と、思いながらも、「相変わらず、いい仕事してるな〜」と素直に感じたりもした。

それが、恋愛に発展し、やがては破局に向かい、物つくり屋としての信頼関係まで途絶えてしまうのは、短い人の一生の中で、やっぱりあんまり面白くない。

多分、彼の中でも、8年前の出来事は、なんらかの「点」になっているのかもな〜と思い、その「点」の補修工事をしてみようかと手紙を書き出したら、ものすごく長くなった。ついでに、久しぶりにメールではなく、ペンを持って、手紙を書いたら、字はものすごくへたくそになってるし、ついでに漢字も忘れまくってて、かなり情けなかった。

思えば彼に手紙など書くのは、初めてのことかもしれない。
読み終わった彼が、なんとなく、ほんわりと笑みを浮かべることができたらいいな〜と思う。
そして、いつか、ここロンボクで、彼の作家としての知識を、ローカルに伝え、また、彼もここで何かを感じ、新しい物がここロンボクと沖縄で生まれたりしたら、それはそれはステキなことだな〜と淡いロマンをかきたてたりするのであった〜。

で、彼が何屋であるかは、内緒ね〜。

それにしても、Rちゃん。この雑誌を送ってくれた「洒落たセンス」。ホントに感謝してるよ〜。ありがと〜。  

Posted by Ruri at 20:57その他いろいろ

2006年03月06日

再生ガラス屋のサガ


☆こ〜んなもん、作ってみました。

再生ガラスの質感が好きで、ずっと廃ビンを溶かしてガラスを吹いてきた。
沖縄に住んでいた時は、カレット工場というのがあって、そこで、廃ビンを洗浄・粉砕・袋に詰めて売っていたので、ものすごく楽チンだった。

で、オーストラリアに引っ越してから、「はて、この廃ビン回収をどうしようか」と悩んだ。

まぁ、でも、生産量は沖縄の10分の1くらい。1人で吹く分くらいは、近所のバーから集められるはず。(とは言っても、使用量はビール小瓶換算で1日50本くらい)
で、初めは、近所のバーに、「透明の瓶をこの箱の中に貯めて下さい」と、お願いしてみた。が、オージーにそんなことを依頼した私が甘かった。一週間後、その箱を回収にいくと、お見事。緑や茶色、果ては、ペットボトルまで。

結局、自分で都合の良い日に、勝手にバーやレストランのゴミ箱を漁って、透明の瓶を回収する方法に変えた。
初めは、透明の瓶があんまりなかったので、み〜んなごちゃまぜに溶かしてみた。ウィスキーのボトルやジャムの瓶まで。でも、沖縄でもさんざん言われていたように、種類の違う瓶を溶かすと、できあがってから、成分の違いなどで、割れたりひびが入ったりして全く商品にならない。

せっかく集めて、綺麗に洗った瓶をみ〜んな捨てなくてはならず、かなりのショックだった。
で、いろいろ試行錯誤の中、瓶の下の方に、瓶メーカーの名前のようなものが刻印されていることに気付いた。一番回収率がいいのは、ACI と刻印されている、ビールやコークの瓶。このACI の瓶を使用することにした。

ここまで、気付くのに約半年。長い道のりだった。

その後は、ゴミ箱のず〜っと下の方に埋もれて、ちらりと見えているだけでも、それがACI の瓶かどうか、判別できるくらいの素晴らしい技術を身に付け?? ゴミ箱漁りのエキスパートに成長したのであった。

しかし、この作業。愛すべき再生ガラスの為とはいえ、異国の地だったから、できたような気がする。真夏にはえやごきぶりがうじょうじょしているゴミ箱から、せっせと瓶を集める姿は、人にはあんまり見られたくない。
「その瓶、どうするのか?? 売ってお金にかえるのか??」と聞かれたこともあった。きっと、あわれなアジア人が生活に困って、ゴミを漁っているんだろうな〜と思ったのかもしれない。

ある事情で、あてにしていたレストランからほとんど回収できない週があり、その時は、ついつい家庭用のゴミにまで、手を出してしまった。
で、アパートの3階あたりから、私を発見した住人に「何してる〜それは、プライベートなものだぞ〜」とどなられたこともあった。「英語全く、わかりませ〜ん」って顔をして、退散を余儀なくされた。ああ、涙の廃ビン回収物語!!!

