2006年02月28日

「Lakuen」の奥の手


☆何やら隣の島、スンバワでは、こんな波が割れているらしい・・・。

こ〜んな田舎で、サーフィンか、ローカルと遊ぶくらいしかやることないとこでの楽しみといったら・・・やっぱ、食べ物ですよね〜。
という訳で、「Lakuen」の売りは、レストランなんですよ。実は。

で、私がもしも、飲食業等をやる機会があるとすれば・・・シェフは、絶対この人!! と、勝手に心に決めてる「人」がいる。

オーストラリアで知り合った在豪20年弱の板前Kさん。

オーストラリアを離れる際に、バリのチャングーあたりに、ゲストハウスなんかをやれたらいいな〜と思っていた。そして、Kさんにレストランをみてもらえたらな〜なんて、空想していた。
が、実際、バリに住んでみたら・・・チャングーなんて、もう、空前のバブル状態。とてもじゃないけど、手が出る値段じゃない。
敢えなくゲストハウス案は、泡と消えた。

で、敗者復活戦のようなグルプックの登場。
さっそく、Kさんにメールを打つ。
はじめは乗り気だったKさんも、ちょっといろいろあって、長期間、オーストラリアを離れるのは無理と思われる・・・のお返事が数ヶ月前。

そんな〜。「Lakuen」のシェフは、Kさんじゃなくっちゃ〜なんだよ〜。

で、私の熱いラブコールがかなってか?? とりあえず、3月中旬2週間くらい来てくれる事になった。

もちろん、一番大事なのは、彼とグルプックの相性。
ここが気に入って、ここの波に毎日乗って、ここで華麗な包丁さばきを披露したい・・・と、感じてもらえて、はじめて話が始まる。

で、彼がここでレストランをみてくれる決断をしてくれたなら・・・「Lakuen」は、ホントに世界一の「楽園」になっちゃうかも。
とにかく、彼の腕にかかると、ど〜んな食材も最高級品。ど〜んなちっぽけなお部屋も最高級のレストランになっちゃう。
とにかく美味しい。ホントに美味しい。日本食からイタリアンまで、なんでもござれ。私が言うのだから間違いない!! (???)

サーフィンをこよなく愛し、プライベートでも、ちゃっちゃとなんかつくってくれ、また、途方にくれたワーホリなんかをいつも手厚くサポートしてくれる、仁義なKさん。

彼が、グルプックを気に入ってくれること、みなさ〜ん、祈っててくださ〜い。  

2006年02月27日

「サマハン」


☆お気に入りの歯磨き粉と「サマハン」

ここ数日、なんだかのどがいがらっぽいな〜と思っていたら、昨日、7度3分の微熱と、強いのどの痛み。飲み過ぎがたたって、風邪ひいたみたい。

こんな風邪の初期症状に一番なのが、スリランカのアーユルベーダの風邪薬「Samahan」。成分は全て、天然のハーブやスパイス。普通は一袋を150ccくらいのお湯に溶かして飲むのだが、スリランカの友人をまねて私は濃いめの2袋。
これを食事の後などに、ゆっくり味わいながら飲むと、軽い風邪だとだいたい一晩で治る。
で、さすが、サマハン、今日は、元気にサーフィン!!

本場のチャイやスパイスティーのようで、味覚的にも私には、かなり美味しい。値段は一袋5円くらい。
ローカルにも、ツーリストにも人気の風邪薬。スリランカに行った際には、ぜひ、お試し下され。

ついでに、おでかけ用に持ち歩いているこれまた、アーユルベーダの歯磨き粉。これは、ややマイルドで私にも大丈夫だが、他のブランドのものは、辛すぎて火ふきそうでした〜私。

スリランカには、普通のまちやぐぁ〜で、こーんな風に、アーユルベーダの石鹸とか、歯磨き粉とか、ローカル価格で売っていて、かなり楽しい。
インドネシアのジャムーとかも、もっといろいろ、勉強したいのだけれど・・・。
まぁ、ここまでたどりついたのだから、この先は、ゆっくりゆっくり〜。

さてさて、明日は、給料日。収支決算しなくちゃ〜。  

Posted by Ruri at 20:27スリランカ

2006年02月26日

ソーラーシステム


☆「バウ・ニャレ」の朝、シュールにたたずんでいたのら犬。それにしても、このビーチ。満潮の時は、塀の深さ30センチくらいまで海水きます。干満の差がなかなか大きいグルプックです。

前にも書いたけど、ロンボクは、しょっちゅう停電する。
ちなみに、今も停電中。

宿泊施設やレストランをやるとなると、発電機は、必需品。

沖縄でガラス屋をやっていた時も、発電機は、必需品だった。ガラスの溶解炉を24時間1300度にキープしなくちゃいけない。停電すると、重油バーナーが止まってしまい、窯の温度が落ちる。上手くもって4〜5時間くらい。なので、睡眠中の停電に供えて、停電ブザーも必需品だった。

初めは、手動式の2時間用くらいの安い発電機を使っていたけど、長時間もたないのと、起動させるのが大変なのとで、新しく工房を移転した時に、巨大な発電機を奮起・購入。スイッチひとつで発電でき、8時間はオッケーのこれ、当時25万円くらい。私のボロジムニーと同じくらいの価格だな〜と、感慨深かったのを覚えてる。(私にとってこの発電機は、高価な財産だった〜。)

が、この同じタイプのものが、ここでは、約50万円。ひょぇ〜。高いよ〜。
あとは、トラックのエンジンを発電機風に改造したやつとかも出回っているらしいけど。こちらも30万円くらいするらしい。たか〜。

で、ソーラーはどうかと、調べてみたけど、インドネシアでは、まだ、お湯を湧かすソーラーシステムくらいしか普及してないらしい。(って、でも、インドネシア産のホットウォーター・ソーラーシステムがあるってだけ、すごい???)
ちなみに、これは、一番安い150リッタータイプで、16万円くらい。各棟につけるのは、なかなかの出費なので、とりあえず、私の家のみ実験で設置予定。

日本のサイトで、発電用のソーラーを調べて、何社か問い合わせてみたけれど、インドネシアへの輸出は、やってないらしい。ついでに、ボルト数も日本とインドネシアは違うので、日本製はここではあんまりよろしくなさそう。
調べていくうちに、オーストラリアがソーラー関係は進んでいて、価格も日本より安めとわかり、現在問い合わせ中。
それでも、家庭用で、200万円くらい。日本の1/3くらいといっても、高いよな〜。それに、輸出費用とかもかかってくるし。施工やメンテナンスの問題もある。

最近、ツーリストの日本人から聞いた話で、エカス湾という、グルプックの先の部落に小洒落た宿ができたらしい。エカスには、まだ電気が通っていないので、これにはびっくり。何やらニュージーランド人がオーナーで、風力発電の巨大な塔が立っていたとか?? こりゃ、ぜひ、話を聞きにいかなくちゃ〜。

毎日お日様かんかん照りのここグルプックで、ソーラーとか、風力発電とか使えたら、最高だけど。先立つものが〜。
こういうの、世界的にもっともっと、リーズナブルな価格になっていったら、いいのにな〜。  

2006年02月25日

雨の土曜日


☆屋根瓦到着。インドネシア人は、女性も良く働く。こ〜んな重労働もなんのその〜。

雨期だというのに、2月に入ってから、雨らしい雨が降ってなかった。
で、や〜っと念願の雨。今日は朝から、しっとりいい感じ。
キャプテン・マットから、時々だけど、波あるよ〜ってSMS が届いたけれど、波ないつもりで、マネージャー・カリアディに車を貸して、彼はマタラム。

実は、10日くらい前から、サイトやブログで知り合った人とか、こっちに長期滞在してる人とか、ほとんど連ちゃんでお食事会。
久々、波もサイズ上がったりで、乗って、飲んでの毎日。
そんな訳で、疲れた体に心地よい雨の土曜日。

連ちゃんの締めくくりは、夕べの「即席レストラン・Lakuen」でのディナー。これが、ものすごく良かった。
Lakuen で、夜過ごすのは、初めてだったのだけれど。そよそよと風が吹き抜け、海からさわさわ〜と心地よい波の音。

京都からのゲストJさん、「ローカルが食べてるみたいな、ホントに辛いものが食べたい!!」と言うので、カリアディの奥さん・ジュースの腕前を発揮してもらうことになったのだった。

Jさん、ホントに辛いの好きみたいで、スリランカでも、ローカルが食べてるカレーがへっちゃらだったらしい。で、ここロンボクでも、何度も「辛くして〜」とレストランでお願いしたらしいのだけれど、みんな遠慮してか?? そんなに辛くなくって、不満足という。

