2005年12月31日
大晦日ですねぇ〜

Outside Point
今年最後のサーフィンは、アウトサイド・ポイント。始めオフショアが強かったけど、雨がちょっと降ってそのあと、面つる。サイズは肩・頭とちょっと小さめ。日本人と欧米人とで20名くらい。
どうも、このポイント、苦手なんだよなぁ。なので、今日は4本しか乗れなかった。いつもだったら、かなりフラストレーションたまりそうだけど、なんだか、今年最後のサーフィンと思ったら、それはそれで、満足だった。
今年は、津波復旧で年が明け、津波後初・今年初サーフィンは1月3日、ヒッカドゥアのメインポイントだった。
津波後、全てを拒否しているかのような海が、一週間を過ぎた頃から穏やかなもとの姿に戻りつつあった。そして、その頃から、サーファーが海に戻り始めた。
今でも今年初の「ひとかきめ」を覚えてる。体中が震えた。津波後初めて、「ああ、生きてて良かった」って心から感じた瞬間だった。
パドルのひとかきごとに、心も体も解放されて、ものすごいエネルギーがわき上がってくるのを感じた。嬉しくて嬉しくて、自然と涙が溢れてきた。
その時、そこにいたサーファーみんなが同じ気持ちだった。ヨーロピアンなどの長期滞在型のツーリストは、津波後一時、内陸部に避難していたが、その頃からまた、ヒッカドゥアに戻ってきはじめた。また、復旧作業の息抜きに、ローカル達も海に戻ってきた。
みんな海の上で、お互いの無事を喜び、再会を喜び、そして、再び海に戻れたことを喜んだ。
海の上から見える景色は、すっかりかわってしまっていたけれど、それでも、みんなの心は強く、新しいヒッカドゥアの発展に意欲をみせていた。
今年、私にとってたくさんのことが起こった一年だった。
2月までヒッカドゥアで家族のようにローカルと暮らしたが、引っ越し準備などのため、泣く泣くバリ経由でオーストラリアに帰国。4月に4年間住んだオーストラリアを引き払い、バリに引っ越し。そして8月、今度はロンボクへの引っ越し。いろんな国で、いろんな波に乗り、いろんな出逢いがあった。
大きな怪我なく、一年間楽しく波に乗れた事。
サーフィンを通じてたくさんの出逢いがあり、そして、今につながっていること。
全ての始まりは、やっぱりサーフィン・・・なのである。
偉大なる母なる海に感謝。今年も一年間、本当にありがとう。
さてさて、今年はパラボラアンテナがついて、NHK BS が見れるようになったので、15年ぶりくらいに「紅白歌合戦」なぞ見てみようかな。出場歌手名は、半分以上解らなかった。で、とっておきの日本そばを茹でて、「ゆく年来る年」なんかを見ながら思いっきり日本の大晦日に挑戦予定。
みなさま美味しい大晦日を!!!
2005年12月30日
その後の進行状況

着工から約1ヶ月。で、状況は・・っていうと、上の写真。
高床の柱が完成して、建物の土台の枠になるセメント部分を固めている状態。
んー。日本だったらここまでで10日くらいって気もするけど。
セメントこねるのも手作業だし、小さなバケツで一杯ずつ、せっせと運んで、これらの基礎をわずか5、6人でつくっているのだから、まぁ、こんなもんかなぁ。
それにしても・・・かなりやばい。何がやばいって、うちからの風景。
だいぶ固まったこの柱の基礎の上に今日、上がってみた。
地面から2.2mの高さ。これだけ高いと目に入る景色の雰囲気ががらりと変わる。
我が家の左側は天然の無人のビーチで、その奥にはマングローブの河口が広がっている。東・右正面は、カメ・インサイドのポイントが見渡せ、西・左正面から後ろには、美しいビーチとマングローブの林、そして、ココナッツ林。
しーんと時間が止まったような、桃源郷のようななんともいえない穏やかな景色がひろがっていた。
んー。かなりやばい。こーんなとこに住んだら、脳の機能が停滞して、体から根っこが生えてきて、そのまま、木になっちゃいそう。
なんていうか、ものすごい絶景って訳ではないし、そんなに綺麗かっていうと、別にそうでもない。でも、なんだか、心が落ち着くっていうか、平和な気持ちになるっていうか・・・。
土地から湧いてくるとてもとてもよい「気」があるような感じ。
この「気」が私だけじゃなくって、ここを訪れた人にも感じられるものだったらいいなぁ。
さてさて、いよいよ今年もあと二日。みんな仕事納め??
私はまだまだ、納められてませ〜ん。
Posted by Ruri at
18:46
│ゲストハウスの進行状況
2005年12月29日
ホントに美味しい!!

☆これ、なんだかわかる〜??
実はずっと前から養蜂所を探していた。グルプックの特産品の一つにぜひ手作りキャンドルを加えたいと思っていたから。
福岡の友人は、とてもおいしそうな??キャンドルをつくっている。いずれ、講師として来てもらう予定なのだけれど。
で、彼女がキャンドルの原料の蜜蝋が手に入ったら・・と言っていたのだ。
それと合わせて、個人的にも蜂蜜の大ファンである。
オーストラリアに住んでいた頃、近所の日本人の友達のオージーの旦那さんが養蜂をやっていた。で、名前を忘れてしまったのだけれど、オーストラリアの海岸沿いにいっぱい咲いている花の蜂蜜が、ものすごい効果を持っていて、彼はその蜂蜜の販売に力を入れていた。
この蜂蜜、味はかなりいまいち。なんか独特のくせのある味がして、あんまり美味しくない。でも効果はすごい。風邪の初期症状の時になめると、たちまち治る。吹き出物などにも良く効いた。抗生物質みたいな効果があるという。でも、残念なことに、この花が咲き乱れていたツイードコーストの海岸線は、巨大なリゾート施設の建設で見る影もなくなり、この花もほぼ絶滅。
彼は「もうこのハニーは採れなくなるよ。」と嘆いていた。実はこのリゾートの建設が、私の心がツイードから離れた一つの要因にもなったのだった。
で、話をロンボクに戻す。
毎日毎日、クタからグルプックに通う道の途中に「なんだろーこれ」ってのがあった。鳥の巣かなぁ?? って感じ。
で、そこに建ってる家の入り口に「MADU ASLI」って看板が立っている。
MADU って、何かなぁ?? 鳥のことかなぁ???
そう、このMADU こそ、蜂蜜。ASLI ってのは、本物・100%みたいな意味。
結構びっくりした。ずっと探していたものが、なんと目の前にあったのだ。
で、さっそく友人にここに連れて行ってもらって、養蜂家??のお話を聞きながら、最後の1瓶を購入(約300円)。これ、ファンタの空き瓶にヤシの木でつくったコルクのようなふたがはまっているだけ。なんて原始的。

この蜂箱。ヤシの木をくりぬいただけ。ふたは発砲スチロール。この蜂箱1つで、月に1回ファンタの瓶くらいの蜂蜜が採れるらしい。
以前、テレビで回転式の機械にかけて蜜を選り分けるのを見た事あったので、そういう機械があったら見せて・・と聞いたら、そんなのないよ。手で蜂の巣を絞って蜜を採るんだよ・・・だって。これまた、原始的。
次回の蜜絞りの時、見学させてもらう約束をした。ついでに大瓶2つも予約。
超楽しみ!!
で、この手絞りハニー、ホントに美味しい。沖縄にいる頃、おーしったいの友人がせんだんの花の100%蜂蜜をつくっていて、それもものすごく美味しかったけど。
このロンボク・ハニーはもっと濃厚で南国テイスト。一体なんの蜜??って、まわりにあんまり花のない環境に???だったのだが、なんと、ヤシの花の蜜なんだって。どうりで南国テイスト。こってり甘みが違う。
ここは問屋さんでみんなここから蜂蜜を買っていって、それを薄めて砂糖を混ぜて市販してるらしい。どうりでよそで買った蜂蜜はあんまり美味しくなかった訳。
「Lakuen」が完成したら、もちろんこの蜂蜜も販売予定。混ぜっこなしでね。
2005年12月28日
メッカにお参り