まぁ、もちろん、お得意先?? のゴミ箱の所有レストランなどには、ちゃんと事情を説明して、できたガラスを持ってご挨拶とかしてたけどね。

で、これは、余談だが。私が愛したオーストラリアのビールに「カールトンコールド」という銘柄がある。これが、きりりとホントに美味しい。で、嬉しいことに、この瓶は、ラベルも少ない見事な透明。せっせと飲めば飲む程、瓶が貯まる・・・仕事の為に飲み続けたのだった!!??
私の友人達も、「あなたの為よ〜」と、せっせと、このカールトンコールドを飲んでくれた。友達思いの友人を持ってなんて幸せな私??

その他、ガラスの梱包用に、新聞紙や段ボール箱が必要だった。これらも、DIY の店の裏の段ボール捨て場やアパートの紙捨て場とかから、漁ってきた。
ハイエースのバンの後ろのシートを全部はずした私の車は、見事な廃品回収車と化した。
オーストラリアの廃品を、せっせと日本に輸出して生計をたてている事実は、時々、無性に感慨深かった。

で、本題。今は、ホテル暮らしなので、ロンボクのゴミ事情にちょっと目をつぶっているが、これから、宿泊施設やレストランを営業していくとなると、このゴミ問題は、大問題。

マタラムあたりの街エリアでは、ペットボトルを回収している人達がいるらしいけど。人件費こそ安くても運搬費が高いインドネシア。このあたりでペットボトルが回収されている様子は見受けられない。

ガラスを溶かしていたガラス屋の血が騒ぐ。ペットボトルを溶かして、な〜んか作れないかな〜??
インターネットでいろいろ調べてみたら、ペットボトルの溶解度は240度くらいという。1300度でガラスを溶かしていた私にとっては、そんな温度は、朝飯前??
って訳で、写真の名刺立てをつくってみた。写真じゃよく解らないかもしれないけど、まわりにまぶしてあるものは、このあたりのビーチの砂。小さなまんまるのつぶつぶで超可愛い。以前からこのビーチの砂を使ってなんか、できないかな〜とも思っていた。

まだまだ、試作の段階だけど、ここで消費したペットボトルの分をこ〜んな形で自国にお持ち帰りしてもらえたら、なんだかステキじゃない??

それからもう一つ考えているのが、アルミ缶やパッケージの厚紙の再利用。アルミを溶かして、なにかにしたり、山ほど出るパッケージの厚紙や段ボールで、再生紙をつくれたりしたら、なんて素晴らしい!!

誰か、名案・珍案ある人、私たちグルプックにどうか智慧を与えてくださ〜い。

PS 現在、オーストラリアから「カールトンコールド」の輸入について、検討しはじめました。沖縄から廃ビンを輸入しようかと思っていたけれど。そのコストを考えれば、中身入りでオーストラリアから輸入して、その廃ビンをガラスにできたら、もっとステキ??  

Posted by Ruri at 13:39ガラスのこと

2006年03月05日

ロンボクのナンパ事情??


☆バリ・ビンギンのサンセット。こんなに浅く、こんなに小さいにも関わらず、これだけの人。バリの混雑は、道路だけではない〜。

昨日のサーフィン中。満潮のど真ん中か、30分くらい全く割れない時間があった。やれやれ〜。混んでて乗れないし、もう、あがろうかな〜とぷかぷか浮いていたら、顔見知りのクタでもグルプックでもない他の部落のローカルが話しかけてきた。

「これから、ナンパしににマタランに行くよ。一緒に行く??」
(このあたりのローカルは、み〜んなこの”ナンパ”という言葉 or 行為??が大好き。 どうしたの〜最近、見なかったね〜なんて聞くと。うん、ナンパナンパしてた〜ってな感じで、軽い挨拶代わり???)
「やめとくよ。で、マタランには、かわいい子いっぱいいるの??」
「いるいる、いっぱいいる。」
「どこに??」
「学校とか、会社に。」
「へ〜。で、どこにナンパに行くの??」
「多分、学校。」
ほ〜。ロンボクでは、学校にナンパしに行くらしい。なんか健全そうで、かわいいな〜。校門あたりにたむろして、「ハイ、彼女、どこいくの〜??」なんて感じだろうか??