で、しこたまビンタン買い込んで、初めての「Lakuen 」ディナー。
料理自体は、私に気を使って?? スーパー辛い訳ではなかったが(ってそれでも、私には十分辛かったけど)、お好みで、サンバルを入れて・・・ってことで、このサンバルがスーパー辛い。
さすがのJさんも、サンバルに入ってた唐辛子の固まりを食べちゃったみたいで、ちょっと涙目になっていたけど、「これこそ、求めていた辛さ〜」と、大満足の様子。
何やら、前回バリを旅行した時に、ローカルから一口だけもらった、ナシチャンプルーの辛さと同じだったみたい。「その一口がず〜っと忘れられなかったんだよ〜。ず〜っと、これが食べたかったんだよ〜。」

ロンボク最後の夜に、念願の「辛さ」を満喫してもらえたようで私も嬉しい。

お食事の後は、うちの新人アンディー君のショータイム。彼は、とても器用で、しかも働き者。急成長のスタッフ。で、笛も上手。
が、この笛、よくよく見たら、ただの塩ビのパイプ。それにアンディーが自分で穴を開けて吹いている。すご〜い。
オーストラリアで、塩ビパイプのディジュリドゥーとか流行って?? いたけど。こんないい音色の横笛まで、パイプでできちゃうなんて。
音楽的センスがある人は、なんでも、楽器にできちゃうんだろうな〜。

仕事忙しいし、家族もいるから、次は10年後かもしれない・・・と言っていたJさん。何年後でもいいから、今度はご家族一同で、遊びにきてね〜。
みんなで待ってるよ〜。  

2006年02月22日

「ゲストはキング」


☆こ〜んな感じで小舟に乗ってサーフィンに行くのがグルプック式。

イスラムの教えのひとつに、「ゲストはキング」というのがあるらしい。
日本語でいったら、「お客様は神様です」ってのりかな〜。
ロンボクに暮らして思うのは、ローカルがとても優しいこと。細かい気配りができてるっていうか、ちょっとした優しさがぐっとくる。

オーストラリアは、下心のある??男の子やボーイフレンドは、みんな優しくしてくれて、日本の男の子とは、違うな〜と、感心していたけれど。

例えば、殻付きえびの殻をむいてくれたり〜。はじめ、これって、私がエビの食べ方知らないと思ってかな〜って思ったら、殻むくと、手が汚れてにおいがついてかわいそうだから・・・なんだって。びっくり〜。そんなことしてもらったことなかったから、これには、ホントに驚いた。これって、日本だったら、女の子が男の子にむいてあげることは、あるだろうけど・・・。男の子が女の子にむいてあげることは、100%ないような気がするのは、私だけ???

ここ、ロンボクは、別にボーイフレンドとか下心とかなくても、みんな優しくしてくれる。で、心配りが、オージーとは違って、とても繊細で、日本人的。
それが、リピーターが多いゆえんでもあるのだろう。
それとよく言われるのが、バリニーズは、プライドが高くて、ロンボク人は、腰が低いってこと。確かにそんな感じがする。

で、グルプックのローカル・サーファーガイド達も、やっぱり、ゲストへのきめ細かなサービスが売り。みんな、ホントにがんばってると思う。

ゲストあっての生活なので、みんな一生懸命。ゲストと一緒にサーフィンできて、お気楽な仕事だよな〜とか、はじめは思ったけれど、彼らは、朝から晩までゲストのお世話に奔走し、夜は夜で、しこたま飲まされたりしているのだ。何しろ、「おつきあい」が大事に日本人。とにかく、何から何まで、「おつきあい」しないといけない。なんていうか、添乗員や社員旅行の新人さん、はたまた営業さんののり??
日本人客が断然多い、この時期は、ローカル・ガイドは、毎晩連ちゃんで、かなりお疲れのよう。がんばれ〜。

最近、月に1度くらいの割合で、ローカルの労をねぎらう?? 会を持つようになった。この日ばかりは、ローカルがゲストになって、いいたい放題、飲みたい放題。でも、合間に日本のゲストに、電話を入れたり・・・けなげな姿がホントにかわいい。

そういうローカルの地道な努力で、こうしてリピーターが増えていって、ここロンボクがより素晴らしいとこになっていってるんだろうな〜。
このままいい感じでこのホスピタリティーが、ここロンボクで続いていくといいな〜。  

Posted by Ruri at 12:17ロンボク

2006年02月20日

ロンボク人の誤算


☆明日には屋根板も終わりそう・・・??

まるで狂気??のような「バウ・ニャレ」が終わり、ここ、南ロンボクはいつもの静けさに戻った。が、何故かサーファー(特に日本人)は、ものすごい数。サイズも上がった今日は、かなりホットなセッション。

ところで、このゲジゲジ漁。イスラムの暦を元に毎年執り行われているらしいのだけれど。今年は、暦上は、18、19日の早朝が、ニャレが現れる日だった。

が、より盛大なはずの二日目19日の早朝、みんな前日より多くのニャレを期待して海に出たが、ぜ〜んぜんニャレはいなかったらしい。

で、17日の早朝、たまたま漁に出ていた人達が、一日早いニャレを発見。道具がないので、手で捕まえた・・・という。

カリアディがいうには、どうも、一日間違っちゃったらしい。
この、「いゃぁ、一日間違っちゃったよ!!」ってのりも、なんだかロンボク的でかわいい。

それにしても、このニャレ。ホントに、一年に一度、2日間だけ、海面に浮上してくることが実証された。

広辞苑で、「ゴカイ」を調べてみたら、日本では10〜11月の夜間に生殖のため海面を群遊とあった。みためはゴカイともまた、違うようなのだけれど。
このニャレの群遊も生殖活動の類いなのかな〜。

今日は、鹿児島焼酎のお土産をいただきました。
明日は、また、飲み会のようです。
お祭り気分は、まだまだ、続く〜???  

Posted by Ruri at 18:28ロンボク

2006年02月18日

なんじゃこりゃ〜


☆たらいいっぱいのニャレ

噂には聞いていたけど・・・すごすぎる〜。
うじゃうじゃにょろにょろと湧いてくるニャレを見た瞬間、思わず絶叫!! 「なにこれ〜。信じられない〜。」

朝5時、まだ真っ暗なうちにグルプックに到着。すでにみんなは準備オッケー。
大きなたらいに大きな網。いざ、ニャリ漁に出陣。
何隻か連なって、アウトサイドのポイント近くに到達すると、すでにかなりの舟。キャプテンマットが、「これグルプックの舟全部。誰も村に残ってないよ〜」と言う。マネージャーカリアディが、懐中電灯で、岸を照らすとそこには、人・人・人。大潮の干潮で、アウトサイドのインサイドはリーフがむき出しになり、そこに信じられないくらいの人がうごめいていた。

で、明かりを海に向けると・・・うひょ〜。いるわいるわそこらじゅう。にょろにょろとうごめくニャレ。鳥肌たっちゃた。
で、みんなうぉ〜とかきゃ〜とかいいながら、夢中になってニャレを獲ってる。
なんとも異様な光景。私は、ぽか〜んと口を開けたまま、呆然。
こりゃ、すごすぎる〜。

で、このニャレ。バナナの葉に包んで焼いたやつが美味という。サーフィンの後、さっそくカリアディが、調理したやつを持って来てくれた。
が、バナナの葉を開けると、そこには、まさしく、「ニャレ」そのものが・・・。とてもじゃないけど、手が出ない。カリアディが「ほ〜ら、こんなに美味しい。」と、食べてみせる。うお〜。こいつ〜。げじげじ食ってる〜信じられない〜って感じ。「どんな味??」と聞くと、「ニャレの味」と答える。

ん〜。さんざん迷ったけれど、これは、やっぱ、トライしてみねば・・・と、目をつぶって、手を伸ばす。で、目をつぶって口に入れてみた。
味は・・・よもぎのようなとても良い香りがした。
舌触りは・・・まったりと、でも、思った程悪くはない・・・。でも、やっぱ、それ以上食する勇気は、なかった。

釣り好きの日本人K氏は、それは、ゴカイと思われる・・・と、言っていた。
私には、狐につつまれた一日、と言うしかないような驚異の体験。恐るべきロンポクである。

もっと写真を見たい人は・・・  
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Posted by Ruri at 23:54ロンボク

2006年02月17日

井戸水調査の結果


☆日本は屋根からつくるけど、ロンボクは、下から順番につくっていきます。やっと屋根の骨組みが出来ました〜。

先日やってもらった、グルプックに地下水があるかどうかの調査の結果が出た。どうやら、地下47メートルから50メートルの間にあるらしい。

この調査を簡単に説明すると、Aを起点として、左右100Mの範囲の各地点で地下に電波を送り、その反響から、地質を確定し、その結果、地下水の有無が判定されるらしい。

いまいち怪しかった??のだけれど、今まで何度も政府関係の調査済み。水有りの結果から、井戸を掘り、そこに水が出なかった事はなかったという。
で、この井戸。公共事業価格で、なんと1M 800,000RP。50Mの井戸を掘ってもらうだけで、50万円近い。ん〜。

そこで、とりあえず、うちのマネージャーが、この調査結果を持って、水道局に交渉に行く事になった。
グルプックの水道事情は、改善されてはいるけれど、まだ、コンスタントではない。もしかしたら、局が、この井戸に協力してくれるかもしれない。
もし、真水が出る井戸をグルプックが所有できたら、素晴らしいこと。
がんばれ〜カリアディ!!