☆カリアディの双子の娘、右と左。結婚式のお祝いでお化粧してチャンテック。でも、カメラ向けたら超緊張。しかめっつらになっちゃった。
設計士のおじさんが、今日からメッカにお参りに行くという(2週間)。何やら今が、お参りの時期らしい。
外国に行くのに、ビザを取るのがものすごく難しいインドネシア人。
ビザは大丈夫なのか??と聞いたら、ちゃんと政府で手配してくれるらしい。イスラムの国同士だし、目的がお参り(インドネシア語でナイク・ハジ)なので、普通の観光とかとは扱いが全然別だという。
ちなみに、いくらかかるのって聞いたら、「40ミリオン!!!」
うぁお!! である。日本円で40万円以上。
「それだけあったら、日本に4回行けるよ!!!」と思わず叫んでしまった。
「年収」10ミリオンくらいのローカルにはとてつもない金額。おじさん、お金持ちなんだねぇ・・・って感じ。
ちなみに、このナイク・ハジに行った人は、ハジと呼ばれ、帰国後尊敬されるとか。そりゃ、40ミリオンもかけて、晴れてお参りに行けた人は、特別な人だよなぁ。
でも、カリアディなんかは、気持ちが大事と言っていた。大金はたいて、メッカに行きゃいいってもんでもないし。地元で地元の人達とうまく関わり合いながら、助け合って生きていくのが一番大事とも。
私は、基本的には無宗教。神さまよりも、天や地、自然の力を強く信じている。
何かに依存するのが好きではないので、日本の新興宗教などは、かなりいただけない。
でも、ここロンボクで、生活の一部として存在しているイスラム教には違和感はない。
先進国とか後進国とかいう言葉は好きではないけど、でも、教育や経済・生活環境などが、まだまだ一定のレベルに達していない環境では、宗教が人々に秩序や教育を与えていることは、切に感じる。
そして、人々に「宗教」が必要であることも理解できる。
基本的に、宗教の教えって、道徳・モラル、人としての生き方のようなもの。どうして、そういう「正しい教え」から、テロや戦争が始まっていくのか、納得できないとこもあるけど。
まぁ、とにかく。悪評高い??イスラム教ではあるけれど、少なくともここロンボクのムスリム(イスラム教徒)は、みんな礼儀正しく、穏やかで、そしてとてもとても謙虚。50年くらい前の日本人みたい。
そういう平和な雰囲気が、ロンボク・リピーターを次々と生み出しているんだろうな。
年末年始のお休みに入って、どどっと日本人人口が増えたここクタ・エリア。
みんな、楽しいホリデーが過ごせるといいですねぇ。
2005年12月27日
リーシュの違いにびっくり!!

☆このわずかな違いが、大きなスピードの違いを生むサーフィンの奥深さ??
以前、スリランカの友達に、「こんなに太いリーシュじゃ、ここじゃ、全然だめだよ!!こんなの見た事ないよ!!」と言われた。
彼のリーシュを見ると、私のリーシュの半分くらいの太さ。
オーストラリアにいる時、空いてて小さい波の時は、たまぁにノーリーシュで入っていた。リーシュの有無でスピードがかなり変わる事は体感していた。
でも、オーストラリで普通に売ってるリーシュはみんな私と同じタイプのもの。そんなに細いリーシュなんてあんまり見た事なかった。
ロンボクに住み始めて、日本人やローカルのリーシュをチェックしてみると、やっぱり、みんな細いリーシュ。
そっかぁ。
オーストラリアは、カレントが強く波もパワーがある為、細いリーシュではすぐ切れてしまうので、太めのリーシュが主流。その点、日本やスリランカ、ロンボクなど、波にそれほどパワーのないところでは、細めのリーシュが使われているようだ。
で、さっそくロンボク唯一のサーフショップで細いリーシュを購入、入水。
すごい!! びっくり!! こんなに違うなんて!!!! 一本乗って、その違いが歴然。
びっくりした。体感スピードが倍くらい違う。正直、こんなに違うとは思わなかった。なんだか、板まで違うみたいな乗り心地に、すっかり魅了されてしまった。もっと早く、変えてれば良かったなぁ。
雨期に入って、スエルの向きが少し変わった。いつもはメローなグルプック・インサイドも、たまに、ものすごくパワフルで、ぐりぐりに巻いてくる日がある。これにもびっくり。同じポイントで、季節によって、こんなに波質が変わるなんて!!!
年末年始のお休みで日本人サーファーがここ数日で、どどっと増えた。
これから3月までは、卒業旅行などもあって、日本人客がメインになるらしい。
でも、日本人サーファーは、基本的には、みんなマナーがいいので、ローカルにも好評(リピーターはお土産も持ってきてくれるし???)。その点、がつがつしたオージーやブラジリアンが増殖すると、海の中は途端に雰囲気悪くなるので、結構みんなに嫌われている。
まぁ、せっかく海外にサーフィンしにきて、海の中「みーんな日本人」だったりしたら、興醒めしちゃうかもしれないけどね。
でも、雨期は、乾期よりポイント数も増えるし、波のサイズこそ乾期よりは小さめだけれど、レパートリーも増えて、そんなに暑くもない。ボードショーツで一日中思いっきり、サーフィンできる「楽園ロンボク」へ、みんな遊びに来てねぇ。
PS まだ、途中だけど、「Lakuen」のサイトアップしました。
2005年12月26日
あの日から今日で一年!!

Sana @ Main Point in Hikkaduwa
去年の今日、現地時間10時30分頃、あのインド洋大津波の第一波がスリランカ・ヒッカドゥアを直撃した。その場に居合わせた私にとって、多分一生忘れられない出来事。たいがいのことには動じないくらい、かなりたくましく育ってきたけれど、あの時の動揺やせまられる数々の決断に、価値観や人生観が大きく変わった出来事となった。
その後ヒッカドゥアで過ごした5週間は、私にとって、今も心の中で宝石のように輝いているスペシャルな時間。
被災後の混沌とした雰囲気の中。言葉もよく通じない未知の国で真っ先に不安になったのは、全てを失った人達による犯罪だった。しかし、そのような犯罪はほとんど起こらず、みんなで助け合い、協力しあって復旧に全力を尽くしていた。自分たちも被害にあったのに、より被害の大きかった人達を最優先に協力しあう姿。ヒッカドゥアのローカルサーファー達はいちはやく、さらに被害の大きかった東海岸に水や食料などの供給に向かったりもしていた。
正直言って、あの時のスリランカ人の働き様にはかなりびっくりした。
普段はメニューのオーダーさえかなり怪しい??いい加減??なくらい労働意欲に乏しい??人達。(ごめんねぇ。悪気はないんだけど・・・ホテルの部屋の掃除とかも3日に1回とかだったし・・・。まぁ、良く言えばのんびり・・・とも???)
被災後10日でかなりの数のホテルやレストランが再オープンした。みんな日の出から日没まで、毎日毎日がれきの山の後片付けに、一生懸命がんばっていた。
私も、お世話になっていたホテルの復旧にかなりがんばった。
まさか、スリランカでドカタするとは思わなかったけど。
でも、お陰でみんなと一緒にローカル・カレーが毎日食べれてかなり嬉しかった。ホントに美味しかったんだよなぁ。家庭のカレー。毎日3食カレーでも飽きなかったんだよなぁ。
今日は Boxing Day。オーストラリアでは昨日のクリスマスに引き続き祝日。ボクシング・デイ?? 聞き慣れない言葉だけれど、何やらクリスマスに大忙しだった郵便屋さんなどにご褒美と休息を与える日らしい。
いっぱいがんばったスリランカやその他の被災地の人々が、穏やかな気持ちでこの日を迎え、そして明るい未来を思える日であって欲しいと心から祈ります。
で、そういった被災地の人達への一番の支援は、観光客としてそこを訪れ外貨を落とすこと。なので、日本のみなさん、特にサーファーのみなさん。ヒッカドゥアは、今がベストシーズン。クリスタル・クリアーで熱帯魚がうじゃうじゃ泳いでるのが波に乗りながら丸見えなスーパーAフレームの波とクールなローカルがみなさまを手ぐすねひいて??待ってますので、よろしく〜〜〜。
2005年12月25日
いつ届くかな??