ロンボクには、スンギギという観光客でちょっと栄えてる町にしか、洒落たバーやクラブは、ない・・・と思う。(でももしかしたら、スンギギにもないかも??)
一番最初に、クタに着いて、ガイドに訪ねた。
「クタにバーとかないの??」
「そんなもんは、ないよ。」

なので、レストランで飲むのが普通。後は一軒、ライブをやってるレストランがあるくらい。まぁ、ローカルは一部をのぞいて、そんなにお酒を飲まない。それに、自腹で店で飲めるほどの現金の持ち合わせもそんなにない。

バリでは、「ダブルシックス通り」という道沿いのバンガローに住んでいた。
レギャンとスミニャックの境目のこの通りは、この行き止まりのビーチにある「ダブルシックス」というバリ一番??のクラブと、通り沿いに並ぶサロンの問屋と、大渋滞とで有名だった。

(この渋滞が、ものすごく、ほんの500メートルくらいの道を抜けるのに2時間くらいかかったことさえあった。日常茶飯事のこの渋滞に、私が住んでる間にこの道は一方通行になった。バリは、渋滞緩和に次々と、一方通行という安易な対策を取り、町中一方通行になりつつある。)

で、この「ダブルシックス」の閉店は、朝の6時。

日曜の朝など、波チェックにビーチに行くと、閉店で店を追い出されたものすごい数の外人やらローカルやらが、うろうろしていて、なんだか奇妙な光景だった。

もうひとつ、「デジャブ」という、有名なクラブもすぐそばにあった。
ここも、なかなかの人気。ツーリスト用かとおもいきや、ローカルの姿もかなりある。みんな、コーラ一杯とかで、朝まで踊っている。

(でも、近所にいろいろあったにも関わらず、朝一チャングーに5時起きで通っていた私は、友人と一緒に1回ずつ行ったきり〜)

クタにあるクラブもすごかった。小さな体育館くらいある建物の中に、ひしめきあうようにものすごい数のローカルが熱気と興奮の中踊り続けていた。
ツーリストがほとんどと思っていた私には、結構、衝撃的なシーンだった。

マタラムの旅行会社のガイドが以前、私に言った。
「ルリさん、クラブやったら、儲かりますよ。クタにクラブない。でも、みんな行きたい!!」
あんまり興味のない私は、「はぁ〜そうですね〜」と曖昧な返事。

ん〜。ナンパはやっぱ、学校に限る!!??  

Posted by Ruri at 17:09ロンボク

2006年03月04日

我が家の進行状況

☆鎌倉のMさん、メールありがとう。でも、アドレス違うみたいで、お返事戻ってきちゃいました。もし良かったら、もう一度、メールくださ〜い。

昨日のブログの写真について、旧友からメールが届いた。
「おいおい、そ〜んな写真載せたら、お客さんびびって来なくなるよ〜。日本じゃ耐久性に問題ある建物は、即刻営業停止だぜ〜」
なるほど、確かにその通り。

みなさ〜ん。客室用のバンガローは、より厳重にチェックしますので、ご安心くださ〜い。

実は私自身、ロンボクの建築技術というか、大工さんの腕をいまいち、信用しきれていない。(ちなみにオーストラリアの建築技術に関しても、かなり疑問があった。)
まぁ、ここにはここのやり方があるのだろうし、世界に誇る??日本の技術と比べて、あまりにも頼りなく感じるのも、いた仕方ない。
掘建て小屋のような建物でも無事なのは、日本のように、台風とか、地震とか天災が少ない幸運もある。