で、昨日のお食事会、とても和やかな雰囲気。バリからやってきた二人のサーファー・ガイドも日本語上手でとても可愛かった。

彼等やその日本人の話によると、前回や二度目のボムのあと、いままでなんとな〜く観光客相手のその日暮らしのガイド業をやってたサーファー達が、ちゃんと定職についたり、将来を考えたりするようになったと言っていた。
もちろん、このようなテロ行為は、許されない事件ではあるけれど、そのような逆境の中で、しっかりと前を向いて、生きていこうとしているバリニーズは、やっぱり、したたかでたくましいと思うし、がんばって欲しいと思う。

それと、シンガポールに搬送されたお友達も、脊髄注射で無事歩けるようになったらしい。良かったですね〜。なんと、シンガポールまで、チャーター便だったそう。これまた、保険入ってて良かったですね〜。  

2006年02月16日

お祭り騒ぎ


☆ロンボクの伝統的な遊び??”スティック・ファイティング”

前に書いたみみず祭り??「バウ・ニャリ」は、みみずのようなニャリを捕まえて食すのが、18、19日の早朝。で、18日のサタデー・ナイトは、セガール・ビーチというクタとグルプックの間のビーチで、移動遊園地や出店が並び、盛大に執り行われるらしい。
昨日から、クタビーチでも「スティック・ファイティング」が始まった。

由来とか、インドネシア語の名前とか、まだ聞いてないのだけれど、棒切れとベニヤでできた楯を持って一対一で戦うとても原始的な??感じのショウ。
これがものすごく盛り上がっている。
昨日は私も、のぞいてみたけど、ものすごい人ごみで、よく見えない。ついでに夕方5時といってもまだかなり暑い。すっかりばてて、部屋に退散。今日も外はものすごい盛り上がりで、ドラムの音、わーとか、きゃーとか叫び声、ついでにバイクや車の行き交う音とか、まるでクタ・バリみたいなにぎわい。
ローカルが言うには、今はまだ予選??だから、そんなに迫力ないけど、最終日の優勝決定戦??は、ものすごいらしい。

年に一度の南ロンボクの一大イベント??
なんだか、みんなそわそわ・わくわく。お祭り気分でいっぱい。

心配していた、即興仮設橋の工事も、なんとか終わり、想像していた以上に立派にできた。ふだんはの〜んびりのロンボク人も、やるときゃやる??



なんだかいいな〜お祭り気分。でも、一体どれだけ混むのやら。楽しみ半分、恐怖半分??

ところで、「Lakuen」のサイトを通して知り合ったTさん。本日ロンボク入りの予定が、「友達がバリでサーフィン中に腰を痛めて、下半身が動かなくなり、シンガポールに搬送されて、手術することになり、ロンボクに行けなくなりました。」と、今朝、バリから電話が入った。
かわいそう。ちゃんと治って、またサーフィンできるようになるといいのだけれど。同じサーファーとして、サーフィン中の怪我は、心が痛む。
で、Tさんのお友達だけ、いらしたそうなので、これからノボテルで、ご挨拶。緊張するな〜。でも、ローカルの友達も一緒だから、大丈夫かな〜。  

Posted by Ruri at 19:29ロンボク

2006年02月15日

南ロンボクの将来


☆グルプックに行く途中、前を走っていた子供満載?? のトラック。それにしても雨期のロンボクは、緑がたわわでホントに美しい。

先日、海で逢ったオージーのおじさん。グルプック湾の通称おっぱい山?? 手前の土地を購入。年内にゲストハウスを建てる予定と言っていた。
とても素晴らしい土地だけれど、水も電気もついでに道もない。「どうするんですか〜?? すごいコスト、かかるんじゃないですか〜??」 って聞いたら、「あっはっは」と、おおらかな笑い。いかにもオージーだな〜。

クタの私が滞在しているホテル・タストラの裏の山に、これまたオージーが1年くらい前からホテルの建設を進めている・・・が、現段階で、まだバビルの塔(古い??)のような巨大な石垣のみ。実は、ローカルさえ、「石壁だけでこ〜んなに時間とお金かけて大丈夫なのかな〜」と、心配しちゃってるくらい。
聞いた話によると、クタエリアから1キロ弱くらいの距離の電話線を引くのに30万円くらい払ったらしい。太っ腹だな〜。

マウイ方面に行く途中の山を、最近日本の巨大企業が購入。ノボテル(超豪華リゾートホテル)みたいなホテルを建てるとか建てないとか・・・??

明日は、グルプックのローカルの友達の日本人が、ホテルを建てる土地を探しにやってくるので、話を聞かせてくれ〜とのこと。

クタから20分くらいのとこに、国際空港の建設が正式決定したらしく、にわかに騒がしくなってきたこの辺り。
まぁ、上手くいっても完成は10年後くらいと思われるけど。

今のこの南ロンボクらしさを保ちつつ、ローカルの生活が適度に潤うくらいの旅行者が、年間を通してバランス良く訪れ、自然とローカルとツーリストが美しいハーモニーを奏でていけることを心から祈るばかりです。  

Posted by Ruri at 22:04ロンボク

2006年02月14日

嬉しいダブル便り


☆CD販売店やライブについては、TAPIWAPI からどうぞ。

数日前、トーシーから「Dinka Dunk」のセカンドCD が届いて、ゆらゆらとディンカ・ムードにひたっていた今日この頃。
今日は、ヒロミさんから可愛い絵はがきが届いた。

アフリカ民族楽団「Dinka Dunk」は、沖縄在住の近藤ヒロミさん・トシ・マサハの三人のユニット。

読谷村で、ガラスの修行時代に知り合った、同じく陶芸修行中のマサハ。私が独立した頃、ヒロミさん達と、ユニットを組んだことを聞いた。
当時、ヒロミさんは、私にとって憧れの女性。
田井等タガラの山に新しく工房を建てた時、念願のディンカ・ドゥンク・ライブをやってもらった。
タガラの山にぽっかりと浮かんだ満月と、キャンプファイアーの炎、そしてディンカの音楽は、最高に気持ちよかった。ライブの後は、火を囲んで50人近い観客みんなが、思い思いの楽器を鳴らしたり、歌ったり、踊ったり。
いまでも忘れられない、美しい時間のひとつ。

サーファーでもあるトシとマサハ。
実は、5年前、海外移住を最終的に決断したのは、トシの一言でもあった。
「外国に住んでみたいな」
「大丈夫。ルリちゃんだったらどこでも住めるよ。」
「そうかな。」
「そうだよ。」

そして、今回のインドネシア移住も、実はトシの影響??

オーストラリアで次の移住先を探し始めた頃、ちょうどトシは、バリでサーフ・キャンプを始めていた。毎日ありあまる程の波だよ〜とメールが届いた。

その年、オーストラリアは、20年ぶりくらいの波無し年。何度か来た事があり、その混雑ぶりに抵抗があったバリは、旅行先にも移住先にも全く候補には上がっていなかったのだけれど。

久しぶりに友達に逢うのもいいもんだ〜と、バリから移住先探しの旅を始め、結果インドネシア居住者になったのだった。

「Lakuen」が完成したら、いつかまた、ディンカのライブをお願いしたいと思っている。

ここでまた、満月の下、みんなで飲めたら最高だろうな〜。  

Posted by Ruri at 18:20その他いろいろ

2006年02月13日

餅つきベーカリー物語


☆市場で見つけた山盛りゴーヤ。ちょっとやせっぽっち??