☆プラヤ郵便局。奥の黄色い封筒が私の郵便物。おじさんちょっとへんな顔に写っちゃったけど、ロンボク伝統工芸バティックのシャツがおしゃれ。
おととい、郵便局へ行った。
お友達や取引先に「Lakuen」オリジナルポストカードとステッカーをクリスマス・カード(遅すぎ〜)と年賀状代わりに発送。グルプックキャンペーンにご応募いただいた方の分もあわせて。
で、これ、国際速達??(日本まで7日くらい)で、一通300円くらい・・という。そんなの高いよ!! 高すぎるよぉ。ディスカウントしてよぉ!! とごねてみた。全部で100通くらい。かなりの金額になる。
で、普通のエアメール(日本まで10日くらい)だと、180円くらいという。それでもしつこく、ディスカウント!!ディスカウント!!とわめいたら、普通便の料金で速達便にしてくれる・・・という。
ついでに、イギリスとかスリランカとか、ちょっと高めの料金のとこも日本と同じ料金にしてくれる・・・とも。
これ以上ごねてもかわいそうなので、それでオッケーとした。
まぁ、郵便局でディスカウントを申し出る私も私だけれど、それに応じてくれるとこも、なかなかロンボク的だよなぁ。
という訳で、23日発送の年賀状。上手くいけばちょうど元旦くらいに届くかな。
何やら来年は戌年らしいし・・・ポッキー入り??の「Lakuen」カードはそれなりに年賀状みたい??
それにしてもインドネシアは郵便料金が日本並み。
ローカルには高すぎるよなぁ。
その点、オーストラリアはものすごく安かった。
おおざっぱな国らしく、ハガキも封書も値段一緒だったし、日本までなら80円くらいとまるで日本の国内なみの料金。
しかも、クリスマス前1ヶ月からシーズン特別料金になって、もっと下がる。
日本の年賀状みたいにクリスマスカードを送るのがオージーの習慣のため、安くなるのだ。いいシステムだよなぁ。
さてさて、クリスマスの今日。からりと晴れた暑いロンボク。恒例の日曜朝市でごうややさといももどきを購入。リハビリのためにプールでひたすら平泳ぎ。
波もなさそうなので、これからLakuen のウェッブサイトの作製・・・となんだか地味な一日になりそう。
でも、ここロンボクはイスラムの国で、まわりには全くクリスマスの雰囲気ないし、唯一見たリゾートホテルのクリスマスディスプレイもなんだか場違いな感じ。(あ、でも切手はクリスマスデザインだった。ちょっとびっくり。)
オーストラリアのクリスマスは、この日からみんな夏休みに入るため、盆と正月が一緒にきたような騒ぎで、明るくて華やかで大好きだったけど。
日本にいる時は、あんまりクリスマスって好きではなかったので、カラ騒ぎをしないここロンボクの平静さが私には心地いいかも・・・です。
では、では、楽しくて美味しいクリスマスを!!
Selamat Christmas!!
(Selamat というのは、インドネシア語でおめでとうとかよい○○を・・・みたいな祝辞??の言葉。Good morning は、Selamat Pagi “Pagi=Morning” てな感じ。)
2005年12月24日
もしくは驚異の漢方パワー!!??

おととい、ノニのことを書いたけれど、実は同じ日から、写真の「通血丸」という漢方も飲み始めたので、どっちが効いてるのか、実のところ解らない。
ローカルの友人に日本から漢方薬を取り寄せようと思っている・・・と話したら、「マタラムにも中国人がやってる薬屋がある」という。ものは試し・・・と友達を空港に送ったあと、行ってみた。
想像していた日本の漢方屋と違って普通の薬屋。売ってる漢方もすでに調合された大量工場製品。ん〜どうかなぁ??
日本の漢方屋みたいに葉っぱがずらりと並んで、店中漢方の香りがしてたりする方が説得力??がある。
友人の通訳と、漢字での筆談で症状を説明。すかさず出してきたのがこの通血丸。80粒入り300円弱とかなり安い。(日本の漢方高いですよねぇ〜)
何日くらいで効き目があらわれるものですかねぇ〜と聞くと、「効く・絶対治るという本人の意志が60%」と力説されてしまった。ふぅ〜ん。それってこの漢方はそんなに効かないってことかなぁ〜。
まぁ、値段も安いので・・・といっても、1日3回食後5粒だから1箱5日分強。ついでにすすめられたコラーゲンのサプリメントと合わせて1ヶ月分5000円くらい。インドネシアの物価からしたらかなり高価だけれど、でも日本から取り寄せた場合の1/4。「これは絶対効く」と信じるのが安上がり??
で、実はこのマタラムの帰りに生ノニをゲットしたので、「ダブル服用」となったのでした。
ついでにこの漢方の先生??「平泳ぎが一番の治療」とも言っていた。なのでせっせと海やプールで泳いでます。泳いだ後は調子もかなりいい。気持ちが大切とか、泳げ・・・とか、基本的に薬に頼らないことをきちんと告げるこの先生、結構信頼できるかも。
治療??開始3日目。かなり調子もよくなって、ついでにいろんな発見もあって、雨期なのに久しぶりにカラリと晴れて、嬉しい楽しいクリスマス・イブです。
さぁてこれから4日ぶりのサーフィンだぁ。(関節痛のために休んでた訳ではなくって、波がずーっとなかったのです。)
Merry Merry Christmas!!
2005年12月22日
驚異のノニパワー!!

1ヶ月くらい前に「踏み台の上り下り」のような下半身強化の筋トレをやった。
その後右股関節の痛みを感じたのだが筋肉痛と思いそのままにしていた。が、数日たっても痛みはおさまらず、ひどくなるばかり。
歩いたり動いたりする分には痛みは薄れるのだが、寝起きや椅子に座っていたりすると痛みが増す。
インターネットで調べてみると、どうやら股関節症のよう。
関節痛は、老化現象のひとつで40代くらいからはじまる・・・とか。あーあ、老化現象かぁ。泣けるなぁ。
レントゲン写真を撮ってみたが、目立った異常はみられなかった。
治療法などネットで見ても消炎鎮痛剤を飲むとか、関節の負担を減らすために体重を減らすとか、いまいちな内容。最悪は手術しか治す方法はない・・・とか書いてあって、気持ちが暗くなるばかり。
いろいろ調べているうちに、漢方で血の巡りを良くしたりするとかなり改善されると解り、通販で買える漢方を注文しようと思いはじめていた。
メール診断の結果、2種類の漢方1ヶ月分・日本の住所への送料込みで約17000円。これを友達にロンボクまで転送してもらうとなると、総額2万円強。かなりの金額だけど、これで治るのなら・・・という気になっていた。痛みもひどくなり朝などはかなり辛く、症状は悪化していくばかり。こーんな田舎で病気になることほど、心細いものはない。
ところで以前沖縄にいる頃(6年くらい前)、友人の勧めでタヒチアン・ノニ・ジュースを飲んでいたことがある。1リットルで1万円となかなか高価ではあったけれど「生理痛に効く」と言われものは試しに2ヶ月くらい飲んでみた。当時かなりひどい生理痛があり、鎮痛剤のお世話になっていたのだが、2ヶ月目くらいからぴたっと痛みがおさまった。こりゃすごい・・・とそれから半年くらい続けて飲んでいた。
が、その後オーストラリアに移住。飲むのをやめたが生理痛は再発しなかった。
それから3年くらいして、また少し生理痛が始まった。オーストラリアン・ノニはかなり安く、また飲み始めた。
で、痛みに効くというこのノニ、ものは試しに打撲した時、患部に湿布のように貼ってみた。すると驚くことに添付後数分で痛みは消失!!!! 驚異の鎮痛威力!!! それ以来、あんまり美味しくないオーストラリアン・ノニは我が家の鎮痛薬として冷蔵庫に常備されていた。
で、話は戻る。
このノニ、バリのチャングーという有名なサーフポイントの近くにいっぱい生えていた。私の専属運転手は、私がサーフィンしてる間、いつもせっせとこのノニを摘んでいた。一度一個だけ分けてもらったが、初めて見る生のノニはものすごく固く、削ってなめてみたら、超すっぱくてついでに苦かった。
生のノニはいただけないなぁ・・・という印象だった。
で、バリにノニがあるのだから、ここロンボクにもあるはず・・・とカリアディに近所でノニが採れるところを探してもらっていた。
で、彼は昨日やっと見つけ出し、山ほど採ってきてくれた。
このノニ、インドネシアでも民間薬として有名。長さ12センチくらいの大きめのものを刻んで少量の水と一緒にジューサーにかける。あわあわのムースのようなジュースができる。
何故かこのノニちょっと青臭い味はするけどバリの時みたいにすっぱくない。でもあんまり美味しくはないので、近所の養蜂所で買ってきた100パーセントの涙がでるくらい美味しい蜂蜜を入れて飲んでみた。蜂蜜のうまみでかなりいける。で、いつもは辛い寝起きなのに今日は痛みが半減。さらに股関節に直接切ったノニをすりすり。ほとんど痛みが消えた。
恐るべきノニ・パワー!!!
あまりの急激な効き目に怖くなる程。でもネットで調べてみても、ノニには副作用はないっていうし。ガンが治った人も山ほどいて、西洋医学的にもノニの効果は認められているという。何しろ180種類くらいの有効成分が詰まっているらしい。プロポリスで110種らしいので、その量は半端じゃない。
まだ飲み始めて2日だからなんとも言えないけど・・・月2万円の出費のところ、不治の??関節症がこの「無料」天然ノニで治ったら、スーパーウルトラ嬉しいなぁ。
2005年12月21日
ロンボク観光してみたよ