で、客室用のバンガローと私の家は、同時進行しないようにしている。
私の家は、サンプル・実験みたいな感じ。不備・不都合があれば、バンガローで修正・・・という計画。

例の写真以外にも、いろいろあるんですよ〜。おもむろに添え木が曲がっていたり、設計図と違っていたり。
それでも、うちの大工さん達は、そうとうましな方らしい。
クタのSホテルなんて、毎日オーナーがつきっきりでも、完成まで2年かかったという。で、彼が1日でも、1時間でも目を離すと、大工は、居眠り始めたり、はたまた、壁はうねうねと波うったり・・・と、そうとう大変だったらしい。

我が家は多少、工期が延びてはいるものの、毎日目に見えて完成に近づいている。正直、あんまりあてにしてなかった私には、思いのほか順調。
という訳で・・・ずいぶん、家らしくなったでしょ??

  

2006年03月03日

水タンクタワーの見積り


☆屋根の骨組みを地上で仕込みしている時のスナップ。ひとつは、ちゃんと食い込み式にしてみたけど、結構めんどうだし、材もちょっと短いし、もう一個は、これでいっかな〜?? って感じ。「棟梁、これで、いいのか〜!!??」

前にも書いたが、グルプックは、一応水道は通っているのだけれど、不定期にしか流れてこない。現在、マネージャーが交渉中で、ずいぶん改善されてはいるのだけれど。
でも、聞くところによると、マタラムなどの街でも、みんなが使う朝なんかは、かなり水圧が落ちるらしい。

慢性的な水不足は、バリよりドライな環境のせいか、設備のせいかは、わからないけど。宿泊施設をオープンするにあたって、水問題は、でかい。

沖縄で、2番目の工房を建てた名護の田井等タガラは、部落から4キロ山を登ったてっぺんだった。お隣さんは、4キロ下の部落。私の土地は、1300坪だったけど、まわりはみ〜んな山だったから、まるで”ひとやま”自分のもの。
場所によっては、西と東の海がちらりと見え、さだかじゃないけど、沖縄一高いところに住んでる〜と、自負??していた。
高いせいか、霧がよく発生し、オープンエアーの私のリビング兼キッチンなどに、するすると霧が入り込んできて、とても幻想的だった。
で、内地から来たばかりの新人スタッフが、「ルリさん、これ、霧じゃなくて、雲ですよ〜雲。私たちは、雲の中にいるんですよ〜」と興奮していた。
あれって、雲だったのかな〜???

おっと、水の話。
そんなとこだったから、当然、水も電気もない。でも、「どんな水不足にも枯れたことのない池」というのが、うちから、800メートルくらい下の土地にあって、そこから巨大なポンブですいあげていた。
電気は、1人1キロまでは、無料で引いてくれる・・・というので、まわりの地主3人にお願いして、無事4キロただで、引いてもらった。
工房の道案内は、簡単。「電柱にそって、山を登った行き止まりです。」

で、グルプックに話を戻す。ある程度の水確保のために、水タンクは、かかせない。地上12メートルに4000リットルくらいのタンクと、地下に30000リットルくらいのタンク。この見積りが、なんと、日本円で150万円くらいできた。
ちょっと待った〜。カリアディの推測では、予算は、15万円くらいだった。おいおい、一桁違うよ〜。しかも、150万円っていったら、家一軒建つ値段。
ちょっと待った〜。

慌てて、ロンボク在住のママハナさんに、電話。彼女もあまりの高さにびっくりして、知り合いの業者さんに聞いてくれることになった。

は〜。このようにして、当初の予算と、実際にかかる費用は、桁はずれに違っていくのであった〜。
とほほほほ〜。  

2006年03月02日

津波後のヒッカドゥア


☆あんまり人になんか教えたりするのが得意ではない私。でも、彼女はとても熱心に日本語を学びたがり、その熱意に負けて?? 私もがんばって教えた。で、なんと1週間でひらがなを書けるようになった。びっくり〜。でも、だるまみたいなぞうさんみたいな不可思議なシンハラ文字を書けるスリランカ人には、ひらがななんてお手のもの〜かも。それにしても・・・日本語って教えるのホントに難しい。