先月遊びに来てくれた友達が、ものすご〜く苦労して持ってきてくれた約10キロ近い悲願の??餅つきベーカリ。

さっそく友達がいる間に、焼きたてパンを〜と思ったのだけれど。
オーストラリアで使っていたパソコン用の変圧器では、なんだか、小さすぎそう。MAX0.6A と書いてあるけど、ベーカリーの方は、最大で650W とある。アンペアとワットの関係は、いまいち解らない。

インドネシアとオーストラリアは、電圧が220~240Vで同じ。オーストラリア製の家電をいくつか持ってきたが、ソケットだけ万能式を使えばいいので、楽。でも、日本製は100V。以前オーストラリアで日本人の友達が、巨大な変圧器を通して、日本製の炊飯器を使っていたのを思い出し、やっぱ、パソコン用じゃ〜無理だろうね〜ということで、断念。

後日、同じく日本製のホームベーカリーを使っている在ロンボク7年のお友達の紹介で、「Stavol」という変圧器1000W用を電気屋さんで買ってきた。

やった〜これで、焼きたてパン!! と、浮き浮き気分でまずは、簡単レーズン入り食パンコース。
が、このStavol かなりうるさい。ががががが〜とものすごい音を立てている。あげくになんだかちょっと焦げ臭い。パンの焼けるにおいとはどうも違う。

でも、まぁ、なんとか、無事焼けた。
やった〜焼きたてパン。
普通の食パンや異常にカラフルで超甘そうな菓子パン?? は、ここ、クタの商店でも買えるけど。基本的にシンプルなフランスパンみたいなのが大好き。
お初のレーズンパンはものすご〜く美味しくて大満足。

で、翌日今度は、お餅に挑戦。

綺麗に餅米を洗って、餅つき器にセット。が、Stavol がうんともすんとも言わない。え〜ん。たった一回で壊れちゃったよ〜。
でも、既に気持ちは、「餅」である。どうにもがまんできない。
ちょうどマネージャーがプラヤの町に行っていたので、新しいStavol を買ってきてくれるように依頼。数時間後、再び「餅つき」にチャレンジ。

が、今度は、このStavol もくもくとものすごい煙を出し始めた。
やばそう・・・でも、餅が〜。
しばらく様子をみていたけれど、しまいにはバチバチと火花が散り始めた。ベーカリーにまで及んではもともこうもない・・・諦めて電源を切った。

この時点では、餅米を蒸している状態。半蒸し状態だったので、炊飯器で再び蒸してみた。
で、蒸し上がったとこで、もう一度このStavol のスイッチを入れてみたら、なんとか動く。執念で餅をついた。つき始めて10分。
とうとう Stavol は、力つきて見事に燃え尽きた。が、半つきではあったけど、美味しいお餅にありつけた私は、それなりに満足。
お雑煮ときなこ餅にして、美味しくいただいたのでした。

こりゃ、もっと大きなStavol が必要だわい!! って事で、今度は2000W を購入。初めの Stavol は、接続がいかれたようで、一応修理完了。コイルがすっかり焼けこげた2個目は、修理代の方が高いだろう・・ということでお蔵入り。

で、2000W用 Stavol は、接続音も静かで見るからに強力。
3度目の正直で、やっと安心してパンが焼ける〜と浮き浮き気分でセット。

が、なんと〜今度は、停電〜。

説明書を読むと10分以内の停電では、作業が持続されるようだが、それ以上だと、材料の腐敗の可能性があるので、機能がストップ。
途中からはじめる機能は残念ながらついていない。
第一次発酵の途中のようだったので、機械から取り出して、そのまま室温で発酵を続け、普通にオーブンで焼いて、まぁまぁ、パンとして食することはできた。

ん〜停電は、全く想定外。ちなみにこのあたりは多い時で1日5回くらい停電する。24時間停電無しだったことって、ないくらいかも。

夜はホテルが自家発電してくれるけど、昼間で客が少ない時とかは、4時間くらい止まったまんま。10分のタイムリミットには程遠い。
それでも執念で、今日までに2度焼いた。今後2時間以内に停電ないはず〜と根拠のない確信のある時だけ、焼いている。で、今のとこ100%の確率で、無事美味しいパンが焼けた。ホントに美味しい〜。あきちゃんありがと〜。

で、今日は、うどんをこねてま〜す。  

Posted by Ruri at 18:35食べ物

2006年02月12日

海外移住者として求められる事


☆手作り浄化槽。かなりでかい。

普通、海外移住を考える時、移住者側の視点で、移住を考えますよね〜当然。もちろん、私もそうだった。で、移住の最大の問題点は、食べ物でも言葉でもなく、「ビザ」。
沖縄だったら、住みたければ誰でも(日本人だったら)住める。でも、海外の場合、住みたいから・・・だけじゃ住めないのが、悲しい現実。

これは、オーストラリアの場合だけれど、まあ、大概の国もそうかと思う。
国として、どんな人に移住してきて欲しいか!!

1. オーストラリア人がやらないようなきつい仕事をやってくれる労働者。
2. 若くて技術のある将来有望な人材。
3. 年寄りでも、健康でお金持ちの人。
4. 一人でも多くのオーストラリア人を雇用してくれ、税金もいっぱい払ってくれる企業。

ざっと、こんな感じである。

私は4関連のビジネスでビザを取った。が、永住権に切り替える時、2人のフルタイムの雇用と年収で、断念。というか、もともと、ビジネスでの永住権は、ハードルが高すぎて考えてはいなかった。

で、ガラス工芸家として2での永住権取得の準備をしていた。が、突然法律がかわり、申請可能ポイントに及ばなくなってしまった。特にこれは、年齢によって、ポイントが大きく変わる。取得の可能性は、全くなくなってしまった。何しろ「若い!!」が国にとっては、重要なのだ。

ずっと悩んで、やっと永住を決意した矢先の出来事。結構ショックだったけど、今思えば、お陰でこ〜んな全く想像もしなかったような、エキサイティングな人生が始まったので、取れなくて良かったと感謝している。

で、現在は、KITAS (インドネシアのワーキング・居住ビザ??)を取得し、インドネシア居住者となった。まぁ、インドネシアの場合は、オーストラリア程ビザの取得に制限はなく、どちらかというと、お金さえ出せばビザが取れる現実。

で、この「Lakuen」の資金源は、前にも書いたけど、オーストラリアの家がたまたま3倍近くで売れたので、それが資金。でも、このお金、使わずにオーストラリアの銀行に預けておくと、ここロンボクだったら、利息だけで、十分暮らしていける。へたすりゃ、年に2回くらい海外旅行にいけるかもしれないくらい。
ずいぶん、それについても考えた。利息で悠々自適な暮らし・・・かなり悪くない。
でも、根が貧乏性な私。どうも、利息暮らしとか、バチが当たりそうな気がしてしょうがない。

で、結果、こういうことになった。でも、この「Lakuen」も、もともとは、私の個人的なゲスト・ハウスで、ひっそりと、メイドやセキュリティーの給料稼ぎ・・・くらいに思っていた。
でも、うちの幹部やその他スタッフみんなのやる気がすごくて、なんだか、どんどん夢と希望が広がってしまった。
なんていうか、私一人でいくらがんばってもできそうにないけど、こんな風に、ローカルと盛り上がってだったら、上手くいきそうな気がするし、彼等のやる気に賭けてみたいと思い始めた。

ローカルの「働きたい」という意欲は、私が想像していた以上に強い。そして、仕事を与えると、本当に一生懸命働いてくれる。(まぁ、中にはなまけものもいっぱいいるけどね〜)

もちろん、現金収入のため・・ってのもあるだろうけど。でも、やっぱり、「働く」ってことは、生きていく上で生き甲斐になったり、意欲につながったりするもの。そんなみんなを見てたら、彼等に雇用の場を与えることができて、良かったって思うし、利息で暮らす生き方を選ばなくて良かったなって思う。

やっぱ、人間、「適度に」働かなくっちゃね〜。  

2006年02月11日

マダガスカルのこと・その2


☆クタビーチで大量の「うにの殻」発見。ってことは、みんな食べてるのかな〜??

で、や〜っと2月8日の続き。
その頃、いろいろ旅行先を考える中で、なんでかものすご〜くマダガスカルに行きたくなった。当時は「地○の歩き方」さえ出てなかったから、ネットでの情報が全て。日本に住んでるマダガスカル人の日本語のサイトがあって、それがかなり役にたった。というか、そのサイトくらいしか、情報源がなかったような〜。

もともとアフリカにとても惹かれていたのだけれど、いきなりのアフリカは、ビギナー・バックパッカーには過酷すぎるような気がした。

で、自分たちは、アジアの一部と思っているらしいマダガスカル人。同じ島国の日本がこんなに成長したんだから、自分たちにもできる〜と結構親日の雰囲気が強いらしいこと。米の消費が実は世界一。沖縄と同じ先祖崇拝で、牛が一番の宝物・・・とかとか、切れ切れの情報に、どんどん惹かれていって、しまいにゃ、「私は、今、マダガスカルに行かなきゃいけないんだ〜!! 」くらいの思い込みになっていった。

が、マダガスカルでのサーフィン情報は皆無に近く、「南西部で可能ならしい」程度。そんなとこに一人でサーフボードを担いで行く勇気はなかったので、サーフィン目的の滞在地を探す。スリランカかモーリシャスか、ものすごく悩んだのだけれど、アクセスの楽さからモーリシャスにした。
で、5週間の海外移住体験の旅に出発。

このモーリシャスで、まずやられた。サーフィンで有名なタマリン・ベイにキッチン付きサーファー用の安いアパートがあり、そこに居を構えた。全6室のアパートは、み〜んな長期滞在のヨーロピアン・サーファー。で、ローカル・サーファーも集まってきて、毎日なんだかただ、楽しい。波はいまいちだったけど、夕方ビーチでみんなで歌ったり踊ったり。な〜んにもないとこだったけど、海もローカルも限りなく美しかった。