サンライズ・ワールドの社長小室氏が、ロンボク視察に訪れたので3日間お供。ブログ更新できなくてごめなさーい。今までまともに観光したことなかったので、私にとってもなかなか良い機会。で、すっかり観光客気分。
内容については、おいおいブログで紹介していくことにして・・・実は一番感動??したのは、お豆腐屋さん。
インドネシアにもお豆腐があり、Tafu-たぁふと呼ばれていて一般家庭で、日常的に食されている。(その昔日本人が教えたらしい。)他にもテンペと呼ばれる大豆を発酵させたものなど、大豆食品は豊富。ローカルの貴重なタンパク質源になっている。
で、ここロンボクは、水質が日本に似ているとかなんとかで、豆腐がとても美味しいので有名らしい。バリやジャカルタのローカルなども、ロンボク土産に豆腐を買って帰るという。
このたぁふ、市場などでごそっとバケツに入って売られている。においを嗅いで見るとちょっとすっぱいにおい。この気温の中でいったい何時間、バケツにいれられたままなのかなぁ・・・と思うと、なかなかためらってしまう。
でも、ロンボクの豆腐は、こんな風にちょっと発酵??してるもんなのかなぁと勇気を出して??挑戦。木綿豆腐と絹ごし豆腐の中間くらいのこの豆腐。なかなか美味。新鮮そうな時(すっぱいにおいが強くない時)だけ選んで、買ってます。
で、前々から、新鮮で美味しい豆腐が食べたい!!と、訴えていた私。昨日小室さんを空港に見送った帰り、やっと念願の豆腐屋さんに行く事ができた。
既に時間は、7時すぎ。日本のイメージだと、お豆腐は朝に買うもの。もう、閉まってるんじゃないのぉって運転手のカリアディに聞くと、ロンボクの豆腐屋さんは、「一日中つくっている」という。
で、かなり怪しいうねうねの道の行き止まりに豆腐屋さんがあった。といっても普通の民家だけどね。
案内されるまま家の庭を抜け薄暗い小屋の中にはいっていくとぷーんと美味しそうな大豆の香り。できたての豆腐が棚にぎっしり。ちょうど型から出したばかりの豆腐も棚の前に並んでいた。触ってみるとまだあったかくてふわふわ柔らかい。もちろん、すっぱいにおいもしない。
これ、これ。私が求めていたもの!!!???
ロンボクの豆腐はひとつひとつが小さくて7cmx5cmx1cm くらい。6個で日本の一丁くらい。一番新しいできたてほやほやを10丁くらい買って120円くらい。カリアディと半分こした。
ここは豆腐の卸屋さんで、みんなここに買いに来て市場や商店などで売っているらしい。なのでここでは、せっせと一日中豆腐を作り続けているという。
このできたての豆腐。製造工程などの衛生状況を目の当たりにしたにも関わらず(かなり原始的並びに薄暗い裸電球だけ。昼間はいいにしても夜はあんまり良く見えない。こーんな薄暗いとこで作ってたらなんか混じっても解んないよなぁ・・・って感じ)、どうしてもそのまま食べたくって家に帰ってから、ぱくって2つ食べちゃった。できたてに振りかけていた塩の味がほんのりして、超美味しい。もっと生で食べたかったけど、お腹のことを考えてあとは湯豆腐で食した。美味しかったなぁ。
近所にこの豆腐屋さんがあったら、毎日でも買いに行きたいくらい。でも、残念ながら我が家から40分くらいとかなり遠い。
この味を知ってしまったら、もうすっぱいにおいの豆腐は買いたくないし。
日本の友達が送ってくれた「にがり」で、せっせと自分で作るのがベストかな。
ちなみに以前、にがりをつくるのが面倒で、沖縄みたいにただの海水を使って豆腐をつくってみた。ゆし豆腐(沖縄式の型で固める前の豆腐)の段階でつまみ食いしちゃって出来上がったのは半丁くらい。労力の割にちょっとしかできないのが難点だけど、でも美味しかった。
冷蔵庫にまだまだ山ほどある豆腐。今夜は何にしようかなぁ。
PS グルプックキャンペーン、たくさんのご応募ありがとうございました。近日中に発送予定です。
2005年12月17日
やっとできたよぉ!!

遅れた上に、印刷所への指示ミスで、ポストカードの宛名部分もラミネート加工のつるつる・・で印刷し直し。木曜には、間違いなく配達します!!ってことだったけど、結局届いたのは、昨日の夜8時。
現場監督のカリアディは、今回の件で、そうとうにぶち切れ、何度も携帯を地面に投げつけそうになったらしい。(携帯で印刷所とやり取りしている際)
まぁ、いろいろあって、遅れるのは仕方ないとして、全然先方から連絡がこない。こっちから問い合わせてはじめて、実は・・・って調子。それが激怒の最大の要因。
本来だったら、私がぶち切れるとこなのだけれど、私の代わりに彼が非常に激怒したため、なんだかあっけにとられるばかり。
私の身代わり??にいかってくれた彼に感謝。お陰で全くストレス感じずにすんだ。これって、なんかビジネスになんない??
「身代わり激怒屋!!」とか。なんかトラブルあった時、代わりに激怒して苦情いいまくってくれる人。かなりのストレス緩和になるような。
で、発色がいまいちではあるけれど、まあまあ合格ラインの出来上がり。
クリスマス間近だし、気分よくしてグルプックキャンペーン!!
先着10名様にできたてほやほや特製「Lakuen」ステッカーとポストカード送ります。更にその中から抽選で?? 3名様には、天然素材のスパイスだけで調合した「ナシゴレン」か「カレー」の素までプレゼント。ご希望の方は、メールで送り先、ご連絡下さいませませ。
Posted by Ruri at
12:04
│ゲストハウスの進行状況
2005年12月16日
日本人のホリデー