自分でつくったDVD を久しぶりに見たせいで、津波後のいろんなシーンが鮮明によみがえってきた。

津波後、私は滞在していたホテル・インペリアルのオーナーの家にお世話になった。チャーミーの家は、ヒッカドゥアの山手にあって、津波の被害が全くなかった。

チャーミーやホテルのスタッフは、当時インペリアルに滞在していた私以外の2組の所在をとても心配し、津波後、彼等を夜中まで、探し歩いた。
結果、3階のイギリス人1人をその日のうちに発見。私の隣の部屋にいたイタリア人2人は、翌日発見し、チャーミーズ・ハウスに無事、連れて来た。
が、イタリア人二人は、非常に興奮し、なぜ、自分たちがこんな被害に合わなくてはいけないのか?? 一刻も早く、ここを脱出したい・・・と、チャーミーに訴えた。私には、彼等の憤りがあんまり、理解できなかった。だって、彼等だけが被害にあった訳ではない。むしろ、彼等は命も無事で、荷物も全て無事だったのだ。インペリアルは、建物こそほとんど無事だったけれど、一階にあったレストランや厨房の設備は、みんな海水で流され、めちゃくちゃになってるというのに・・・。どうして、そんな風に、チャーミーを責めることができるのだろう??

でも、チャーミーは、それでも、彼等のためにベストを尽くし、コロンボ行きの車を彼等の為に用意した。
彼等は、喜びいさんで、その日のうちにヒッカドゥアを後にした。
海岸沿いの道は、全て津波で破壊されていたので、内陸の道を通り、その道のりは、8時間とも10時間とも言われていた。

私は、彼等が去ったことを喜んだ。それもきっと、ヒッカドゥアの為になるだろう。一人でも多くの外人がヒッカドゥアを去れば、それはそれで、食料不足や宿泊所不足の解消になる。

既に、コロンボ行きのツーリスト用のバスが走り始めていた。3階のイギリス人も、バスの順番待ちのチケットを手に入れ、帰り支度を始めていた。
私は、どうしたらいいのか、ものすごく迷った。

でも、私は、サーフボードもあるし、何がなんでも、すぐに帰らなくちゃいけない理由もなかった。とりあえず、チャーミーの家に、幸運にもねぐらはあるし、チャーミー達の手伝いもある。
どうしても、帰らなくてはいけない人や、傷を負った人。そういう人達が優先的に帰国すべきと思い、もう少しヒッカドゥアに留まる事に決めた。

そして、彼等と共に、道路整備やインペリアルの復旧作業に励んだ。

まさか、スリランカで、土方仕事をするとは思わなかったけど。
でも、もともと体を動かすのは、好きな性分。
みんなで、軽いジョークを飛ばしながら、せっせとがれきの山を片付けていくのは、それはそれで悪くない気分。

津波直後は、みんな途方に暮れた。どうして、ブッダの国、スリランカがこんな目に合わなくてはいけないのか?? ブッダは自分たちを見捨てたのか??
でも、そんな中で、人々は、生きていく希望を捨てなかった。生き抜く意欲でいっぱいだった。ニュースは、人々が助け合う姿を放送し、彼等はそんなスリランカ人気質を誇り、そして、より被害の大きかった人々のために、力を合わせ、信じられない勢いで、復旧活動を続けた。(普段は、あんまり仕事熱心ではないのにね。)

ローカルと共に復旧作業を続ける外人の中に、日本人サーファーの姿もあった。スリランカに来て、2日目に津波にあって、後は、復旧作業。で、最後の一日だけ、サーフィンして、帰国ですよ〜と、笑っていた日本人の男の子。彼の爽やかな笑顔と、「トレーニングと思ってやってますよ〜」という一言は、一生忘れられないと思う。

そして、津波後の5週間を私は、ヒッカドゥアで過ごした。
ある程度、復旧した後は、ここに滞在して、ここでお金を使う事が、唯一私にできる援助かもしれない・・とも思った。