で、3週間目くらいに、小さなデイパックひとつで、マダガスカルに飛んだ。

モーリシャスで、のほほ〜んと平和な南の島暮らしにはまっていたので、いきなりのマダガスカルは、結構、強烈だった。
なんというか、想像以上にアフリカだった。
赤土の大地。つちぼこりの中の赤レンガの建物。深く濃いマダガスカル人の雑踏。もとフランス領で、言葉はマダガスカル語かできてフランス語。英語は、ほとんど通じない。まぁ、私の英語もほとんど0に近かったけど。

首都のタナナリボから車で3〜4時間のアンチラベという高原の温泉保養地に滞在。とりあえず、毎日、公共の温泉施設に通った。何しろ沖縄に住んで7年強。温泉が恋しくて仕方ない。何もわざわざ日本人がマダガスカルで温泉?? って気もしたけどね。

で、あとは、ただ毎日ぶらぶらとこの町を歩いた。

女性が何人か集まって、楽しそうにおしゃべりしながら、川で洗濯をしている。洗ったものは、河原にだ〜って並べて干すのが、マダガスカル式らしく、色とりどりの服がとても綺麗。また、薪で焼いたアイロンで、ちゃんとアイロンまでかけてて、これにはびっくり。

ちょっと町を離れると、電気も水道もない部落が続く。粘度で積み重ねただけのレンガのおうちに何人もの家族が寄り添うように暮らしている。
みんな裸足で、時にはまともな服も着てない。
でもなんだか、とっても幸せそうだった。

人々は、一生懸命働いていたし、くったくのない笑顔は、なんだかとても美しかった。

「ホントの幸せって何かな〜」ってことをものすごく考えさせられた。
欲しい物はなんでも手に入るくらい、物質的に(とはいえ、もともと物欲ないから、車も服も適当だったけど)、恵まれた沖縄での生活。でも、私が本当にしたいことは、なんなんだろう???
もともと、日本中を転々と暮らした根無し草。一番、欲しかったのは、自由だった。ものを所有せず、ものに所有されず、心のままに、住みたいところに住んで、やりたいことをやれるような人生。

原点に戻りたくなった。

もう一回、0に戻ってみたくなった。
かつて沖縄に向かった時みたいに。空っぽのまま、心と体が求める場所に向かってみたくなった。

そんな気持ちをはっきりと、認識させてくれた、マダガスカルだった。

帰国後数ヶ月、現実的に、悩んだ結果、やっぱり海外移住を決断。
(更に裏話をすると、決断した時点での手持ち資金は100万円にも満たなかった。そんなんで、海外移住する気になったんだから、よっぽどせっぱつまっていたんだろうな〜。)
で、その80日後には、オーストラリアに向かう飛行機の中にいた。

たまたま、初の移住先が日本よりもいろんな意味で快適なオーストラリアだったため、マダガスカルで感じた、原点みたいなのは、すっかり忘れてしまっていたけど。

今、こうしてロンボクに暮らし始めて、あの時の気持ちがよみがえってきた。

あの時のマダガスカルで出逢った人達の笑顔と、ロンボクのローカルの笑顔がだぶる。
私に一番の勇気を与えてくれたのは、マダガスカルの人達かもしれないな〜。

やっぱり、旅っていいですね〜。  

Posted by Ruri at 19:23

2006年02月10日

昨日の続き


☆市場で山盛りの唐辛子。インドネシア語で「ロンボク」って、唐辛子の意味もある。自分たちは、小さいけど、ホットなんだぜ〜ってのがローカルの口癖です。

その昔、沖縄にガラス工房を構えていた頃。
一部私は、「愛想が悪くて、怖い人」で、有名だったらしい??
特におーしったいの山奥で、一人で吹いていた時は、すごかった。窯の設備もいまいちで、一人で作業するようにできていなかったため、必要以上の労力がかかった。また、修行2年で独立してしまったため、仕事にも慣れていない。ガラスに向かうので精一杯だった。

それでも、「おーしったい」自体がちょっとしたドライブコースになっていたから、結構たくさんの人達がやってきた。
でも、いちいち接客してる心の余裕も体の余裕もない。

で、「仕事中は手が離せないので、買いたい人はこれで包んで、お金はこの箱の中に〜」みたいな張り紙をして、包装紙とお金箱を置いて、セルフサービスにしていた。

「欲しけりゃ勝手にどうぞ〜って感じで、なんて愛想が悪い人かと思ったよ。」と、後日仲良くなった人に言われたことがあったので、きっとたくさんの人がそう、思っていたことだろう。

にも関わらず、たくさんの人がガラスを買いにやってきてくれた。で、雨ざらしになってるガラスの中に、ボウフラが湧いてたりしても、バケツの水で自分であらって、包装紙で綺麗に包んで、最後には「ありがとうございました〜」と、頭を下げてくれた。なんだか、もう、泣けてくるくらい、ありがたかった。
また、うちの常連のお客さんなんかは、慣れてない初心者??のお客さんに、「彼女はね、忙しくて手が離せないから、ここで自分で包んでお金払うんだよ!」と、うちのシステムの指導??をしてくれたり。時には、包んであげて、「また来てね〜」と、私の代わりに接客までしてくれたりした。

その間私は、ただ黙々と吹き続けていたのだった。

私は、そんな風に、お客さんが勝手に楽しんでくれるのを見てるのが、ものすごく好きだった。
私は、黙って、ガラスを吹いてて、そのスタイルや工房の雰囲気が気に入った人が、のんびりとリラックスできる空間を維持したかった。

田井等タガラの山の上に引っ越した時、みんな(お客さん)はその土地をとても褒めてくれた。とてもいい空気が流れていて、気持ちが良くなる土地だねって。
私もそう思った。

前よりスペースが広くなったので、ビアサーバーを置いて、「飲みたい人はご自由に」って得意の張り紙と貯金箱を置いて、サーバーで冷えてる、形がまちまちのグラスで思い思いに飲んでもらったりしていた。

そういうのを仕事をしながら、眺めているのが、ものすごく好きだった。

この「Lakuen」も、きっとそう。
別に万人に愛されなくてもいい。
「Lakuen」で働きたい人が働き、「Lakuen」に泊まりたい人が泊まり、
みんなが美しい調和の中で、もっともっと、ステキな「Lakuen」に成長していったらいいなと思う。

昨日、プール施工会社のデザイナーが現場チェックで初めて「Lakuen」にやってきた。例の即席駐車場は、今度は即席オフィス。
予定のサイズではあまりに小さすぎることが発覚??
でも、予算の都合もあるので、双方努力??して、この場所に見合うプールをつくっていきましょう!! となった。

彼等もここの雰囲気がとても気に入ってくれたようで、みんなでよりよい空間をつくっていきたいね〜と盛り上がった。

ここ「Lakuen」は、こうやって関わっているみんなの作品。
それを訪れた人達に心から楽しんでもらえれば、それだけで大成功だろう。

今の私に大事なのは、ここでこうして「Lakuen」の為に働いてくれているスタッフ。グルプックやクタのローカル、そしてロンボクの人々。
それから、今、ここで出逢っている世界中からの現実のツーリスト。個人的に応援してくれているたくさんの友人。

ネットでぐちゃぐちゃ言ってくる、逢った事もない人のこと、いちいち気にしてる暇ないよな〜って結論。

そんな訳で、掲示板は、文句の温床になりそうなので、やっぱり、やめ。でも、ブログは変わらず、「私の視点」での「ロンボクリポート」続けていくつもりですので、どうぞよろしく〜。

PS 掲示板への中傷書き込みって分野に関わらず結構あるらしいですね。それで、サイトごと閉鎖してしまったたくさんの人達がいることを友人から聞きました。
私も危なくそうするとこでした。
私だけじゃないんだ〜って思ったらずいぶん気が楽になり、そういう「中傷が趣味」の人達が実在していて、それは、その「サイト自体」の問題ではなく、あくまでそういう人達の「悪趣味」で起こっている事象だと認識しました。
それにしても、こういうのって、アメリカとかオーストラリアでもあるのかな〜。それとも日本独特の風習??なんだろうか〜?  