☆着工から10日。でも、まだ高床の柱半分。やれやれ一体いつ完成するやら。
来月、ロングボーダーのあきちゃんが、日本からサーフトリップでやってくる。ロンボクはこれで二度目。前回わずか一泊の滞在、たった2回のサーフィンだったけど、グルプックの魔力??にすっかりはまってしまったらしい。
でも、やっと取れた冬休みはたったの1週間。行きにバリ1泊がどうしても必要なフライト状況。ついでに帰りは機内1泊。なので、ロンボクには4泊のみ。
いっつも思う。どうして日本の会社って、長期のお休み取れないシステムになっているんだろう。(彼女は、会社員ではなくって、看護婦さんだけど。)
「1ヶ月くらいお休み取りたい」と思ったら、「会社辞めるしかない」みたいな環境。これって私的には、どうも納得がいかない。
せめて2週間くらい連続休暇が取れて、思いっきりリフレッシュできたら、仕事に対する意欲も増して、企業としてももっと効率上がるような気がするんだけどなぁ。せっかくの人材も「長期休暇」のために、辞められちゃったらもともこもないと思うのだけど。
自慢じゃないけど?? 沖縄時代。私の工房は注文の減る冬の間、1ヶ月の有給休暇があった。で、私もスタッフも、それぞれ海外にサーフトリップ。なんて、いい職場!!!??? って、自分が旅に出たかっただけだけどね。
オーストラリアじゃぁ、クリスマスホリデーで、2週間から1ヶ月くらいお休みに入る企業も多い。また、週休二日が定着していて、金曜の午後などは、みんな週末のことばっかり考えてて、まったく仕事になってないような環境。
遊ぶ事にかなり真剣な人種??だったっけ。
先日、日本の真珠会社のロンボク勤務になってる日本人男性と、また、海の中で逢った。なんと、彼の会社では、3ヶ月の休暇が取れるらしい。で、今回は、2ヶ月の休暇を使って、日本に一時帰国。ハワイにも行っちゃおうかなぁ・・・と言っていた。日本の企業でもそーんな夢のような会社あるんだなぁってかなりびっくり。
3ヶ月は、長い方らしいけど、海外勤務のある会社は、結構長期休暇が取れるらしい。素晴らしい!!!
私がここで、声を大にしても、なーんにもかわらないんだろうけど。
もっともっと、たくさんの人が長期休暇が取れるようになって、全棟キッチン付きの我が「Lakuen」のバンガローで、市場で買ってきた食材なんかを使いながら、地元の料理に挑戦したり、ひがな一日、ビーチに寝っころがってなーんにもしない日があったり・・・そーんな休日を過ごせるようになったらいいのになぁ。
2005年12月14日
月に一回のペース!!

☆設計士の車。超かわいい。いったい何年式??と思ったら、そんなに古くはなくって、83年式という。前と後ろのタイヤのサイズが違ってて、ちょっと前のめりになってるとこが、これまたイキでしょ!!??ちょっと見えづらいけど、TOYOTAです。
で、何がかって、パンクが!!!!!である。
沖縄・オーストラリアと、12年の運転歴の中で(プラス仙台でバイク2年ってのを加えても)、今までパンクなんて、一度もなかった。
オーストラリアの20年落ちのおんぼろバンでさえ(車の古さとパンクは関係ないけどね)、片側だけすりへって、ブレることはあったけど、パンクはなかった。
が、ここロンボクに越して来てから、すでに4回である。4回!!!!
しかも、うち2回は見事なバースト。チューブレスのタイヤが思いっきり炸裂。パパーン、がたがた・・・ってな感じ。残り2回は、くぎとかささって、ゆるりゆるり・・・とだったけど。
やれやれ。
日本が誇る???ブリジストンの高級タイヤ(1本8000円くらい。これって高い??安い??)である。なーんでぇ〜。
原因は、もともとのタイヤの性能の悪さと、ここロンボクの道の悪さらしい。
確かに、がたがたぼこぼこの道。スピードこそ遅いけど、やっぱり、タイヤには負担かかってんだろうなぁ。
お陰で、すっかり、タイヤ交換も上手くなってしまった。やれやれ。
ローカルの友達は過去に、1日に4回、バイクのパンクがあったと言っていたけれど。おそるべき、ロンボクの道・・・である。
で、さらにやっかいなのは、195/65 のこのタイヤ、60とか70なら、うちから30分のプラヤにいくらでもあるのだけれど、65は、1時間半のマタランまでいかないと売ってない。以前、ホテルのスタッフにマタランまで買いに行ってもらったら、違うサイズを買ってきて、また、マタランまで交換に・・・なんてこともあった。
まさしく”Bloody pain in my neck!!”なのである。
度重なるパンクにぶち切れた私は、「え〜い、面倒だ。4本全部変えてやるぅ!!!」ってことで、午後5時、現場監督のカリアディと、設計士のMr.アマンを率いて、プラヤまで、スペア合わせて5本のタイヤを買いに行ったのだった。
それにしても、バリやロンボクのいいところって、営業時間外でも、開けてくれること。無事、Bland-New タイヤをはめてもらったキジャン。お願いだから、せめて半年くらいは、もってねぇ~。
2005年12月13日
サーフボードがぁ・・・

☆憧れのシェーパー・ダレン。かなり舞い上がってました。かっこよかったなぁ。
一ヶ月くらい前に、波のサイズが上がったときに、私のガン(大きい波用の板) 6'3” を折ってしまった。
ノーズから15センチくらいのところなので、直して乗れないことはないけれど、重くなって感じは変わるだろうし、ローカルが欲しい!!というので、あげてしまった。
オーストラリアで、DHD のシェーパーダレンに直接オーダーして、削ってもらった板で、ものすごく調子が良い板だっただけに、折れた時のショックは、でかかった。
ずっと愛用していた、ピンクのグラデーションが入った6'0”は、それ以上に思い入れの強い板だった。
あるサーフショップの企画だったのだが、ダレンに現在乗っている板などを見せてここをこんな風に・・・と話をしながら、「目の前で」削ってもらった板だった。
ホントは、シンプルな色無し・・・の予定だったのだけれど、ボトムにちょっと汚れがついてしまったから・・・と無料でスプレーを吹いてくれた。
ちょっと私にはかわいらしすぎ・・・な感じもして、受け取ったときは照れたけど、ミックモデルのドールと相まって、かなりチャーミング。乗り心地も最高で、お気に入りの一本だった。

バリ・スリランカと共に旅した、ピンクの6'0”は、わずか1年で、ぼこぼこになり、色もすっかり黄ばんで年期の入った板に変わった。
オーストラリアを離れる際、ダレンにバリ用の板をオーダー。バリに発送してもらうつもりだったのだが、かなり難しいという。
バリに引っ越ししてからも、事務の女の子とメールでやりとりしながら、板の入手方法を検討。今年8月にダレンがバリに遊びに来るので、その時に、持ってきてもらうってことで、やっと商談成立。
が、結局、オーストラリア政府のバリ渡航自粛令のため、ダレンは、バリ行きをキャンセル。
DHD の板を取り扱っているバリの代理店から、市販品を購入して下さい・・・ということになってしまった。とほほ。
で、今はオーストラリア出発直前慌てて買った、市販のDHD ミックモデルの6'0”に乗っているが、なかなか快調なので、とりあえずは、オッケー。
たくさんの思いがつまったピンクの板は、部屋に飾っておきたかったけれど、これまた、ローカルが欲しいというので、あげてしまった。
サーフボードは、乗られてなんぼだしね・・・きっと。
ああ、でも、とっておけば良かったかなぁ・・・。ダレンが目の前で削ってくれた板なんだよなぁ。
オーストラリアにいるときは、そういうのって、それほど特別なことではなかったけれど、ここロンボクでは、そんなのは、夢のまた夢。
折れたガンの変わりにロンボク唯一のサーフショップで、とりあえず、新しい板を買う事はできたし、まぁ、思ったよりは、乗りやすい板だけど・・・。
やっぱり、違うんだよなぁ。
はぁ、板を買いにオーストラリアに行きたい気分。
免許の更新もしたいし、ゲスト・ハウスが完成したら、サーフ・グッツの仕入れかねがね、行っちゃおうかなぁ。
それにしても・・・波ないなぁ〜。なので、ブログのテンションもかなり低め???
2005年12月11日
未知なるロンボクの将来