でも、それは、私自身の為だったように思える。
ヒッカドゥアを離れたくなかった。
もし、ここを離れてしまったら、忘れてしまう。安易な現実に流されて、みんなの存在をきっと忘れてしまう。
ここで、現実と立ち向かっているみんなのことを忘れていってしまう。
それが、一番辛かった。
そこにいたかった。みんなと一緒にその現実をかみしめていたかった。

でも、オーストラリアのビザも切れる。帰らなくてはいけない。
そして、きっと、もっと別の形で、私にできる復旧支援もあるだろう。

後ろ髪を引かれる思いで、ヒッカドゥアを後にした。
コロンボまでの約3時間の道のり。
涙が止まらなかった。それは、私にとって、今までの何よりも一番辛い別離だった。  

Posted by Ruri at 12:43スリランカ

2006年03月01日

後回しの事


☆ヒッカドゥア名物のココナッツ売りのおじさん。このキングココナッツ。朝一サーフィンの前に一個飲むと、昼まで元気にサーフィンできる、ものすごいエナジードリンク。

誰にでも、あると思うのだけれど。
どうしても後回しになっちゃって、気付くと1ヶ月とか、1年とかたっちゃってることって、結構あると思う。で、いつもいつも、心の中で、あぁ〜あれ、やんなきゃ〜と思いつつ・・・ずるずると時間ばかりが過ぎていく〜。

ようは、タイミング。
ふっとその気になると、ぱぱっと片付けられることも、ちょっとタイミングを逃すと、永遠と先送りになってしまう。

基本的にあんまり几帳面ではない私は、気がつくと、そういうことがてんこ盛りになっちゃう。

で、現時点で後回しになってることは、メール、手紙、お礼の品の発送等々で、多分10件くらい。
で、その中でもさらに後回しになっちゃうのは、日本語じゃないやつ。
英語でのメールのお返事とか、手紙は、ついつい先送り。

この間(と言っても去年の8月)、スリランカに津波後の様子を見に行った時、お世話になっていた、ホテルインペリアルのオーナーチャーミーと約束をした。
津波後の様子を撮影して10分くらいのムービーにし、DVD に焼き付けて、彼にプレゼントしたのだけれど、どうやら後半がうまく焼き付けられてなかったらしい。
もう一度、焼き直して送るよ〜と言ったままになってた。

ついでに、うちのポストカードとステッカーも、一緒に送ろうと思って、そのまま・・・。これは、クリスマスカード代わりのはずだった〜。

でも、今日、ちょっと大事な用事があって、原稿用紙5枚分くらいのものすご〜く長い英語のメールを書いたついでに、気分は、おっしゃ、まとめて、たまった英語の用事を片付けるぞ〜って感じ。

で、3ヶ月くらい前に焼き直した津波のDVD を一応、チェックのために、見てみた。
そしたら、涙が止まらなくなって困った。
津波3日後から、デジタルビデオカメラで、撮影しはじめたヒッカドゥアの様子。ものすごく興奮していたみたいで、画像はゆれゆれ。こんな映像、ムービーにするのは、恥ずかしいくらいなのだけれど。それでも、貴重な津波後の映像。そして、1年以上がすぎた今、全く別の土地で、それを眺めている自分。でも、心はあの時間へとするりとタイムスリップ。
そして、ヒッカドゥアの懐かしい友達のことで頭がいっぱいになる。

あの時、人生で一番重要な時間といえるような素晴らしい時を共にしたみんな。生きのびていくたくましさと、ものすごい生命力に満ちあふれていた空間。
あの時のあの空気、あの匂い、あの風は、一生忘れられないと思う。

せっかく、お片づけ気分で盛り上がっていたけれど、今度は、スリランカ気分でいっぱいになっちゃって、とてもじゃないけど、他のことする気になんなくなっちゃった。

やれやれ。こ〜んな感じで、どうも、お片づけ苦手なんだよな〜。  

Posted by Ruri at 20:47スリランカ