Posted by Ruri at 11:07その他いろいろ

2006年02月09日

バーチャル・ワールド


☆暑くてやってらんないよ〜と水浴び中の水牛。幸せそうだな〜。

マダガスカルのこと、書く予定だったのだけれど、予定変更。
昨日のブログに中傷的な書き込みがあったのと、掲示板でも中傷ではないにしても、あんまり気持ちの良くない書き込み等が多々あったので。

なんていうか、私はそんなにネットのヘビーユーザーではない方だと思う。
今でこそ、ブログを書き始めたので、一応毎日アクセスするようになったけど。

基本的には、メールと、波情報のチェックくらいが日々の利用内容。
で、旅行に行く時に、旅行先の情報をネットで検索したり。なんか食べたくなった時に、そのレシピを検索したりする程度。
人の掲示板に書き込みをすることとかは、ほとんどない。

で、そんな掲示板初心者が掲示板をオープンしてみた。
ロンボクの問い合わせとか、そういうのがメインかな〜とか思っていたら、なんと、サイトの内容に対する苦情がほとんど。
まぁ、記事の間違いの指摘などは、ありがたいので、速攻対処させてもらったりもしたし、「企業としての責任のあり方」に至ってのコメントには、ただ、ただ、頭が下がる思いだった。

が、なんだか、逢ったことない人の一方的なコメントにいちいち一喜一憂するのが、しんどくなって、掲示板はやめる事にした。

なんていうか、実際にうちに泊まった人から、苦情を言われるなら仕方ないけど、匿名の人からサイトのあり方に文句言われてもな〜って感じ。

文字による、暴力というか、不快感ってすごいですね。
なんか、自分あてのそういう中傷的な文章は、結構ダメージ大きかったし、な〜んでわざわざ、そういう不快な文章を書くのかな〜って、理解しがたかった。
でも、きっと、私のサイトやブログを読んで、その人は、不快感を感じ、その結果、そういう行動に走ったんだろうし。
おあいこなのかと思ったら、すごく悲しくて、ネット恐怖症になって、ブログもサイトもやめちゃおうかな〜って気になっちゃった。

って、こうしてマックに向かっていると、気持ちってエスカレートしていくよね。これで、一発良い波に乗れたりしたら、そういうぐちゃぐちゃは、み〜んなふっとんでいくんだろうけど。

例えば、こんな気持ちを抱えたまま、満員電車なんかに揺られて、誰かに足でも踏まれた日にゃぁ、立ち直れなさそう。
そして、そういう不完全燃焼な気持ちが、他人のサイトに文句を書いたりすることで、解消するしかないとしたら・・・。自分の大好きな場所(たとえばロンボク)で、ゆうゆうと暮らしてる同じ日本人がいると知って、いやみのひとつでも書く事でしか、解消できないのだとしたら・・・なんて、さびしいこと。

でも、まぁ、反感買うのを承知で書くとしたら、そんじゃ、あなたも住んでみたら〜。歯医者はかみあわせチェックしないし、豚肉は御法度、コンビニだってないとこで、旅行者としてじゃなく、居住者としてローカルと日々折り合って暮らしていく現実がここだよ〜って。

「Lakuen」の主旨としては、基本的には私のゲスト・ハウスで、私の友達がロンボクに遊びにくる時に、滞在できる施設。また、それ以外の一般のお客さんも、ここが好きな人、「Lakuen」のスタイルが好きな人が、心地よく滞在できる場所にしたいと思っている。そういうのが、気に食わない人は、いくらでも宿泊施設はあるのだから、自分が泊まって気持ちよいところに滞在すれば、それでいいように思える。
なんといっても、第一期は客室4室でのスタート。他のビジネスの邪魔になる程の許容量でもない。実際問題、人件費程度の収入くらいしか、今のとこ見込めていない。

でも、もともと、私のここでの生活費(1〜2万円)と、ローカルの人件費が出ればいいな〜くらいの気持ちが大きかったので、やりくりさえできれば、ハッピーと思っている。
ここに客室100室くらいの大ホテルを建てるなら、そりゃ、いろいろ文句言われても仕方ないと思うけど・・・。な〜んだか、腑に落ちないんだよな〜。

ま、こうしてマックに向かって考えてても仕方ないので、これからまた、グルプックの現場監督に行ってきま〜す。
暑い中一生懸命働いてくれているみんなの笑顔を見たら、きっと元気になることでしょう。  

Posted by Ruri at 13:02その他いろいろ

2006年02月08日

マダガスカルのこと・その1


☆こ〜んな風に舟の浮き竹につかまって、らくらくシュノーケル。綺麗でしょ〜。

海外デビューは結構遅くガラス屋として独立して2年目の1997年(32歳)。バリに3泊のパック旅行。英語もほとんどできなかったし、当時はそんなに日本語のできるガイドもいなかった。
でも、すっかり海外旅行の魅力にはまってしまった。
(お〜っと忘れてた。25歳くらいの時に友達とハワイに行ったことあったけど、あれは、どうも海外旅行って感じじゃなかったな〜。)

毎年、冬場は注文が減る。月に20万円くらい重油代がかかっていたので、へたに仕事をするよりは、火を止めて休みにした方が効率がいい。
で、毎年冬は海外に行くようになった。

二番目はタイに3週間。チェンマイとコ・サメットという小さな島に半分ずつ滞在。チェンマイは高い建物がなく、掘りや川、緑と石づくりの建物が調和した、とてもステキな街だった。
有名なトレッキングにも参加。山歩きをしながら、山岳民族の部落にキャンプしたり、象に乗ったり、竹のいかだで川下りをしたり・・・。
ツーリストに人気のアトラクションなだけあって、とっても楽しかった。

ただ、残念だったのは、グループの大半が欧米人。英語がほとんどできなかった私には、みんなとおしゃべりがなかなかできない。
1人英語のできる日本人の男の子がいて、ものすごく羨ましかった。

どうやって、勉強したの?? って聞いたら、1ヶ月サイパンかどっかの英語合宿に参加した・・・という。いいな〜。私も英語しゃべれるようになりたいな〜と、切に思った。

沖縄に帰ってから、一大決心して、名護の「ジ○ス」の門をたたいた。で、これまた一大決心で、50万円くらい払って、1年コースに申し込んだ。

が、なんていうか、週に2回90分くらい、学校に行ったからって、すぐしゃべれるようになる訳ではない。基本的には、自分の予習・復習が大事。でも、どうもそれができない。
で、3ヶ月で挫折。お金は半分、返してもらった。(このペースでは、20万でどっかに旅行した方がずーっと英語の勉強になりそうな気がして。)

で、そのお金で今度はバリに2週間。これは最高に楽しかった。
ただの旅も楽しいけれど、サーフトリップは、また格別だった。
「サーフィン」という共通の目的があるから、多少言葉が通じなくても、すぐ友達ができる。
新しい土地で新しい波に乗り、新しい友達ができる。こりゃ、楽しすぎる!!!

そのうち、海外にいる時間の方が、自分にとって、自然体でいられるように感じはじめた。
心が解放されて、なんの束縛もなく、しがらみもなく、ありのままの自分でいられる。

海外に住んでみたい・・・そんな気持ちが生まれ始めた。

でも、自分でも半信半疑。外国に住むなんてこと、私にできるんだろうか??

で、海外移住の実験?? で、モーリシャスに5週間程行く事にした。
もし、これで、沖縄が恋しくなったら、移住は無理だろう。
でも、もし、ものすごく快適だったら、本気で移住考えてみようかな〜。

と、なんか長くなりそうなので、続きは明日〜。  

Posted by Ruri at 11:21

2006年02月07日

突然の来客


☆臨時レストラン「Lakuen」

おととい、突然携帯が鳴った。
「T夫妻の友達のOと、申します。昨日からバリに来ているのだけれど、時間があればお逢いしたいので、できれば明日ロンボクに行きたいのですが・・・」という。
お〜。T夫妻の友達とあれば、大歓迎。が、はっきり行って、ロンボクには、な〜んにもない。一応、念を押してみた。「な〜んにもないですよ〜」「大丈夫。そういうの好きです。」

そんな訳で、昨日、静岡のステンド・グラス作家のOさんが、バリニーズの日本語上手なガイド・マデ君と一緒にここロンボクにやってきた。

初対面ではあったけれど、大好きなT夫妻の友達だし、同じガラス屋??だし・・・。ついでに、ひとまわり以上年上の女性とは思えない、斬新な??感覚で、とても楽しくおしゃべりしまくり、飲みまくった。

で、今日はグルプックでシュノーケリング。

実は、私、この数日前がロンボクでのシュノーケル初体験。
その日は、波がスーパー小さそうだったので、もし小さすぎたら・・と、最近ロンボクで買ったおもちゃのシュノーケルセットを持参でサーフィン。
やっぱり、小さすぎたので、30分くらいで、シュノーケルのポイントに移動。あんまり得意じゃないし、使うの数年ぶりだったから、ものすごく緊張したけど、久しぶりの海の中の風景?? に夢中になってしまった。

ロンボク在住7年のダイバー「ママハナ」さんが「もとサーファーで歳とともに、ダイビングに転向する人、結構多いですよ〜」とか言っていたけど、なんとなく解る気が、その時初めてした。

まぁ、多分、私はシュノーケルだけで、一生満足とは思うけど。(どうも機械に身を預けるのが、怖くて仕方ない。) でも、こ〜んな風にぷかぷか浮かびながら、海の中の世界をのぞくのはものすごく気持ちいいことに改めて気付いた。

ここ数日、ものすごくいい天気が続いて、透明度も抜群。「波もなく」穏やかで、絶好のシュノーケル日和。

キャプテン・マットは、せっせと魚釣り。私たちは、シュノーケルに疲れると、時々舟の浮き竹につかまって温泉気分??で、海水につかりながらおしゃべりしたり。これまた「Lakuen」的時間を満喫。

海から上がると、マネージャーのカリアディの奥さんが用意してくれた、ランチ・タイム。例の即席駐車場が今度は、即席レストランに早変わり。
ジュース(奥さんの名前)の料理が上手なのは、話には聞いていたけれど、その腕前は噂以上。特に今朝採れたてという魚の炭焼きは、ツナみたいであっさりと肉厚で超美味しかった。魚カレーも絶妙なスパイス加減に素晴らしい香り。
それから、デザートにでてきた、小さな緑豆としょうがをやし砂糖で煮たスープは、日本のおしるこみたい。



こりゃ、やみつきになりそう。

ほんの一泊だったけれど、Oさんすっかりロンボク気に入ってくれたみたい。またまたロンボク・ファンが一丁あがり〜ってな感じで、私も嬉しい。

ついでに、バンガローと私のおうちのステンド・グラスもオーダー。
完成したら、ぜひ、チェックにまた、来てもらわなくちゃ・・・ね。  

2006年02月05日

ツインorダブル??