☆高床用の柱の鉄筋と基礎。思いっきり手仕事。
波もなく、雨で工事もストップ。友達に送ってもらったパンの本片手に、デニッシュに挑戦。3週間くらい前から始めた「Lakuen」のウェッブサイトつくりと平行して、一日部屋で過ごしていた。
夕方、見慣れたローカル・ガイドの男の子が、日本人二人を連れてやってきた。
何やら、土地を買わないかって持ちかけられて、ちょっと話を聞かせてもらえたら・・・ってとこ。
感じのよさそうな二人組だったので、ホテルのレストランで、お茶飲みながら、世間話。
1人は2回目、もう1人は、初めてという。
ロンボク、どうですか?? って、聞くと、2人とも、「最高です」って声を揃える。なんか、この返事を聞くのが、快感になっている今日この頃。
海の中などで、日本人を見かけるたびに、最近、よく聞いているこの質問。
で、いまのとこ、みんながみんな、口を揃えて、「ロンボク最高」と答えてくれる。やるじゃん、ロンボク。百発百中モテモテだよ。
肝心の土地については、私もそんなに詳しい訳ではないので、今まで聞いたトラブルについてや、個人的に感じてることなどを話した。
実際に土地を買って、問題なく過ごしている人もいるし、トラブルに巻き込まれた人もいる。基本的には、ケースバイケースと思うし、こればっかりは何とも言えない。
彼らは別に、土地を探しにやってきた訳ではなく、たまたま、ローカルに、今買っとくと絶対お得!!と、勧められ、200万円くらいで、まとまった土地が買えるなら、買っちゃおうかなぁ・・・ってのり。
国際空港がここクタエリアから車で20分のところに建設されることが本格化した今、今後このあたりの土地の価格が上昇するだろうことは、予測される。
ローカルは、ここロンボク・クタが、バリ・クタのようになる!!と、色めきづいている。
果たして本当に、そうなるのか。バリ・クタのようになることで、ローカルが幸せになれるのか。
バリ・クタの喧噪から逃げ出してきた私には、複雑な心境である。
二人組の一人が、問いかけてきた。
「このへんの子供達が、すっ裸でそのへん走り回ってますよね。で、日本から持って来た古着とかをあげたら、とても喜んでくれて。でも、これって、いいことなのか、自分の自己満足でしかないのか、よく、解らないんですよ。どう思いますか??」
なかなか、難しい質問だった。
スリランカの子供達をバリに招待したことなどに、果たしてそれが彼らの為にいいことだったのかと、自問していた私には、なんと答えていいのか実のところ、よく解らなかった。
ただ、思うのは、ローカルは、私たち日本人が思うより、生き抜いていくことにシビアだし、したたかで、そして、とてもとても、大人と思う。(子供でも。)
だから、そんな日本人の戸惑いなんかにはかまわずに、彼らなりの価値観で、強くたくましく、どんな状況でも、生き抜いていくような気がする。
そういう、人間本来の生き方をしてるような、ここ、ロンボクの人達が私は大好きだし、だからこそ、ここに住み続けたいと心から感じているような気がする。
そして、そういうのを感じとれる人達が、これといったアトラクションもない、この島を気に入り、リピーターとなってこの島を盛り上げ、そういう、相乗効果で、この島が、みんな(ローカルとツーリスト)にとっての「楽園」であり続ける事を心から祈っている。
(それにしても、全然、視点が違う話だけれど、実は、私は、裸んぼの子供達を見てて、いいなぁ、服なくても、寒くないし、余計な費用かかんないで済むもんなぁ・・・とか、結構うらやましく思ったりしていた。彼の発言で、自分の感覚がそうとう、ずれてしまっていることに気付かされたっけ。)
2005年12月10日
ボーイフレンドに立候補!!

☆15歳のリザルとラブラブ・ツーショット??
波、ないだろうなぁ・・・とは思ったのだけれど、インターネットの波予報では、明日から3日間、ホントに波無し予報だったので、一応、グルプックに行ってみた。
で、やっぱり、フラット。ついでに強いオフ・ショアで、海はぐちゃぐちゃ。
ローカルのみんなと荒れたグルプック湾を眺めていると、私の舟が強風にあおられて流れ出した。あららら・・・。
キャプテン・マットがすかさず、海に飛び込んでくれたけど。
友達のバスターが、「雨期は、大きないかりが必要だよ。夜に強い風が吹いて、いままでたくさんの舟が流されてるよ。」と、忠告してくれた。
小さないかりは、クタでも買えるけど、大きないかりは、グルプックから車で40分くらいの東側の町までいかないとないらしい。やれやれ。
明日から3日間、波ないよぉーってみんなに報告。波がないと、サーファーも来ないから、サーファー相手に舟を出す事を生業としているグルプックのローカルには、ありがたくない話。
商売、あがったりだねぇ・・・と世間話。
で、そのうちなんだか、ほこさきが私に向けられ始めた。
「ルリコ、ボーイフレンド、どこ??」
「どこだろうねぇ。」
「ローカルは、どう?? 好き??」
「もちろん、大好きだよ。」
いっぱい、いるよ。どう?? と、ちょっと後ろにたむろしていた10代グループを指差して笑う。
「ちょっと若すぎるでしょ。」
「じゃ、僕は???」「新庄は???(野球の新庄にそっくりで、ローカルにまで、新庄と呼ばれている男の子。最近結構、仲良くしていて、よく一緒にサーフィン行ったりしている。) 」
みんな、好き勝手なことを言い出した。
やばいやばい。笑ってごまかして、じゃ、またねぇ〜と、自宅の現場に逃げた。
どうも私は、恋愛が長続きしないたち。オーストラリア時代などは、平均3ヶ月。言葉の壁もあって、上手く自分の気持ちを伝えられず、相手を傷つけてしまったりもした。
グルプックのローカルは、控えめで、優しくて、かっこいい男の子も多い。(まぁ、基本的にみんな私には若すぎるけどね。)
みーんな大好きだし、ものすごく小さな部落で、なんかあって、気まずくなっちゃったりしてもいやなので、ローカルとの恋愛は、なしと思う。
でも、40にもなって、若い男の子達に、ひやかされるのは、かなり照れくさいけど、かなり楽しい。こんな愉快な気分にしてくれる、チャーミングなグルプックのローカルに囲まれて、かなり幸せな40代だなぁ。
2005年12月09日
いつ死んでもいいと言い切れる人生

☆ビーチでキャンドルの撮影をしている間、ひまそうにしていたポッキー
3日くらい前からサイズが上がった。それまでは、波数は少なかったのだけれど、かなりすいていて、舟のキャプテン、マットと二人きり・・・という日が続いて、めちゃくちゃご機嫌だった。
サイズが上がって嬉しい反面、人も増えた。おとといは最悪だった。
アグレッシブなオージーグループが数名いて、グルプックのいつものメローな雰囲気はなかった。途端にリズムが狂い、全然乗れなくなった。
みんながつがつと波の奪い合いをしているので、「レディーファーストでしょ!!」と、オージーにちょっと聞こえるようにローカルに訴えてみた。
そしたら少しは、波を譲ってくれる雰囲気になったのだけれど、なんだか気分がすでにかなりダウンしていて、乗れそうな波まで、乗れなくなった。
最悪。
みんなが上がって、フィンランドとノルウェーの北欧コンピだけになって、やっといつものメローなグルプックに戻ったけれど、私の心と体は、すでにぼろぼろ。やっと乗れても、体が動かなくなっていた。4時間が経過していた。
最高に悔しかった。
オーストラリアのD-Bar やスナッパーで、へたくそなりに、みんなと競い合って、それなりに乗れたりもしていたはずなのに。今やその1/10の人数でさえ、私には混雑に思え、途端に乗れなくなる。
しかも、ビジターに波を取られる悔しさ。ものすごく上手い人なら仕方ないけど。
自分の実力のなさをまざまざと思い知らされたような気がした。
今まで結構、いい感じで乗れてただけに、この日の屈辱感は、強烈だった。
気がふれそうなくらい、久しぶりに悔しかった。涙がつつーって流れてくるくらい。
で、昨日。また、混んでるんだろうな・・・ってブルーな気持ちのままインサイドに向かうと、海の中には、数名。しかも、ビギナーみたい。で、30分もするとみーんな上がって、日本人の男の子とマットの3人だけになった。
「やったぁー」
昨日の、この世の終わりみたいな気分とはうってかわって、極楽気分。こんなことなら、昨日無理しないで、さっさと上がれば良かったなぁ。
この日本人、何度か見かけたことがあったので、バリに住んでるの??って聞いたら、そうだ・・・という。
「でも、今月末から日本に戻って、また6月に戻ってくる予定なんです。」
「日本、冬じゃん。」
「自分、スキー場でインストラクター兼パトロールやってるんですよ。」
「なるほど。冬はスキーで、シーズンは、バリでサーフィン・・・いい人生だね。」
「いつ死んでもいい生き方してますよ。」と、彼はさらりと言ってのけた。
私も同感だなぁ。
彼のように、波を求めて生きてるサーファーは、きっとみーんな口を揃えて、そう言い切るような気がする。
そう言い切れるだけの絶対的な素晴らしい何かを、波は、与えてくれるんだよなぁ。
2005年12月08日
ロンボクスタイル!!

☆入り口の波壁。かわいい??
昨日仕上がる約束だったポストカードなどの印刷物。用事があって取りに行けず、今日行くことになり、現場監督のカリアディが一応、確認の電話を入れた。
で、返事は、土曜か日曜にジャワ(ジャカルタとかのある大きな島)から届くという。
(やっぱり、ここロンボクでの印刷ではなかったんだなぁ。綺麗な仕上がりサンプルだったもんなぁ。)
「水曜に仕上がるって約束したのに。できないなら、できないで、連絡よこすべきだ!!」とカリアディは、激怒していた。
「まぁ、まぁ、ここは、ロンボクなんだから・・・」とローカルをなだめる私。なんかへん??
9月末から始まった、土地の周囲の壁工事。工期は1ヶ月の予定だった。
でも、実はまだ終わっていない。
まぁ、いよいよ残る入り口部分の最終段階ではあるけどね。
時間いくらじゃなくって、壁全部でいくら・・・の契約なので、遅れてもそんなにこちらには支障はないのだけれど。
カリアディがやきもきして、壁のワーカーに、なんでそんなに遅いの。時間かかればかかるほど、あなたたちのコストがかさむだけなのに!!と、何度も言ったらしい。
でも、彼らの作業は相変わらず、かなりスロー。
まぁ、これもロンボクスタイル??
私的には、まぁ、そんなもんかなぁって気もしている。
それに、この入り口の壁。実は一度は普通に仕上げかけていたところ、波々にしたい!!とわがまま??を言い、一度積み上げたレンガを壊して波々にしてもらった。
今日、ある程度形が出来ていて、思った以上にかわいかったので、非常に満足している。(下の四角のスペースには、後でガラスを入れる予定。)やるじゃん、ロンボク人。
こ〜んなペースなので、3ヶ月で完成予定の私の家も、一体いつ住めるようになるのか、ちょっと予測がたたないのが現実。
まぁ、こっちの方は、ホテルの家賃がかなり高いので、できるだけ早く完成して欲しいのだけどね。
Posted by Ruri at
20:21
│ゲストハウスの進行状況
2005年12月07日
怪しいロンボク人

☆ ロンボクスタイルの現場監督「オッキー」
バリも田舎にいくとそうらしいけど、ここロンボクでも、よく見かける。
なにかっていうと、「なた」を持って歩いてる人。
道を歩いてる人を見ると、みんな片手に何気なく??なたを持って歩いてる。
なんでーって聞いたら、なにか食べられそうなものがあったら取ってきたり、動物が出てきたら戦うため・・・とかなんとか。
動物っていったって、ここじゃ、家畜の水牛、牛、やぎしか見た事ないけどなぁ。
みんながみんな、なた持って歩いてる姿は、なんとなく笑えるけど、かなり怪しい。
現場監督のオッキーもいつも、なたを持ってうろうろしてて、私の姿を見ると、「元気??」とか言いながら、なたを振り回す。おいおい・・・。
でも、私もあと一年くらいしたら、なた持って歩いてるかもなぁ。
ところで、雨期の今こそ・・・とみんなで植えた、マンゴーやパパイヤ、ヤシの木にとうもろこし。
放し飼いのヤギがみーんな食べちゃうんだよなぁ。
一番がんばってる、カリアディは、ヤギを見るたび、ヤギ・サテ(焼き鳥みたいなやつ)にして、食ってやる〜と言っては、なたを片手に追いまわしてます。
かなりあやしい、我ら「Lakuen」チームです。
2005年12月06日
いよいよ着工!!

すでに一週間くらい前から、設計士の事務所で、工事の仕込みは進んでいたのだけれど、実際現場での着工は昨日から。
といっても、現場に穴を掘ったり、セメントこね場を作ったりと、地道な作業。
ロンボク式の地鎮祭のようなものは、牛ややぎ、もしくは、規模は小さくにわとりなんかをつぶしてその血を土地に注ぐとかなんとか。
なんとなく、殺生は抵抗あったので、なしにした。
日本式にやろうかとも思ったけれど、なんとなく気分がのらず、結局なんにもしなかった。なんていうか・・・よその土地でよその方法でやるのもなんだし、かといって、ロンボク式もちょっとなんだったので。
よく、塩をまいて土地を清めるってのがあるけど、すでに海水ががっちりしみ込んでる土地なので、十分清まってそうだし。なんとなく、土地と私の魂がしっくりとなじんでいるような気がしたので、形にこだわらないことにした。
一応、設計士がイスラム教の暦上、良い日を選んだらしい。
日本でいうところの大安吉日ってとこかな??

高床式の柱は、ビーチの前で砂の上ということもあって、鉄筋入りのコンクリート製。でもあとで、色つけて、木みたいにしようってことで、円柱形。
どうも、ロンボクの鉄筋は、細くていまいち、心配なんだけれど、まぁ、台風みたいのないっていうし・・・。ここのやり方を信じるしかないよね。
強度偽装がないように??チェックしながら、ゆっくりと一日が過ぎていきました。
それにしてもいつもいつも、思うのだけど。
おうちを建てる前とか、壊した後の土地って、なんだかすっごく小さく見えるよなぁ。
さてさて、どーんなおうちになるのやら。どきどきわくわく。
Posted by Ruri at
18:53
│ゲストハウスの進行状況
2005年12月05日
Lakuen Candle

福岡に住む友人から贈り物が届いた。
石鹸やキャンドルをつくっている彼女から、いずれここグルプックの特産??にしたいと思っている手作り石鹸のサンプルとそして、”Lakuen in Lombok” のイメージキャンドル。
ちょうど彼女に送りたいものがあったので、それと引き換えに??となり町の郵便局まで、通知を片手に荷物を受け取りに行った。(やっぱり基本的に小包は郵便局受け取りになるみたい。)
箱いっぱいのミントの香りはこのキャンドルから。サーフボードに乗ったハスの花とかえるは、共に吉兆のシンボルという。彼女のブログで、写真はすでに拝見していたけれど。実物は、清楚で燐としていてすがすがしい。ミントの香りの効果もあるのかも。(それにしてもこれがキャンドルだなんて、実物見ても信じられない。とてもとてももったいなくって、火ともせそうにないです。)
こーんな桃源郷をここ、グルプックにつくっていけたらいいなぁ。
ココナッツオイルと黒砂糖をふんだんに使った石鹸は、グルプックの素材を生かして何か特産品を作りたい・・・という私の相談へのお返事。何やらこのココナッツ石鹸は、海水でも泡立ちが良いという。海に近い部落の井戸水はどうしてもちょっとしおっぽい。そんな水でも綺麗に泡が立つ石鹸だったら、ローカルのみんなにも喜ばれそう。しかも天然素材の為、海水への汚染などもないそうです。素晴らしい!! それにここでは雑草のようにはえているレモングラスの香りも爽やか。彼女の石鹸は、天然素材を使った手作り石鹸で、その泡立ちや香り洗い上がり、全てがホントに心地いい。こーんな石鹸をみんなとここで作っていけて、ローカルに愛され、そして、たくさんのツーリストがそれぞれの国に帰ってからもこの香りや肌触りを楽しみながらここグルプックを思い出してくれたなら・・・。なんてステキなことだろう。
さっそく試してみたいこの石鹸。まだ熟成期間中らしく、クリスマスくらいまでお預け。でも、棚に並べてそのシンプルな存在感と香りを楽しんでます。
それからそれから、涙ものだったのは、パンつくりの本と、「とことんおいしい自家製生活」という本。デザインもかわいいこの本、砂糖・塩・みりん・ラー油なんかの作り方が載ってます。でさらに、かまぼこ・コンビーフ・バターにせんべい。以前友達に送ってもらって、そろそろ切れそうだから、また、お願いしなくちゃと思っていた、「きな粉」のつくり方まで載ってます。
こういう日本では当たり前にあってここでは手に入らないもの・・・。そういうものが地元の素材を使って自分で作れるなんて!!
なんだかものすごく興奮しちゃってる私。
一緒に入ってた、柿の種をほうばりながら夢が広がっていく今宵です。
ポッキーにもいままで食べた事ないような超高級ドックフードが届いて、彼も幸せそう。
サオリさーん。ホントにありがとう。
かなり怪しい「ロンボク島の詰め合わせ」は、10日くらいで届くらしいです。
お楽しみに〜。
2005年12月03日
花嫁行列