☆私の車の車庫??が、最近土地をならすのに購入したトラクターにのっとられてしまったため、即席の駐車場をつくってもらいました。竹とヤシの葉でできたこれ。超かわいい!! でもいつまでもつかな〜???

第一期工事は、正面ビーチに面したバンガロー5棟。うち1棟は日本人シェフのおうちになる予定なので、4棟(4室)のみのオープン予定。
現在、このバンガローの図面の最終チェック段階。

自慢は幅5メートル長さ5メートルのダブル・ベランダ。半分は屋根付き、半分は屋根無し。
日差しの強い昼間は屋根の下で、ゆらゆらお昼ね。夜は満点の星の下でビールで乾杯。「Lakuen」的でしょ??

で、問題はベッド。

大きなクイーンサイズのベッドひとつにするか、小さいのふたつにするか。
まぁ、完成してから考えればいいことかもしれないけど、それによって、窓の位置とかデザインがちょっと変わってくる。

男二人とかのサーフトリップが結構多いから、ツイン(ベッドふたつ)の部屋を多めにしようかな〜とかいろいろ考えていた。
で、バリの旅行会社に勤める友達に、ちょっと相談してみた。

そしたらびっくり。彼女が言うには、カップルだと思ってダブルを用意したら、お客さんから苦情がきて、ツインに変えたことがしょっちゅうあるらしい。
新婚さん以外は、ベッド別々希望者が多いという。
へ〜。びっくり〜。
「家でもベッド別々派が日本では主流みたい」という。
え〜。そうなんですか〜??

日本にいる時は、そんなに他人のベッドルームにおじゃますることなんてなかったし、布団派が多かったようで、ご夫婦で一緒に寝てるかどうかは、よくわかんなかった。っていうか、普通はあんまりそういうの意識しないですよね。

オーストラリアでは、結構みんなオープンで、お友達の家におじゃますると、たいていおうち見学ツアーになって、各部屋見せてもらったりした。で、当然寝室には、巨大なベッドが部屋の中央に鎮座していた。

オーストラリアでも人気のアメリカのコメディー「Everybody Loves Raymond」では、主人公の Ray と奥さんがベッドで一日の話とかをするシーンがいっぱいで、なんていうか、ベッドひとつは、カップルの象徴みたいな印象があった。

前出の彼女によると、最近バリのホテルでは、「ハリウッド・ベッド」と呼ばれるタイプが人気らしい。これは、ひとつの巨大なベッド??の上にマットが置かれていて、一緒に寝たい時は、くっつけて、別々の時は離して使えるようになっているという。
ん〜。

で、今考えているのは、キッチン付きのワンルームのリビング兼寝室部分の床を30センチくらい高めにして、ベッドではなく、マットを直接床に置くタイプ。これだと勝手にくっつけたり離したりできる。テレビとかも床に寝っころがって見れし、レイアウトも客が自由に変えられそう。
最近、西洋人にもこんな和式の部屋が人気あるようで、小さなちゃぶ台でもおいたら可愛いかもしれない。

椅子に座りたいときには、ベランダがあるし・・・今のとこ、この案で進行中。

それにしても・・・日本の夫婦は、ベッド別派が主流ってホント??
でも、布団だったら、ダブル布団とか聞かないし・・・やっぱ、「ハリウッド」タイプが主流なのかもな〜。  

2006年02月04日

ニコニコ病


☆寝室の出窓からの眺め。なんて平和な風景。現場監督のカリアディが、この出窓をベッドにしたら〜って言ってました。ん〜いいかも〜。

最近、どうも私はやたらとニコニコしている。
ちょっとヤバいくらいに、1人でニコニコしちゃってることもある。
きのこもはっぱもやらないので、かなりのナチュラル・ハイ状態かも?? (あんまり関係ないかもしれないけど、○ブンスター大好きの愛煙家だったけど、沖縄出るちょっと前にきっぱりやめて、今はかなりの嫌煙家である。)

で、これって、ローカルのせいなんじゃないかと思う。

何しろ、この辺りのローカルは、み〜んな笑顔がかわいくって、いっつもニコニコニコニコしてる。浅黒い肌に白い歯がニヤッとホントにかわいい。
グルプックのローカルなんかは、老若男女いつも家の前とかにたむろしていて、私が車で通ると、「ハローボス!!」とかいって、ニコニコ手を振る。私もつられて、紀子様みたいに?? ニコニコと手を振りかえす。

最近ポッキーを、いつもグルプックに連れて行ってるのだけれど、助手席の窓から顔を出してる彼を見て、み〜んなが、「きゃ〜」とか「わ〜」とか、これまた大受けして、手を振りまくるのだ。

何しろ犬には触らないムスリムの人々。車に乗った犬なんて、皿回しの猿より珍しいみたい。

実は、初めはグルプックのローカルがちょっと怖かった。というか、ものすごく緊張していた。たった3回ののべ8日足らずのロンボク滞在で、土地の購入を決めてしまったため、まわりの状況がよくわかってない。
きっと、みんなもいきなりやってきた日本人って感じで、お互い様子を見合っていたような気がする。

もともと、人の名前とか顔とか覚えるのが、超苦手な私。
それでなくても、似通った顔立ちの多いローカルの顔なんてなかなか覚えられなかったし、み〜んな同じに見えた。

でも、焦らずにゆっくりゆっくり、なじんでいこうと思い、あえて名前もわざわざ聞かず、仲良くなっていった子達から、ゆっくり顔と名前を覚えていくようにした。

グルプックに通い出して約半年。名前まではまだ覚えきれてないけど、みんなの顔はだいぶ判別できるようになった。
グルプックでの自分の表情がだんだんと柔らかくなってきたように思う。
それと合わせて、ローカルの私に対する笑顔も優しくなってきたのを感じる。
そして、ここが自分のホームになっていくんだな〜って実感しはじめている。

今までは、自分が思う以上の早さでいろんなことが進んできちゃって、自分の感覚がついていけないでいたけど。
だんだんと実感として、グルプックの住民になることを自覚し始めた今日この頃。
なんて言うか、嫁入り前みたい?? な覚悟??

私の家の壁がほぼできあがり、来週からはいよいよ屋根にとりかかれそう。
棟梁の話では、完成は3月中旬。
今は、一日も早く引っ越ししたくて、うずうずしてます。  

Posted by Ruri at 17:54ロンボク

2006年02月03日

ミミズ姫の伝説


☆クタとグルプックの間の橋の工事で、もう2ヶ月くらい仮設の橋を使っているのだけれど・・・。大潮と大雨で、水没してる仮設橋。やれやれ、橋の完成は一体いつ?? 当初の噂では1ヶ月なんて言われていたけど、現状から見るとあと半年はかかりそう。

マネージャーのカリアディが、今月18、19日はたくさんのロンボク人が、グルプック・エリアにやってくるから、「Lakuen」の入り口とかに電球をつけなくちゃいけない・・・と言う。

なんで〜っていうと、年に1度のならわしだ・・という。
その風習「バウ・ニャレ」とは・・・。

昔々、南ロンボクの海辺の村にそれはそれは美しい、姫がおったそうな。
他村の王様の3人の息子は、この美しい姫と結婚したがったのだが、心の優しい姫は、3人の中から1人を選ぶことができない。「私がこの中の誰か1人と結婚したら、他の2人が戦いをはじめるはず・・・そんなのいやだわ〜。」

そこで姫は、この3人を自分の村に呼び、3人で仲良く、楽しいひとときを過ごした。そして、朝の5時。大潮の干潮時間に、こう叫んだのだった。
「私には、誰か1人を選ぶことは、できませぬ。姿を変えて、再びあなた方の前に現れます。」
そして、海に飛び込んでしまったという。

あわてた3人は、姫の後を追い海の中に手を伸ばすと、そこには、色とりどりの「ミミズ(のようなもの)」が湧いてきたという。

それ以来、毎年この時期の大潮の干潮に合わせて、ロンボク中の人が、南ロンボクの海辺に集まり、テントを張って、一晩を過ごし、朝5時の干潮時に、リーフに向かいこの姫の生まれ変わりの「ミミズ(のようなもの)」を捕まえ食すという。

姫の名は「マンダリカ」。この「ミミズ(のようなもの)」の名前は、「プトゥリー(インドネシア語で姫)・マンダリカ・ニャレ(ミミズのような虫)」といい、この日を「バウ(ササック-ロンボク-語で"とる")・ニャレ」と呼ぶ。

で、カリアディが言うには、この長さ2センチから長いもので15センチくらいの、赤・白・黄色・青とカラフルな「ニャレ」は、1年でこの「バウ・ニャリー」の日にしか採れないという。で、この日に限って、南ロンボクのしかも、グルプックの周囲10キロ以内のリーフのみで、この「プトゥリー・マンダリカ・ニャレ」が湧いてくるという。
ホントかな〜。

で、これをバナナの葉っぱにくるんで焼いて食べるとものすごく美味しいんだって。これまたホントかな〜。

ちょっと楽しみなこの「バウ・ニャレ」
今月19日のブログで結果報告の予定で〜す。  

Posted by Ruri at 20:29ロンボク

2006年02月02日

密輸入リスト??