☆ クタのまちやぐぁーに買い物に行ったら、結婚式の行列。やっとのこと追い越して、車を止めてカメラを出して・・・でも、ちょっと出遅れで、あんまり綺麗に撮れなかったです。残念。多分これは、お嫁さんがお婿さんのおうちにごあいさつにいくとこ。伝統的なササック(ロンボク)スタイルです。
それにしても、見物人の女性みんなの色とりどりのサロン、おしゃれだなぁ。

☆ 伝統的な花嫁衣装。でも、お嫁さん、なんだか渋い顔。せっかくの晴れ姿なのに綺麗に撮れなくてごめんなさーい。
2005年12月02日
雨期

☆ みんなそろって畑仕事!!
バリやロンボクの季節は、雨期と乾期のふたつ。
雨期は、11月から3月くらいで、それ以外は乾期。
バリの場合、この雨期と乾期の違いは、風向きがくっきりと変わり、解りやすい。サーフィンで有名なクタピーチも、雨期はオンショア(海からの向かい風)で、海は荒れ放題。知らずに初めて、雨期のクタ・ビーチにやってきたら、ポストカードなどのイメージとあまりにかけ離れていて、ショックが大きいかもしれない。
雨期は、西風が強くなるので、サーフポイントは、東海岸がメインになる。
スランガンは、白浜のビーチにクリスタルクリアな水で、雨期のお勧めポイント。
私の住む、クタ・ロンボクのあたりは、バリと比べて、とてもとてもドライな地域。乾期は、茶色の山肌がますますドライ感を高める。
2年くらい前に、オーストラリアの次の移住候補地だったコスタリカに3週間くらい滞在したことがあった。
なんで、コスタリカだったかって言うと、波がなかなか良さそうなのと、水温が暖かいこと。不安定な中米でありながら、軍隊を持たない永世中立国であること。また、エコツーリズムが盛んで、国土の80パーセントくらいが、国立公園に指定されていることなど、私の楽園のイメージにとてもとても近かったから。
でも、残念ながら、私のコスタリカの第一印象は、あんまり良くなかった。海沿いの土地はドライで緑が少なく、茶色い山肌と枯れた草や木ばかりの風景は、緑あふれるオーストラリアからやってきた私には、ショックが大きすぎた。
また、ラテン系で、優しくフレンドリーと、ガイドブックに書いてあったコスタリカ人は、私にはあんまり優しくなかったし、深い顔立ちやヒゲなど、視覚的にもちょっと怖かった。
だいたい、店などに入っても、なんか、欲しいもんあるなら、売ってやるよ!!って感じなのだ。その点、オージーは、スーパーのレジとかでも、みんなフレンドリーで、これ、おいしいよねとか、この色、私も好きよ!!とか、いろいろ話しかけてくる。そのギャップが大きすぎた。
また、海の前の土地など、まだまだ安い・・・というふれこみだったけれど、なんの。すでにアメリカ人がみんな買い占めていて、オーストラリア並みの価格。アメリカと陸続きだけあって、アメリカの文化や製品があふれ、オーストラリアよりもいい車がいっぱい走っていたりして、驚きもした。
私はすっかりホームシックになって、果ては原因不明の腹痛をおこし、かなり辛い3週間を過ごした。旅があんまり楽しめなかったのは、これが初めてのこと。で、毎日カレンダーとにらめっこして、やっとの帰国日。最後には、歩くのもかなり辛い程だった腹痛は、飛行機がオーストラリアに近づくにつれて薄れ、ゴールドコースト空港に到着した時には、すっかり治っていたのだった。
これには、自分でもびっくりした。
で、今思うと、ここロンボクのドライさは、あの時のコスタリカと同じ感じ。もし、ここにオーストラリアからダイレクトに飛んで来たら、私はこれほど、ここが好きにならなかったかもしれない。でも、バリに5ヶ月住んで、渋滞とかにうんざりしていた後だったので、ここのなんにもなさが、とにかく気に入ってしまった。
順番って、結構、大事だよね。
もし、今、コスタリカに行ったなら、また、全然違った印象になるような気がする。せっかく22時間も飛行機に乗っていったのに、ちょっと残念だったなぁ。
さて、ここロンボクは、雨期に入って、山にも道にも緑があふれ、とってもいい感じ。フルーツも花も豊富で、雨の後は涼しく、ちょっと心配していた雨期だけれど、思っていた以上に快適。
今まで荒れ地だった畑にも、人々が繰り出し、いろいろ植えているみたい。のどかな田園風景が、アジアチックで、これまた、気持ちが安らぐ。
雨期といっても、1日に1度か2度、ざざーって降って終わりってことが多いので、日本の梅雨の感じと違って、気持ちいい。雨のたんびに山の緑は増え、しっとりと空気が澄む雨期。
特に雨上がりの風が止まったときの、鏡のようにグラッシーな海にパカンと割れる白い波は、崇高な芸術作品のよう。
雨期のロンボクもなかなか、おすすめだよ。
2005年12月01日
かわいいインドネシア語

☆即席とこやさん@朝市
前出のゆみちゃんは、私と同じ時期(今年の4月)にバリに住み始めた。で、既にインドネシア語でミーティングなんかをこなしている。素晴らしい。
私は・・・というと、いまだに「暑いねぇ」「いくら??」「波どう??」くらい。どうも、私の記憶装置は、すでに飽和状態のようだ。
何度聞いても、5秒後には綺麗に消え去ってしまう。
やれやれ。
インドネシア語は、過去・未来などの動詞の変形がなく、またシンプルな言葉が多いため、最低限の日常会話などの習得は、比較的容易だと言われている。
確かに、簡単そうなので、少し気合いいれてがんばれば、まあまあ上手になりそうなんだけど。でも、ローカル・サーファーの友達は、みんなそこそこ日本語ができるので、ついつい、安易に日本語とか、英語で済ませてしまって、なかなか、気合いが入れられないでいる。
で、このインドネシア語。同じ語を繰り返す言葉が結構多くて、なんかかわいい。
ティダ、アパアパ(気にしなくて大丈夫)、バイクバイク、サジャ(元気だよ)、リハッリハッ、サジャ(見てるだけ)、ジャランジャラン(お散歩)、ハティハティ(気をつけて)などなど。
なんか、語呂がいい。
もっとかわいいとこで、ルンバルンバ(イルカ)、クラクラ(かめ)、クプクプ(チョウチョ)、ラバラバ(くも)なんてのもある。かなりかわいい。
人気のあるインドネシア料理にガドガドというのがある。
ゆでたミックス野菜に甘いピーナッツソースをかけたサラダだ。
この間、ロンボクに遊びに来たバリ在住の友達、みほちゃんは、ローカル・サーファーに「ガドガドだと思った。」と言われた。
??? な私たちに彼らは、「インドネシア人と日本人のハーフだと思ったよ。」って説明してくれた。ミックスにかけて、ガドガド・・・らしい。
在バリ歴2年の彼女は、インドネシア語もぺらぺら。よく、インドネシア人に間違えられるらしい。でも、このガドガドってのは、初めて聞いたというので、ここロンボクだけの表現かも??
私がインドネシア語をマスターするのは、一体いつになることやら。まぁ、でも先は長い。ペーランペーラン(ゆっくり)ね。





日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!