☆帰りは楽々、スーツケース一個。それにしても・・・こうして写真で見ると私異常に黒いな〜。やば〜。

ロングボーダーのあきちゃんは、今回、ローカルの友達の板を借りる事にしていて、板無しでの渡ロンボク。
ここぞとばかり「○天市場」で買い物しまくり、彼女に「運び屋??」になってもらった。

なんといっても、目玉は、「餅つきホームベーカリー」。ネットでサイズを見たときは、もしかしたら、スーツケースに入るかも〜なんて甘い期待。
が、現物を受け取った彼女からのメールは、「想像を絶するサイズで持っていけそうにないよ〜。送ろうかな〜。」
え〜。こんなの送ったら送料が現物より高くなりそう〜。なんとしてでも、持ってきて欲しい。そういゃぁ、「楽々海外旅行」とかって、空港宅配サービスがあったような・・・。で、さっそくネットで、検索。あったあった。良かった〜。さすが、日本。サービス行き届いてる!!!

そんな訳で、ロンボクの空港にあきちゃんを迎えにいくと、いゃ〜ホント、思ったより数倍でかい。こ〜んなの目の前にしたら、途方にくれちゃうよな〜。
いくら宅配使ったとしても、はるばる日本からこんなの運んできてくれて、ホントにありがとう。

ちなみに、前出のロンボク在住7年のきょうこさんも、日本のお友達にホームベーカリーお願いしたんだって。でも、注文するとき、一番小さいサイズを探してオーダーしたらしい。エラい!! 私なんか、「餅つき機能付き」ってだけで、飛びついちゃったもんな〜。

で、その他あきちゃんに運んでもらったものはというと・・・。

絹の腹巻きと靴下・これ、最高。サーフィンはじめてすぐに腰痛やっちゃった私は、こんな南国に住んでいながら腹巻きはかかせない生活必需品。

納豆菌・以前、わらから納豆作りに挑戦したことあって、半分成功したんだけど、かなり面倒だったので、今回はお手軽納豆菌を入手。これで、毎朝納豆ご飯??

白神こだま酵母ドライ・以前NHK BS で、この天然酵母の特集を見て、いつか使ってみたいな〜って思っていたら、通販で買えた。びっくり。ついでに、これ専用のレシピ本までオーダー。

料理用デジタルタイマー&温度計・実はこれ、オーストラリアでも探したけど、見つかんなかった。もちろん、インドネシアでもない。こういうありそうでなさそうな便利物って日本製品に多いですよね〜。

中○式快癒器・背中とか首のつぼ押し器。これ、沖縄の時愛用してたんだけど、ものすごく気持ちいい。こ〜んなのまで通販で買えるとは・・・。

タイドグラフ付き腕時計・オーストラリアで買ったやつが、電池切れ。電池交換は、オーストラリアのメーカーに送らなくちゃいけないらしい。不便だな〜。そんな訳で今回は、日本製をオーダー。それにしても取り扱い説明書の難しいこと。私は早々にギブアップ。あきちゃんがなんとか基本的なこと合わせてくれたけど。オーストラリアの英語の説明書の方がず〜っと解りやすいくらいだった。機能付き過ぎ〜って感じ。でも、タイドグラフが入手できないロンボクでは、これまた必需品。

セ○クスワックス10個・なんとワックス10個で1600円。これは、超お得。ロンボクでもワックス買えるけど、ここの水には、これが一番。これまたあきちゃん、重くてかわいそ〜と思いつつ、やっぱ、オーダーしちゃいました。これで1年はオッケー。いままでけちけち使ってたんだよな〜。

その他みそとか、乾燥わかめとか、もろもろの食料品。

ホント、こ〜んなにいっぱい、運んできてくれてありがと〜。

ちなみに、あきちゃんのお土産は、鳥取の「干し芋焼酎」に「乾燥貝柱」。いかにも酒飲み?? さすが私のお友達です。  

Posted by Ruri at 13:05その他いろいろ

2006年02月01日

お友達の輪!!


☆ロンボク情報満載の「ブルンベ・ロンボク」ダイビング情報もいっぱいです。

先日、遊びに来ていたあきちゃんと、サーフィン終わって舟でグルプックの舟乗り場に帰ってきた時、二人の日本人が岸に立ってこっちを向いて微笑みながら、頭を下げていた。
私たちのまわりを見渡しても、他に人はいないので、どうやら私たちを迎えているようだ。
でも、全く身に覚え?? がない。
しかも、ものすごくこぎれいな恰好をしている。(この段階でまず、私の友達ではなさそう。)

グルプックで逢う日本人は、みんなTシャツにボードショーツといった出で立ちのサーファーのみ。
最近、私が土地を買ったこととかを聞きつけて、たまぁに、話を聞かせて下さい・・・と誰かが尋ねてきたりすることがある。
なので、そ〜んな感じで、東京あたりから、取材かなんかが来たのかな〜って感じだった。
だってどうみても、街の人って感じ。

が、なんと彼女はロンボク居住7年のしかも3人のお子さんのお母さん。びっくり〜。私より年上とは思えないくらい若々しい。
彼女の旦那さん(ローカル)はダイバーで、きょうこさんはダイビング移住。
以前、ロンボク関係のサイトをチェックしていた時に、きょうこさんが管理する「ブルンベ・ロンボク」にたどり着き、メールでご挨拶をしたことがあった。
で、いつか機会があったら、お逢いしたいな〜と思っていたところ。
おつれの男性は、ジャカルタで日本語情報誌「さらさ」を発行している会社にお勤めで、取材がてら・・・という。

どうやら、きょうこさん、私のこのつたないブログを読んでいてくれてるそうで、なんだか超照れくさかった。真実??を書いてはいるけど、かなり独断と偏見ばっかで、いっぱい間違ったこと、書いてるかもしれない。
まぁ、でも、ビギナーってことで、多めにみてくださ〜い。

てな訳で、グルプックは初めて・・・という彼女もすでにいろいろ私のブログで情報入手済み?? ああ、これが、噂の〜ってな感じで、初対面にもかかわらず、異常な??盛り上がり。

私は、初の日本人女性ロンボク居住者のお友達ができて、超ハッピー。
ロンボクの西と南で、ちょっと遠いけど、いろいろ情報交換しながら、もっともっと、ロンボクを盛り上げていけたらいいですね〜ってな感じで、とても楽しいお友達の輪になりそう。

この「ブルンベ・ロンボク」は、お役立ち情報満載。特に観光情報の「はてな・インドネシア」コーナーは、在住半年の私にとっても、へ〜そうだったんだ〜ってびっくり・面白記事がいっぱい。

それから、昨日は、以前ブログにも書いた、私のお気に入りの山の上の喫茶店のオージーのオーナーが、たまたま、サーフィンあがりにうちの土地に寄ってくれて、初めてちゃんとごあいさつ。お友達になりたいな〜って思っていたので、これまた、ハッピー。

「すっごくステキな建物と雰囲気で、あなたの喫茶店は、私のお気に入りです」って言ったら、きっとここも、素敵なところになるよって、褒めてもらえて、超嬉しかった。

沖縄の時は、こ〜んな風に、どんどんどんどん楽しいお友達の輪が増えていって、ホントに楽しかったのだけれど、オーストラリアでは残念ながら、それがなかった。
でも、ここロンボクでは、こ〜んな感じで、楽しいおつきあいがゆっくりゆっくり広がってきている。だから、ああ、私はここにいて、いいんだな〜って思ったりする。
いくらひとりでがんばってもできないことは、いっぱいあるけど、み〜んなで、盛り上がったら、なんでもできちゃいそう。

みなさ〜ん、これからのロンボクに乞うご期待!!!  

Posted by Ruri at 17:40ロンボク